Web制作者視点で読み解く「デザイン経営」宣言
「詳しくはないが興味はある」“デザイン経営”を知ってほしい
「デザイン経営」宣言の背景を語るには、2017年7月に遡ります。経済産業省・特許庁は、著名デザイナーやデザイン担当役員、知的財産担当、経営コンサルタント、学者で構成する「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げ、昨年から今年にかけて11回、研究会の議論を重ねます。それらをまとめた内容が「デザイン経営」宣言として、今年5月に公開。すべての議論に立ち会ってきた一人が田川欣哉さんです。
この宣言は経営者向けですが、国内の全企業向けでしょうか? 実行済みの経営者には至極真っ当な内容ですし、デザインから遠いビジネス領域の企業は逆に現実感が薄い内容でしょう。そこで、まずは宣言のターゲット設定について田川さんに解説していただきました。
「企業や組織の規模を横軸だと考えると、大まかに大企業、中小企業、ベンチャー/スタートアップに分けられます。縦軸をデザインへの理解度やリテラシーの有無だと考えてみます。関心があってかなり理解が習熟する層から関心が薄い層までを3段階に分けてみて、おおよそ中間にあたる層を意識して内容をまとめることにしました。例えば、デザインへの関心はあって、何かしらの対応をしたい意欲的な経営者が、でも何をしていいかわからない場合の“一歩目”のきっかけにつながる構成を目指したわけです」(田川さん、以下同)
多くの企業が気にしていない? デザインへの関心を高めたい!
実現済みの企業には当然の内容を、なぜ経済産業省・特許庁が先頭に立って宣言する必要があるのでしょうか? 田川さんは、「一部を除く企業の多くが、まだまだ経営の中でデザインが考慮されていない現実がある」と指摘します。宣言内容の詳細は原本を参照してほしいですが、宣言には過去から現在までの産業構造をまとめた項目が設けられ、時代とともに主要産業の構成要素を確認できるようになっています。
「日本は1990年以前からメカトロニクス(ハードウェア+エレクトロニクス)領域、例えば自動車産業や電気産業などを中心に発展しながら、その強さを現代も引きずり、インターネット化する社会に対応できていない企業が大部分です」
グローバルのトップレイヤーは、明らかにデータやユーザー体験を意識したサービス化をしています。転じて、国内は対応せず遅れをとる企業があまりに多い。その現状を変えるきっかけの1つが、経営にデザインを検討すべきというこの「宣言」につながります。
「好む好まざるに関係なく、インターネット化への参入ができない企業には緩やかな衰退しか待っていません。企業が提供するサービスや商品とユーザーをダイレクトにつなぐ“つなぎ役”を担える“デザイン”の役割は大きいのです」
宣言では、デザインをビジネスで重視した場合のエビデンスや投資効果も示されています。グローバルで勝負したかったり、国内の競合メーカーがひしめく市場において、デザインを活かすことが有利な戦い方へと導くはずです。
とはいえ“デザイン”と“経営”は異なる種類の言葉と受け止められがち。そこで内容を実感しやすくするために上のベン図が用意されています。デザイン経営の効果を「ブランド」と「イノベーション」、2つのキーワードで表現しています。
「BtoBやBtoCに限らず、経営者のほとんどがイノベーションやブランドに興味があるはずです。2つの円の大きさや重なり方は、もちろん企業ごとの特性で変わって大丈夫です。デザインがこれら2つの力を引き出し、ユーザーのニーズを汲み取ったサービス化が可能ではないのか? という提案なのです」
Webクリエイターは今からがチャンス!
