地域活性化の取り組みにおけるWeb 解析の活用
地域活性化の取り組みにおいて、施策の効果検証を行う仕組みをいかに構築していくか。そこに悩みを抱えている担当者の方は多いだろう。今号では、Web解析を活用しながら観光客の行動を推定するアプローチで課題解決につなげた事例をもとに、効果的な施策立案から実施、さらなる応用までの考え方を紹介しよう。
著者プロフィール
小林 孝司(一般財団法人丘のまちびえい活性化協会)さん
念願だった美瑛町への移住のため、ソニーを退職、デジハリでウェブ制作を学ぶ。現在はウェブ解析を活用した独自の視点で地域ブランディングなどの取り組みを担う。https://bieitiful.jp/
一般社団法人ウェブ解析士協会
事業の成果に導くWeb解析を学ぶ機会の創出、研究開発、関心を持つ人たちの交流促進、就業支援などで、Web解析を通じての産業振興やWeb解析の社会教育を推進する。
「パッチワークの丘」の魅力
北海道上川郡美瑛町の魅力は、「十勝岳の雄大な自然と人の営みが織り成す美しい丘の農業景観」である(01)。風景写真家、前田真三氏の代表作『麦秋鮮烈』がきっかけで広く知られるようになった美瑛町だが、この美しい農業景観に癒しを求めて、現在では年間150万人もの観光客が訪れる北海道でも代表的な観光地となった。独特な丘陵地に点在する畑で生産される農作物やその花によって生み出される彩が、大地にパッチワーク模様を描く。さらに、同じ作物を続けて作らない輪作体系により、毎年異なる彩が丘をより魅力的に演出している。
このように、美瑛町は一般的な観光地とは異なり、農家の営みそのものが観光資源となっていることが特徴であり、それに魅力を感じる感度の高いお客様が多く訪れる場所である。
観光資源に恵まれ、多くの観光客が訪れる優れた観光地の印象を持たれるが、現実は、多くの課題が存在している。なかでも観光地としてのブランドイメージをどう保っていくのかが深刻な課題となっている。ここでは、地域ブランドの再構築のため、Web解析を活用した観光客の行動把握と、施策として行った農業体験イベントについて紹介する。
「青い池」が超人気スポットに
現在、美瑛町で最も人気の高い観光スポットのひとつになった「青い池」。丘の農業景観とは全く異なる魅力を持つ。この「青い池」の写真が、Apple社より2012年に発売されたMacBook Proの壁紙に採用され、ネットメディアでも取り上げられることで瞬く間に拡散していった。あわせて「青い池」の情報を掲載していた美瑛町観光協会Webサイトへの訪問者数が2.6倍となり(02)、観光客数も増加。その後もメディアによる紹介が続くたびに、美瑛町観光協会Webサイトへの訪問者数が増加し、観光客数も急増していった。
「青い池」の人気が美瑛町のブランドイメージを変えつつある
それまで、美瑛町といえば、感度の高い中高年層が毎年のように繰り返し訪れてくれる観光地だった。ところが、「青い池」ブームによって、これまでとは異なる層の観光客が多く訪れるようになる。そして、美瑛町のブランドイメージも変化していった。「青い池」がブームになる前の2014年と、ブーム後の2016年でWebサイト訪問者の年齢構成を比較したところ、若年層が増加しているのに対し、中高年層の減少が顕著だ(03)。経済効果をもたらしてくれた中高年層の減少は、美瑛町の観光事業に多大なマイナス効果を与えることは明らかである。
また、2014年におけるWebサイトへの訪問者は平均5ページを閲覧しているが、2016年になると平均3ページに減少している(04)。これは、「青い池」を訪れる観光客は、他の観光スポットには立ち寄らず、丘の農業景観の魅力に触れることなく、美瑛町から離脱していることが考えられる。一方、丘の農業景観に癒しをもとめて訪れていた中高年層は、「青い池」ブームで観光客が激増し、ゆったりとした時間を過ごせなくなった美瑛町の実情に幻滅し、離れていったと考えられる。
美瑛町の本当の魅力を特産品でアピール
パッチワークの丘を彩る要素のひとつが小麦である。小麦は美瑛町の耕作地の4分の1を占める重要な作物でありながら、認知度はそれほど高くない。そこで、美瑛町産小麦を使った、丘の農業景観の魅力を伝える美瑛ならではの体験イベントを企画した。このイベントに盛り込んだ3つの体験は、子どもだけでなく保護者も楽しめる内容となっている。
