《徹底討論》なぜデザイナーがストーリーを語るべきなのか。Airbnbの事例に見る“信頼”と“デザイン”の関係

近年、広くクリエイティブの世界でその意義が語られるようになった「ストーリー」。では、デザインの領域においてストーリーはどんな役割を果たすのでしょうか。

それを考えるために今回は、クリエイティブを軸に技術や経済、さらには思想や倫理に至るまで広く取り上げるWebメディア『designing』編集長である小山和之さんに、座談会の人選と司会を依頼することにしました。

話は小山さんがどういった理由で、Algomaticの國光俊樹さんとBCG Xの花城泰夢さんを対話相手として選んだのか、というところから始まります。そして議論は「ストーリー論」へ、さらに「デザイナー論」へと深まっていきます。

目次

ひとつの事業の中にある多種多様なストーリー

小山和之(以下、小山) designing編集長の小山です。今回は、Web Designing編集部から依頼を請け、「デザインとストーリー」をテーマとした座談会の司会をさせていただきます。

はじめに、今回の対話のお相手を紹介させていただきます。まずはAlgomaticのカンパニーCXO(Chief Experience Officer)の國光俊樹さん。國光さんはこれまでイベントや取材でご一緒した経験やnoteやSNSなどでの発信を見て、言語化の能力が高く、経験を具体的に、しかも実感値を持って語れる方だと感じています。“言語化=ストーリー”ではないとは思いますが、近いところにあるのは間違いないと考え、声をおかけしました。

「designing」編集長の小山和之さん。大学卒業後、建築設計事務所、デザイン会社を経て独立。2017年、デザインメディアdesigningを創刊し現職

國光俊樹(以下、國光) ありがとうございます。ストーリーは最近も考える機会が多かったテーマなので、お話できるのがとても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。

小山  もうお一人は、BCG XのVice President-Experience Designの花城泰夢さん。花城さんはその場の議論を「可視化」するのが上手な方で、要点はどこなのか、ここから何を考えていくべきかといった点の共通認識をつくっていける方。いわゆる「ファシリテート」とも捉えられますが、そこにはストーリーがあると考え、ご参加いただきました。

花城泰夢(以下、花城) すごく面白いテーマなので、小山さん、國光さんと一緒にいろいろ考えていければと思います。

小山  では最初の質問なのですが、今回、「ストーリー」がテーマの座談会だと聞いたときにまず、何を感じましたか? 國光さん、いかがでしょう。

國光  最初に思ったのは、映画や漫画、ブランディング、さらには神話や宗教に至るまで、人がありとあらゆるところで活用してきたストーリーは、人間の根源的なところと深く関係するものなんだろうな、ということでした。

株式会社Algomatic カンパニーCXO/Experience Designerの國光俊樹さん。中島デザインやグッドパッチを経て2024年4月より現職。AI領域の事業立ち上げに携わり、営業AIエージェント「アポドリ」などを手がける。

小山  デザインと絡めて語るには大きすぎるテーマだと感じましたか?

國光  いえ、そんなことはないです。新規事業の立ち上げに携わる中で、その重要性をあらためて実感していたので、自分にとってはごく身近なテーマでもあります。

花城  國光さんは、新規事業におけるストーリーとはどんなものだと考えていますか?

國光  二つの形があると思っています。ひとつは新規事業を立ち上げたその人の原体験をもとにストーリーを生み出すケース。もうひとつは、他者の経験や体験を“追体験”しながら新しい事業を立ち上げていく場合のストーリーです。

小山  國光さんの事業への関わり方は、今の二つでいうと後者ですか?

