
企業と求職者の間にある溝とは? Webディレクターの転職市場の今

慢性的な人手不足により、採用活動に苦戦を強いられている企業が数多く見られます。IT・Web業界に特化した人材エージェント「ウェブスタッフ」の石川智規さんと、Webディレクターの転職市場について考えます。
教えてくれたのは…

石川 智規さん
ウェブスタッフ株式会社・国家資格キャリアコンサルタント。IT・Web領域に特化し
た人材サービス会社のコンサルタントとして、企業の採用支援やクリエイターのキャ
リア支援を行う。これまでサポートしたクリエイターは1,000名以上。ポートフォリ
オを見るのが三度の飯より好き。ギャラリーサイト GOOD PORTFOLIO 主宰。
X / ウェブスタッフ株式会社 / GOOD PORTFOLIO
顧客ニーズや事業環境の変化で
Webディレクター需要が旺盛に
ウェブスタッフでは、人事・採用支援と転職サポートを行っています。これらの活動を通して感じているのは、Web制作業界の深刻なWebディレクター不足です。
ウェブスタッフにおける正社員のWebディレクターの求人数は大幅に増加しており、5年前と比較すると約3倍となっています。過去5年間のウェブスタッフにおけるWebクリエイティブ領域の職種カテゴリ別求人割合を見ても、WebマーケターやWebプロデューサーを抑え、Webディレクターの求人が全体の40%前後をキープし続けており、需要の高さがうかがえます。
ところが供給は非常に少なく、限られた人材に多くのニーズが集まっているため、10社応募すると8社から内定が出てしまうという事例も少なくありません。需要と供給のバランスが崩れていることを感じます。
なぜ今、Webディレクター需要が高まっているのでしょうか。
Web制作会社に関して言えば、取り巻く環境の変化により制作領域以外にも事業を拡大している状況が関係していると思っています。というのも顧客のリテラシー向上に伴い、品質に対する要求レベルが高度に。ノーコードツールなどの普及によりWebサイト制作自体はコモディティ化しているため、従来のWebサイト制作業務だけでは売上をあげにくくなっています。そのためコンサルティングやプランニングといった制作以前の課題解決フェーズや、アクセス解析やWeb広告運用といった制作以後の運用フェーズなども担い、案件の総額を上げていく流れになっています。
拡大した領域で活躍する人材は、従来Web制作会社が関わってきた領域外の方々ばかり。そのため、各所をまとめ上げるWebディレクターの存在がますます重要になっています。デザイナーやエンジニアはクリエイティブや技術の探求に力を注ぎ、プロデューサーやプランナーがビジネス的視点を重視する中、Webディレクターはこれら双方の視点を融合し、プロジェクトを総合的にリードする役割を担います。その広い視点こそが、異なる領域の専門家と連携し、プロジェクトを円滑に進める上で重要なのです。
さらに、あらゆる人や情報をまとめ、複雑な課題に対処する柔軟さやタフネスも、企業がWebディレクターを求める理由と言えるでしょう。
一般化しづらい職種のため
仕事内容を言語化する努力を
ここからはWebディレクター不足に対し、企業がどんなアクションを起こせるのかを考えます。今や、Webディレクターの業務領域は広がりと深みを増し、多様な役割を担うようになっています。プロジェクトの上流工程では、ユーザーリサーチ、データ分析、プロデュースの仕事が増えています。プロジェクトの複雑化に伴い、情報アーキテクト、プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメントの役割も重要です。制作・開発の領域では、UI/UXデザイン、マーケティング、エンジニアリングの仕事が求められています。
もちろん、全員が先述の業務領域すべてをカバーする必要はなく、企業や案件、個々の特性によって、活躍すべき場所が多様化しているというわけです。それゆえに各企業が求めるWebディレクター像も多様化しており、求職者とのミスマッチが起こりやすくなっています。