この宣言を、Web制作者の立場で読解すると、「時代が自分たちをフォローしてくれるようになった、と読めるのでは」と、田川さんは補足します。今まで関心がなかった人たちがインターネットやWeb、アプリに関心を持ち始めたことを意味するからです。デジタルを主戦場とするWeb制作者が向き合ってきたUI、UX、デジタルでの情報設計やコミュニケーションのノウハウを身につけてきたことが、今後のビジネスの最大の強みになりえるというメッセージにも読めます。
実際、現在進行形で実践する存在の一例として、田川さんはTHE GUILDの深津貴之さんの名前を挙げます。
「深津さんが、ピースオブケイクのCXO(Chief eXperience Officer)に就任以降、半年でアクティブユーザー数が約3倍に増えるなど、経営にデザインが入るインパクトをわかりやすく示しています」
こうした、Web制作に出自があって事業側に参入する深津さんのような存在が、これからもっと数多く出現するはず、と期待したくなる状況なのです。
「スタートアップだけでなく、インターネット社会に対応しきれていなかった製造業などの業種でも、CXOやCDO(Chief Design Officer)として外部から経営側に参画する動きが加速されれば、その業種だけでは生み出し得なかった付加価値が提供できるようになるでしょう」
一方で、誰にでもできることではない、という声が聞こえてきそうです。これまでWeb制作は受託型で、クライアントが定めた仕様書の期限内に納期がある、という仕事の進め方が大半でした。これはダイナミズムをもたらしたい経営の動きとは程遠い仕事の進め方です。
「受託型の案件はあっていいのですが、もっと事業側に自身が身を置く仕事の動きも活発になってほしい。例えば、事業者とWeb制作会社がパートナーシップを結んで合弁会社をつくり、利益をレベニュー(決めておいた配分率)でシェアしたり、フリーランスの人がスタートアップ企業に参画してファウンダーズストック(株)を持つ手もあるでしょう。受託型とは違ったリスクを追うけれど、事業側に回るメリットを感じられる人たちが、もっと出現してほしいですね」
無理解や不信感を吹き飛ばせ!“D”を担うプロフェッショナルに
「デザイン経営」宣言は、経済産業省・特許庁が過去に公開したデザインにまつわるアジェンダの中でも、大きな反響が特許庁に寄せられている、と田川さんの耳にも入ってきているそうです。
「この宣言にまつわるセミナーが自然発生的に各所で開催されるなど、関心の高さを感じます。実際、スタートアップやさまざまな企業の経営者たちと話すとデザイナー不足を嘆かれることが非常に多いです。機会があるからこそ、事業側に入っていきたい場合、Web制作者には高いレベルで経営者の言語を理解できるようにもなってほしいです」
田川さんは、Webだけのシングルテーマで悩み、疲弊するなら、“一歩、Web制作の外に出てみよう!”と助言します。
「これからの事業は2つの“D(Design+Digital)”を同時に進める必要があります。事業側と2つの”D”をつなげる媒介者の需要は高まる一方でしょう。“D”にどんな事業を掛け合わせたら“新たなビジネス展開があるのか?”と考えることが好きで、自らがつなぎ役となることに魅力を感じる人は、どんどんなってほしい。深く物事を掘るのが好きという人たちの優れた力は必要ですが、今の日本には事業と“D”をつなぐ人材が少なすぎます。それを変えられる人材候補にWeb制作者は適任だと思います」
日頃の業務で数字を扱うリーダーや、チームワークの中で状況整理するディレクターなどは、制作業務以外の行為の素地もできているはず。事業側へのチャンスを感じていい存在です。
「グローバルを席巻するGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のビジネスエリア以外に、広大なロングテールが世界に存在し、そこにビジネスチャンスがあるわけです。それが農業なのか、食品なのか。例えば、体重計に“D”を掛け合わせて“健康管理”という習慣(体験)を提供する仕組みをつくれれば…世界の体重計市場を席巻できる可能性があるかもしれません」
挑戦当初は、“初めて”に対する無理解や不信感に晒されるかもしれません。そんな混沌とした状況を力に変えられる開拓精神旺盛なWeb制作者が、新市場を生み、席巻する姿を期待します。
遠藤義浩
※Web Designing 2019年2月号(2018年12月18日発売)掲載記事を転載