《2026|Web制作の現在地 Vol.1》木村浩康(Flowplateaux)が問い直す、「それっぽさ」があふれる時代のデザイン

変化のスピードが速まるなか、Web制作・開発の現場は、いまどこに立っているのでしょうか。2025年を振り返りながら、2026年をどう見据えるのか。現場で向き合う人たちの言葉を手がかりに、現在地を探っていきます。第1回は、デザインコレクティブ・Flowplateaux主宰のアートディレクター/Webデザイナー・木村浩康さんにお話を伺いました。
プロフィール

木村 浩康
アートディレクター / Webデザイナー
デジタルからフィジカルまで多層的な領域を横断しながら、新しいクリエイティブを開拓するデザインコレクティブ「Flowplateaux」主宰。技術と表現の新しい可能性を探求し、印刷物からオンスクリーン(デジタルメディア)まで一貫した世界観と体験を構築する。東京造形大学 グラフィックデザイン科非常勤講師。文化庁メディア芸術祭最優秀賞など多数受賞。
2025年、制作の前提はどう変わったのか?
個人的な活動としては、ここ数年、Webデザインとそれ以外のデザインの仕事の割合がだいたい6:4、もしくは5:5くらいで、Webが半分を占めていました。ところが2025年は、初めてWebの比率が他のデザインを下回りました。所属している会社の営業方針などの影響ももちろんありますが、そもそもWebサイト以外の発信手段が増えてきたことも大きいと感じています。
四六時中Webデザインのことを考えていた日常から少し距離を置けたのは、結果的にとてもよい機会でした。おかげで、一歩引いた視点でWebと向き合うことができたと思います。
そこで感じたのは、これまでWebデザインでは、視覚的な演出や映像表現の完成度の高さに心を動かされることが多かったということです。一方で、生成AIの登場によって、そうした表現がより身近で一般的なものになった今、演出の強さそのものよりも、シンプルに課題と向き合い、本質的な解決にフォーカスできている表現のほうに、自然と目が向くようになってきました。
あらゆる情報を学習して肥大化していくAIには表現しきれない、ピュアな「本質」そのものに、価値を感じ始めているのかもしれません。
制作の現場で浮かび上がった課題感
専門性は、自身の作家性につながるという意味で、やはり必要なものだと思っています。一方で、ある程度はジェネラリストとしての視点を持つべきだ、という課題感も強くあります。Webに閉じたままではなく、デザインで解決すべき課題に対して、媒体を限定せずに提案できなければ、これから先は生き残っていくのが厳しいと感じているからです。
逆に言えば、そこにはまだ十分な開拓の余地があるとも思っています。オンスクリーン、紙のグラフィック、サイン計画、空間演出などを横断的に俯瞰しながら、どう表現するかを考えられる人は、まだそれほど多くありません。そうした視点と思考を持てること自体が、これからの強みになるはずです。
テクノロジーの進化は、人をただ楽にしてくれるものではなく、むしろ生まれた余白の分だけ、自分の視野を広げるきっかけを与えてくれている。今はそんなふうに捉えています。
2025年を通して、あらためて見えてきたこと
2025年は、「クラフトマンシップとは何か」「フィジカルとは何か」「アナログとは何か」といった概念が、自分の中であらためて更新された年でした。
カイシトモヤさんのこのポストを見たとき、まさにそのとおりだなと思いました。
誰もが、すでにデザインされた素材を気軽に扱えるようになった今、いわゆる「手作り感」や「人の温もり」は、必ずしも実際に手で描かれたものや、物理的につくられたものに限らなくなってきている。PCでつくられたものからも、それをちゃんと感じ取れる時代に変わったんだな、と。
これは、とても大事な変化だと思っています。これから先も、「人の手による温もり」という概念は、こうしたかたちで何度も更新されていくはずです。
デザイナーとして、その“温もり”を意識的にコントロールできること。そして、その変化を敏感に感じ取り続けられること。この2つは、これからますます重要になっていく判断基準だと、強く感じた1年でした。
2026年を迎えて、意識したい仕事のあり方
2026年を迎えて意識したいのは、あらためて「媒体特性」と正面から向き合うことです。
Webサイトであれば、更新性や体験設計、情報の流れをどうつくるべきか。ポスターやチラシであれば、限られた一瞬や物理的な制約の中で、何をどう伝えるべきか。媒体ごとに役割も強みも異なるからこそ、その特性をきちんと理解したうえでの提案が、これまで以上に求められていると感じています。
誰でも簡単に、ある程度「それっぽく」「小綺麗なもの」をつくれる時代になった今、プロフェッショナルに求められるのは、見た目の新しさや派手さではなく、解決すべき目的や置かれる文脈を的確に捉え、それぞれの媒体に最適なかたちで本質的な答えを提示する力だと思います。そこを外してしまえば、いずれ淘汰されてしまうのは避けられません。
あわせて、AIをはじめとしたテクノロジーと、どれだけ自然に並走できるかも重要なテーマです。技術そのものを追いかけるだけでなく、何ができて何ができないのかを理解し、的確な指示を出すための知識やリテラシーを、継続的にアップデートしていく必要があります。
テクノロジーに「使われる側」になるのではなく、思考や表現を拡張するための道具として主体的に使いこなすこと。そのうえで、デザイナーとして何を考え、何を判断するのかが、2026年以降の仕事の質を大きく左右していくのだと思っています。
いま制作に向き合う人たちへ
デザインを始めるハードル自体は、ここ数年で一気に下がりました。ソフトウェアの進化のおかげで、最初の一歩どころか、三歩目くらいまでは機械がうまく導いてくれます。
でもそれは、自分の実力が上がったわけではなく、「できているように感じてしまう」状態でもあると思っています。そして、その錯覚自体が、デザイン力を本当の意味で伸ばしていくうえでの障壁になりうる、とも感じています。
僕自身、DTPが当たり前になった時代にデザイナーになったので、写植や活版印刷を実体験として知っているわけではありません。機械の便利さに助けられて、深く知らなくても仕事が成立してきた世代です。ただ、実際に仕事を続けていると、そうした時代をくぐり抜けてきた人たちが持つ、文字に対する審美眼や美意識の厚みは、やはり簡単には真似できないと感じます。
今も、写植や活版について本や資料から学び続けていますが、やはり「経験」に勝るものはなく、どこか埋めきれていない感覚があります。だからこそ、当たり前のように使っている便利な技術やツールの裏側に、どんな考え方や工程、歴史があるのかに、もう一度目を向けることが大事なんじゃないかと思っています。
それが、これから先もデザイナーとして成長し続けるためのヒントになるはずです。
文:木村浩康(Flowplateaux)