國光  はい。僕が今、立ち上げているのは営業系のサービスですので、自分を含む多くのメンバーは、営業活動を追体験しながら、事業やストーリーを組み立ててきました。

小山  企業やチームの中に複数のストーリーが存在していることもありそうですね。

國光  事業を立ち上げるときには、それら二つのストーリーの内容は非常に近いものなのですが、事業が成長し、関わる人が増えていくにつれて、前者よりも、後者の力が強くなることが多いと思います。創業者の「想い」よりも、合理性を重視する判断がなされることが多いからです。

花城  僕も國光さんと同じように捉えています。コンサルタントは、オーナーの原体験を追体験させるストーリーをいかにしっかりつくっておくかが大切です。「想い」がなくなってしまうと結局、バラバラになってしまうことが多いんです。

花城泰夢さん。ボストン コンサルティング グループ(BCG)のデジタル専門組織BCG XにてVice President-Experience Designとして国内外の新規事業等を支援。過去に「BrainWars」「BrainDots」が世界で6,000万ダウンロードを記録

合理性によって削がれていくもの、失ってはいけないもの

小山  お二人とも、合理性が高まることによって当事者意識が削がれていくことの危険性を指摘されていますが、素朴な疑問として、「合理的な方がよい」ということにはならないのでしょうか。合理的というのは“みんなが正しいと思う”状況だと考えることもできます。

國光  ビジネスの世界では「合理性が高まる」ことは、「再現性が高まる」ことでもあります。再現性が高いと、どうしても資金力やマンパワーのある企業が勝つことになってしまう。しかし、現実では非合理な決断をした企業が勝つことも少なくありません。そうした非合理な決断が「ストーリーの一部」となって、より強い存在意義や価値を生み出すようなケースです。

小山  当事者から生み出されるストーリーは、合理的でなくてもよい、と。

國光  ええ。ただしそのストーリーが優位性を獲得できるのは、“多くの人から共感を得たときのみ”であることは忘れてはいけないと思います。

花城  國光さんが的確な説明をしてくれたので、僕は「ストーリーをどんなふうに生み出して広げるのか」という点について、Airbnbの共同創業者の一人、ブライアン・チェスキーがインタビューで話していた内容を紹介しようと思います。Airbnbがサービスを立ち上げたとき、彼が感じていたのは、ゲスト(部屋を借りる人)や、ホスト(部屋を貸す人)が感じる不安をどう解消するかということだった、というんです。

Airbnbのブライアンが描いたというストーリーボードには、ゲストとホストの二つのストーリーと、その間をつなぐインタラクションが描かれていたと言います(花城さんのメモより)

小山  たしかに部屋を貸すとなれば、双方ともに不安を感じますね。

花城  そこで彼らは、ゲストだけじゃなく、ホストがどんな体験をするかについても、ストーリーボードに描いていったんです。部屋を選んで、申し込みをして、鍵を渡して、挨拶して、宿泊してレビューをして……と。

國光  主語を変えてストーリーをつくってみたというわけですね。

花城  まさにその通り。その上で、それぞれの場面において、どんなインタラクションを提供すれば、二つのストーリーがうまくつながるかを考えた。すると、自然と要件定義ができた、と。しかもそれと同時に、すべてのインタラクションで欠かしてはいけない、大切なものが見えてきた。それが、彼らがもっとも大事にしている言葉、「トラスト」だったというわけです。

國光  “決して削いではいけないもの”が見つかったんですね。

花城  さらにブライアンたちは、例えば「営業チームはどう動くか」とか、「コールセンターはどう振る舞うか」といった形で、主語の違うストーリーを並行に並べて「どうすればトラストを持ちあえるか」を徹底的に検証していった。

小山  その結果、関わる人が共有すべきストーリーが生み出されたというわけですね。

花城  ここでひとつ、考えてみてほしいのは、この新しいストーリーを形にするのは誰の仕事なのか? という点です。僕は、それこそが「デザイナーの果たすべき役割」だと思っているんです。

(後編に続く)

取材・文:小泉森弥 写真:山田秀隆
※本記事は『Web Designing 2025年4月号』に掲載された内容を一部再編集して公開しています。

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