
“盛らないWebデザイン”で、ビジネスの成功を後押し。エイトブランディングデザイン・西澤明洋の“引き算の設計”とは?

多くの制作会社がWebサイトをビジュアルで「盛る」方向に走りがちな中、エイトブランディングデザインが手がけるWebサイトは、“きわめてシンプル”と表現できます。これは、企業の戦略や商品コンセプトといった本質から設計を行う、ブランディングデザイン専門会社だからこそ実現できるアプローチです。今回は、北海道の老舗食品メーカー「サザエ食品」のブランドリニューアル事例をもとに、“ノーメイクでも美しい”Webサイトのつくり方について、同社代表・西澤明洋さんにお話を伺いました。
独自のブランディング手法で、数多くの企業を成功に導く
エイトブランディングデザインは、企業の経営戦略やプロダクト・サービス開発に深く関わるブランディングデザイン専門会社です。代表の西澤明洋さんは、京都工芸繊維大学で建築を学び、大学院ではデザイン経営工学を研究。その後、大手電機メーカーでの実務経験を経て、2006年に独立し同社を設立しました。

同社はこれまで、クラフトビール「COEDO」や堀口珈琲、ヤマサ醤油など、多くの人が知る企業・製品のリブランディングも手がけてきました。そしていずれの事例でも共通しているのは、単なる見た目の刷新にとどまらず、企業や商品の「本質的な価値」に立ち返るアプローチを貫いている、という点です。
こうした姿勢の背景には、同社が用いるフレームワーク「ブランディングデザインの3階層(MCC)」があります。このフレームワークは、企業活動を「マネジメント(M)」「コンテンツ(C)」「コミュニケーション(C)」の3層に分ける考え方です。

これについて西澤さんは、「私たちは、クライアントのパートナーとしてプロジェクトに加わります。たとえば商品のリブランディングなら、その商品の内容や販売戦略について、経営企画や商品企画の担当者の方々とワークショップを行い、一緒に考えていきます」と語ります。この段階で、その商品の強みを掘り起こし、他の商品との差別化を見つけ出していくそうです。
「多くのWeb制作会社は、ユーザーとの接点となる『コミュニケーション』層の部分に注目しがちですが、もともとの中身が弱いまま、見た目だけ整えても意味がありません」(西澤さん、以下同)
まず強い中身をつくり上げ、それが一貫性を持って伝わる形にデザインする–––––––。こうした思想が、同社のアウトプットを支えているのです。

「安くてうまい」からの脱却。「サザエ食品」再生の設計図
同社のブランディングデザインと、その先にあるWebデザインのロジックについて、ひとつの実例を通じて見ていきましょう。
「サザエ食品」は、北海道では知らない人がいないほど、地元で知名度を持つ食品メーカーです。元々は小さな食堂から始まり、おむすびやおはぎで多くの道民に親しまれてきました。しかし、事業の多角化とともに商品ラインアップが複雑になり、かつての魅力が見えにくくなっていたといいます。そんなブランドの立て直しに取り組んだのが、西澤さん率いるエイトブランディングデザインです。

同社がまず行ったのは、ブランドの「強み」の再発掘です。サザエ食品には「高品質な食材と手づくりの味」という、他社には真似できない価値がありました。しかし、「安くてうまい」という大衆的なイメージが強く残っていたことで、価格とのギャップがブランド価値を下げてしまっていたと西澤さんは指摘します。
「単に高級ブランドに変えても、それだけでは価値が伝わりません。そこで考えたのが『原点回帰』の戦略です。おはぎとおむすびの専門店として、アイデンティティを確立することにしたのです」
そこで、まずは商品ラインナップの約3分の1を削減し、主力商品に集中。主力製品に関しては、「とみのおはぎ」「スティックおはぎ」といった新商品の開発や、人気の「えび天むす」のバリエーション追加などを行い、ブランドを専門性のある存在へ再定義しました。加えて、ロゴの刷新も重要な工程だったといいます。
「ロゴはすべてのコミュニケーションでもっとも登場頻度が高く、汎用性も求められます。すべての中核になるからこそ、もっとも力を入れるべきポイントになのです」
サザエ食品のプロジェクトにおいても、100案近くのロゴを検討したそうです。最終的に採用されたロゴは、おはぎとおむすびのモチーフを「サザエ」の文字に抽象的に取り込んだもの。専門性を感じさせつつ、若い感性にもフィットするスタイリッシュなデザインになりました。

