
インバウンドユーザーの行動をデザインする
インバウンドユーザーの潜在的な未充足を解消できれば、さらに国内で消費するお金が増え、満足度が上がり、リピート訪日という循環につながる
著者プロフィール

國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
インバウンドユーザーのストレスはネット環境
アクセシビリティ(取りつきやすさ)の向上は、行動に伴うコストやリスクを軽減し、行動誘発力を高める。一方で、アクセシビリティに対する評価は、送り手と受け手でかなり差があることを注意しておきたい(送り手が思う以上に受け手の感じるコストが高い)。
お金と時間、体力、そしてリスクも伴う旅行行動は、アクセシビリティが鍵となる。インバウンドユーザーの約75%が、中国・韓国・台湾・香港の近隣4地域であり(01)、「安・近・短」でなければ、リピート需要は期待できない。ただし、近隣からの観光客でも、日本がストレスフリーというわけではない。特に彼らが不便を感じるのはネット環境だろう。
駅や空港など観光のハブとなる拠点にはフリーWi-Fiスポットが点在するが、面でつながっていないので、行く先々でネット環境を自前で確保する必要がある。本来、ネットにアクセスしたいモーメントはハブとハブの間の移動中のはずだ。そこで、ネット環境の未充足を行動チャンスとしたインバウンド向けのサービスが開発されている(02)。
もう一つの不便が決済環境だ。キャッシュレス化が進展する海外に比べ、日本は圧倒的に現金社会。小口の買い物や交通機関のために日本円に両替する不便が改まれば、もっと日本国内での移動が活発化し、消費も拡大するはずだ。2020年を契機に、インバウンド対応のために日本のキャッシュレス(スマホでのスマート決済)インフラが今以上に進展すれば、日本人の買い物行動も変化するだろう。人は「持っているお金を失う痛み」に弱いので、財布の紐は開きづらいが、スマート決済だと細かい金額差が気になりづらいからだ。

年間の訪日客総数(推計値)は、2016年が約2,404万人で、2017年はさらに増加して約2,869万人。東アジアだけで約4分の3を占めている。出典:日本政府観光局(JNTO) https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/data_info_listing/pdf/180116_monthly.pdf

あるネットベンチャー企業が展開するインバウンド向け観光情報サービスは、アプリを事前(日本に来る前)にダウンロード。空港のキオスクで無料SIMカードを受け取れば、国内滞在中は、そのアプリを使ってネットで観光情報の検索から予約、手配などができる
インバウンドユーザーの目で日本を再発見
インバウンド効果では、今だと衣料や化粧品などの売上寄与が非常に大きいが、今後、越境ECが進展すれば、長い目で見れば「まとめ買い」効果は次第に落ち着きそうだ。むしろ本当のインバウンド効果は、観光客対応のための国内の各種インフラ(特にネット環境)整備の後押しだろう。それに加えてインバウンドユーザー増加の大きなメリットは、日本人が忘れかけている、日本の良き文化の再発見、という点だ(03)。
山梨県富士吉田市には、富士山と五重の塔と桜が一枚の写真の中に収まる公園がある。京都だと富士山は見えないが、フォトジェニックなこのスポットは外国人に非常に人気がある。実は、この“日本的風景”はタイの人たちがSNSに投稿したのがきっかけとされる。地元の人たちは昔からこの場所を知っていたはずだが、長らく価値ある観光コンテンツだとは思わなかったのだ。
同様に、日本の伝統行事も「再発見」してもらう必要がある。例えば「お正月(お年越し)」は、年々洋風化・簡略化が進み、住環境の変化で松飾りや鏡餅の習慣が減っている。このままだと「松の内」までの7日間だったお正月が、海外のように一晩限りの「ニューイヤーズ・イブ」に短期化しかねないと危惧する。
最近、「日本の家庭に上がって、ホストが振る舞う晩ご飯を食べる」観光サービスが生まれている。これに倣い、お正月に家庭で「おせち」や「お屠蘇」を楽しむ体験を提供できれば、ユニークな観光としてシェアされ、その結果、日本人が伝統的なお正月文化の良さを再発見するかもしれない(04)。海外にはお正月を「ご馳走」とともにゆるゆる過ごす習慣のあるところが少ないからだ。

外国人が日本の良さを発見してくれると、自分(日本人)たちも自信を持って、その良さを再評価する(「権威」の法則)。情けない話だが、これが日本人の特性。京都や奈良、箱根も、明治時代に外国人が発見した「外国人のお墨付き」観光地である

日本人にとっては形骸化して魅力的に感じられない習慣でも、外国人の目から見ると新鮮で魅力的に映る可能性がある。ただし、多少のアレンジは必要だ
※Web Designing 2018年12月号掲載記事を転載