01_畑の小麦がパンになるまでを体験
イベントのために作付けした小麦畑を使用して、刈り取り・脱穀・選別・粉挽きまで一連の行程を昔ながらの農機具を使って体験。昔の農機具を使い、当時の各工程の作業方法をかりやすく学習。
02_現在の行程を体験
最新の大型コンバインによる小麦の刈り取りデモンストレーションを通して、機械化によって生産性を上げた現在の行程を体験。
03_美瑛町産、旬の農畜産物を味わう
とうもろこしやじゃがいもの収穫体験と、とうもろこし、じゃがいも、メロン、トマト、牛乳の試食会を実施。
ユニークなメディアを使った集客方法
ターゲットの議論を重ねた結果、食や子どもの教育に関心が高く、家族で旅行をする機会が多い、小学生の子どもを持つ都市部のファミリー層に絞ると決めた。
ターゲットに対して確実に情報を届けるために、子ども向け環境情報誌への広告掲載、およびイベント詳細情報と申込フォームを掲載したランディングページ(以下、LP)を作成して集客を行うことにした(05)。この情報誌は、東京23区と札幌市内のほとんどすべての小学校にルートを持ち、先生から生徒に手渡しで配布されるため、効率よくターゲットに情報を届けることができる。さらに、家族みんなで読むという高い到達率も占めている。
予算がわずかだったので、広告掲載エリアは東京12区と札幌市の小学校に限定。自ら行ったデザインは、ビジュアルを重視している(06)。また、興味を惹かれた保護者がすぐにLPにアクセスできるようQRコードを掲載。そして、LPに流入したサイト訪問者を確実に申し込みにつなげるよう、デザインは特に母親に好まれるような手書き風にアレンジ。持ち物や服装、乳幼児連れに必要な情報を掲載し、安心して申込フォームにたどり着けるよう工夫した。さらに、スマートフォンからの入力を想定し、入力項目の最適化や情報入力補助機能も万全に整えた。
予想以上の申し込み数で追加イベントを実施
定員40名に対して、予想を大きく上回る申し込み(東京45名と札幌140名、合計53組185名)があり、急遽、定員を60名に変更した。さらに抽選に漏れたお客さまを対象に、シュリンクしたイベントを翌日に準備して実施することにした。
LPの解析を見ると、広告からの流入が412人(セッション)で、そのうち53組の申込(コンバージョン)があった(07)。申込フォームでの離脱は二人で、情報入力補助機能を設けるなどの最適化が有効であったことがうかがえる。LPのコンバージョン率は約13%と、一般的な値に比べると非常に高く、情報誌への広告掲載が有効であったことを裏付ける結果となった。
イベント当日は、天気にも恵まれ、普段は決して入れない広大な小麦畑の中で、参加者が思う存分楽しんでいる様子がうかがえた。ブログに記事を投稿したり、わが子の写真を撮ってSNSへポストするなど、参加者自身による情報発信で後日にも拡散されたが、効果的な口コミを引き出すために、フォトジェニックなアイテムをあらかじめ用意していた。広大な小麦畑や旬の農作物、農業用機械などは、美瑛の魅力をわかりやすく伝え、簡単に撮影できる仕掛けともなった(08)。
Webを活用して観光客の行動を推定
私たちの組織では、施策の効果を検証する仕組み(PDCAサイクル)の確立が急務となっている。そのためには、美瑛町に訪問する観光客や宿泊者の数、特産品売り上げ額などのデータを収集することが必要であるが、正確に把握することが難しい。そこで、2011年から観光協会Webサイトの解析を開始し、データの蓄積を行ってきた。そのデータを活用して、実際に美瑛町に訪問する観光客の行動を推定するというアプローチをとりながら、効果検証を行っている。また、定期的に実施する観光客へのアンケート調査や、観光スポットに設置したカウンターの情報も活用しながら、検証結果の精度を高める工夫も行っている。
そして、今年度の新たな取り組みとして、観光スポットや宿泊施設、レストランにユニークなパラメータを付与したQRコードを設置した。QRコードからLPへの動線を解析して行動を把握するという試みだ。
Web解析はサイト内の行動だけではなく、工夫次第では、実際に訪れた観光客の行動も把握することができる。施策に適した解析を行えば、大きな効果を期待できるのではないだろうか。
※Web Designing 2017年8月号掲載記事を転載