例えば、Web制作会社の求人には「顧客折衝、ワイヤーフレーム作成、進行管理」といった一般的な業務が羅列されがちですが、スキルや役割が明確でないため、どんな能力や経験が重視されているのかが伝わりにくいのです。
正直、今のWebディレクターという職業と求人票というフォーマットは相性が悪いのかもしれません。ウェブスタッフとしては企業をより深く知るための採用イベントを開催したり、職種を深掘りする特集記事をつくるなど、より解像度の高い、生の情報を届けるサポートをしています。長年変わらぬスタイルで採用活動をしている企業は、働き手が少なくなり、応募が集まりにくい時代ということを念頭に置き、活動内容をアップデートしていく必要があるでしょう。
Webディレクター不足の解消には、なり手を増やすことも必要です。しかし業務領域の拡がりも影響し、新しいキャリアに挑戦したい人にとっては何をやっているかわからない、とにかく大変そうな仕事になっています。企業は自社の案件特性や他社との差別化ポイントを軸に、自社で活躍しやすいWebディレクター像を言語化するところから、はじめてみるとよいでしょう。
加えて、業務の平準化や柔軟な働き方の制度設計、明瞭な評価制度の再構築など、時代に合わせた働き方改革も、若年層へのアピールとして重要だと考えています。
意外にも育成しやすい職種⁉
ポテンシャル採用にも寛容に
引く手あまたなWebディレクターには、共通する特性や能力があるように思います。
まずはコミュニケーション力です。的確な状況把握、関係者の認識あわせ、意思決定、関係構築などに関わります。それからWebディレクターの核であるディレクション力は、「営業力」「情報力」「管理力」の3つに分解できると考えます。
「営業力」は、顧客の真の問題把握や課題の設定、渉外業務などに必要です。関係者の“信頼”を得て、円滑に物事を進めるうえでも欠かせません。「情報力」は情報を収集し、整理、再構成、提案するため、「管理力」は進行、品質、納品、予算、事務などを管理するために必要な能力です。
ディレクション力は「ポータブルスキルの高度な掛け合わせ技術」とも表現できるでしょう。つまり、スペシャリストになるには相当の努力が必要ですが、他の職で身に付けたスキルを活かせば、努力次第で身に付けられる能力だと考えています。
実際、ウェブスタッフでサポートをさせていただいた方の中に、内装の設計事務所の営業からWebディレクターに転職された方がいました。もともと、顧客へのヒアリングや見積作成、後工程への指示出しなどを担当されていて、対象が異なるだけで業務内容はWebディレクターそのものだと感じたのです。
他にも、社内で調整役を担っている方や、何でも屋として幅広く活躍している方も、十分に活躍できる可能性があります。ただし、自身の能力や適性に気づいていない方も多いため、その点は私たちがサポートしています。
また、Webディレクターは育成しにくいと言われますが、ポータブルスキルの掛け合わせのため、むしろポテンシャル採用がしやすい職種だと思います。競争の激しい経験者を探すよりも、自社にフィットしたWebディレクターへの育成に力を入れるWeb制作会社も出てきています。
例えばエムハンドさんでは、体系的にディレクションを学ぶ教育制度が設けられています。研修期間に習得することが望まれるスキルをチェックリストで可視化し、座学や実務を通じて習得。リストを完了させたら、メンターのサポートのもと実案件に取り組む流れです。こうした事例を参考に、企業が未経験者も含めて採用していく方向へと舵を切ることが業界全体のディレクター不足の解消につながっていくはずです。

学び続ける姿勢が
自身の価値を高める
コミュニケーション力・ディレクション力と並び、学び続ける力はこれらの能力を時代に合わせてアップデートしていくための欠かせない能力です。というのもWebディレクターは、制作中のあらゆる場面で判断・決断を下す役割を担っています。
最近はニーズやツールが多様化しているため、多くの選択肢から最適なものを選び、それらを実行する能力が求められます。選び取れることが面白さである反面、最適な選択をするために常に情報をキャッチアップしなくてはいけない難しさもあります。
わかりやすい例だと、やはり生成AIでしょう。ディレクション領域での適切な活用方法は企業も求職者も模索している段階です。今は使えることで「仕事が早い人」という評価になりますが、向こう1~2年で誰もがあたりまえのように使うものとなり、使えないことで「仕事が遅い人」と評価される可能性が十分にあります。
他にもGA4やノーコードツールなど、IT・Web業界のトレンドは日進月歩。コアとなるコミュニケーション力・ディレクション力に加え、生成AIなどの新しい技術を積極的に身に付けることで、ますます重宝される人材になるはずです。ぜひ転職活動でも、生成AIを活用した経験を職務経歴書やポートフォリオに盛り込み、アピールしてほしいと思っています。
同時に、企業側にも求人票や面接時の質問などで生成AI活用について積極的に触れる流れができれば、業界全体として最新技術を用いた自身のアップデートが当たり前となり、Webディレクターの能力の底上げにつながるのではないでしょうか。

Webディレクターの仕事の本質は、今も昔も「方向づけと推進」にあると考えています。ビジネスとクリエイティブのバランスを取り、利害関係者の意見や思惑をまとめ、プロジェクトを遂行することは根気のいる作業です。
しかし、それこそが生成AIなどのテクノロジーが発展しても代替されにくい、人にしかできない重要な役割でもあるはずです。仕事の複雑さや黒子としての役割から、価値が外に伝わりにくい現状がありますが、Webディレクターの価値を発信する方やメディアが増えるといいなと思います。そして、そのクリエイティビティや楽しさが多くの方に伝わっていくととうれしいですね。
Text:横塚瑞貴(Playce)
※本記事は、「Web Designing 2024年10月号」の記事を一部抜粋・再編集して掲載しています。