本質を言語化し、コンテンツに落とし込む
こうしてブランドの方向性が定まったあと、いよいよWebサイトの設計フェーズに移ります。しかしエイトブランディングデザインでは、いきなりビジュアルやUIの話に入ることはありません。まず行うのは、ブランドが持つ「意味」や「強み」をしっかりとコンテンツに落とし込む作業です。
サザエ食品のブランディングでは、「手のひらに、想いをのせて。」というコンセプトを掲げました。食品は手づくりで鮮度が高いほどおいしいという考えのもと、一部機械化していたおはぎを、すべて店内調理へと戻しました。
Webサイトでは、このメッセージを伝えるためにイメージムービーを作成。おむすびやおはぎを手づくりする様子や、北海道の食卓風景を織り交ぜ、「本物のおいしさ」と「人の手による温かさ」を視覚的に伝える構成としています。
またWebサイトでは、「なぜ、おはぎとおむすびなのか?」という問いに答えるコンテンツも用意しました。
「主力商品を絞ったのは企業側の都合ですが、それは消費者にとっては関係のない話です。おはぎとおむすびの両方を専門にしていることの本当の価値は何か、ということを深掘りしていきました」
同社は現場への徹底したヒアリングを重ねる中で、「素材を活かす技術」に着目。たとえば、サザエ食品のおはぎに使われているあんこは、甘さ控えめで、ほんのり塩味があり、その絶妙な塩加減のノウハウはおむすびにも活かされています。このように、米や水、炊き加減や握り加減など、両方を手がけているからこそ実現できる質の追求があることに気づきました。
「こうしたことは従業員の皆さんにとっては“当たり前”で、これまではあえて言語化されていませんでした。私たちはブランドをつくる立場として、こうした根本的な強みを掘り起こし、コンテンツとして伝えています」
リブランディング前のWebサイトは、商品を紹介するカタログ的な側面が強かったといいます。同社はUIや装飾を変えるのではなく、「どんなコンテンツが必要か」という発想からWebサイトのリニューアルを進めました。

引き算の設計で「ノーメイクでも美しく」
サザエ食品におけるWeb制作のビジュアルデザインにおいて、特に重視されたのは「引き算の美学」でした。表層的に美しく飾るのではなく、本質をそのまま伝える設計を目指しています。西澤さんは「手がけるブランドやユーザー属性によっても異なりますが……」と前置きしつつ、Webデザインについてこう語ります。
「モーショングラフィックスがふんだんに使われたWebサイトもありますが、今、私たちはよりシンプルなWebサイトを目指しています。今はYouTubeをはじめ、さまざまな動画コンテンツやWebサイトがあり、多くの情報で溢れています。そんな中でユーザーは、目的の情報に素早くたどり着けるものを求めているのではないでしょうか」

さらに、「Webデザインは、厚化粧ではなくノーメイクでも美しい状態をつくりたい」とも語ります。経営やブランド設計に関わることのできない制作会社は、与えられたものの上に化粧を施すしかありません。しかし、ブランド設計そのものに携わることができれば、デザインはより本質的な美しさを手に入れられるはず、と西澤さんは考えています。
「このアプローチは、私たちの会社に限ったことではないと思います。ほかの制作会社でも、Webサイトのデザインの手前の部分に関わることで、Webデザインはよりよいものになるはずです。経営戦略からでなくても、たとえば商品のラインアップを少し見直す提案をするだけでも変わってきます。あるいは、その商品の『本質的な強み』の言語化に意識を向けるだけでも、ずいぶん違う結果になると思います」
こうした「強みを整え、過不足なく伝える」アプローチは、着実な成果につながりました。リブランディング後、サザエのおはぎとおむすびの売上は前年比141%に増加(2024年11月・大丸店)。Webサイトも、以前は月間3,000PVほどだったアクセスが、現在は約30万PVへと100倍近く伸びています(2025年2月時点)。「ノーメイクの美しさ」は、目に見える効果となって現れました。


Web制作の現場では、「何をどう伝えるべきか」を突き詰めることが、結果として大きな価値を生み出します。与えられた前提をただ受け入れるのではなく、制作のテーブルの上に並べられたものを改めて見直し、ときには本質的な提案を行う。その姿勢こそが、これからの制作会社に求められる力ではないでしょうか。
取材・文:小平淳一、写真提供:株式会社エイトブランディングデザイン