伊達千代の「今日もフォントを探して」Vol.2|文字が世界観を語る。「日暮里ゼミナール」のタイポグラフィ

自他共に認める“フォントおたく”のデザイナー・伊達千代が、タイポグラフィが際立つWebサイトをピックアップし、デザインの奥に潜む意図を制作者に聞き出す本連載。今回は、人生に「キク」ラジオ「日暮里ゼミナール」のWebサイトを紹介します。

目次

教えてくれた人

聞き手

あふれる情報と二面性のデザイン

「日暮里ゼミナール」は、ゼミ長・二村康太さんを中心にさまざまな肩書を持つゲストからキャリアやビジネス、文化を学ぶポッドキャストです。今回紹介するWebサイトは、そんな「日暮里ゼミナール」のポータル。メッセージ性の強いキーワードがギュウギュウに詰まっていて、見る人を圧倒します。

「このポッドキャストはセカンドキャリアの話をテーマにスタートしたんですが、今は自分の好きなことをやって生きている人を呼んで、答えのないことをひたすら喋っている番組になっています。好きなことをやらないと人生つまらないと思うので、どうやってそれを実現していくか?ということを話している感じですね」(二村さん)

そんな二村さんが「日暮里ゼミナール」のWebデザインを依頼したのが、工藤さんでした。

「二村さんは、経営から文化まであらゆることに考えをお持ちなので、まずはその『思想』が感じられるような表現にしたいと思いました。ゲストの皆さんのさまざまなカルチャーや背景も加えて、情報量がたくさん詰まっていたり、豊富にあふれているようなところを感じてもらえたらと考えてデザインしています」(工藤さん)

このWebサイトデザインのもうひとつの特徴は、画面内を動き回る「EXPLORE(探索)」ボタンをクリックすると展開される「裏面」の表現です。モノクロームの文字が並ぶの「表面」とは打って変わって、カラフルでサブカルテイストのポップなデザインが現れ、キャラクターであるJILL LAMM(ジル・ラム)のアニメーションが動き出します。

ボタンをクリックすると現れる『裏面』のデザイン

二村さんは合同会社経営のための創造社で、ビジネスとして経営やデザインに取り組んでいる一方、「日暮里ゼミナール」のような遊び心のある表現や活動も積極的に行なっています。

「今回のサイトデザインでは、そんな二村さんの活動の二面性を表現したいと思いました。『表面』をクリックすると、その場所から同心円状に『裏面』が広がっていくアニメーションになっています。ここはいろんな演出を試したんですが、挙動が極端に重くなってしまうなど、なかなかうまくいかなくて苦労した部分です」(工藤さん)

切り替えのアニメーションにはいくつものプロトタイプを作り、試行錯誤が重ねられた

スタンダードなフォントに改めて向き合う

使用しているフォントについて、少し詳しく見ていきましょう。和文はAdobeの「小塚明朝」で、ウェイトの太いものを使っています。「小塚明朝」はよく新聞に使用されている明朝体のように、文字を枠いっぱいに配した書体で、くっきりと読みやすいという特徴があります。

また欧文には、世界中でもっとも広く使われているとされるサンセリフ書体のスタンダード「Helvetica」が採用されました。

「『日暮里ゼミナール』は、新世代のカルチャーコミュニティ『未来の生物のための文化研究会(ミラ研)』のプロジェクトのひとつです。僕は『日暮里ゼミナール』の前に『ミラ研』のWebサイトもデザインしていて、そこではいろんなデザインフォントを取り入れました。

フォントはぐちゃぐちゃにしてしまうと割とそれっぽく見えたりするところがあるんですが、それはもう『ミラ研』でやってしまったなーと思ったんです。『日暮里ゼミナール』はもう少しアカデミックな見え方を目指したいというのもあり、スタンダードな書体に絞ることを自分の中のルールとして決め、その中で面白い表現を見つけ出すことをテーマにしました」(工藤さん)

「日暮里ゼミナール」の前に作成された「ミラ研」のWebサイト

現在ではWebデザインからブランディングデザインまで幅広く活動している工藤さんですが、タイポグラフィのルーツには、大学のグラフィックデザイン学科での学びがあったそうです。

タイポグラフィに精通した教授と出会い、活版印刷を実際に体験したり、スイス・タイポグラフィを代表するヘルムート・シュミット氏の書籍からも多くを学びました。そしてこの学びの中で最初に登場したのが「Helvetica」でした。

「大学では『Helvetica』の映画も見せていただきました。『Helvetica』にはいろんな批評もありますが、これほど一般的に使われてきて、今も愛され続けているフォントって、数えるくらいしかないと思います」(工藤さん)

「僕も同じような感覚があるんですけど、でも実際に『Helvetica』を使ってよいデザインをするのは難しくないですか? 僕、Groovisions(※1)が好きで、真似しようと思ったこともありましたが、結局うまく使えなかった経験があります。それと、このサンセリフと明朝体の組み合わせ。僕も好きなんですが、工藤さんはどういう意識でこれを使用したんですか?」(二村さん)

「欧文のサンセリフに和文のゴシック体を組み合わせると、割と普通になってしまいますよね。明朝体の太いものでコントラストをつけることで絵がバキッとする気がします。最初は『光朝』(※2)を使いたいと思ったんですが、いろんな制約の中でそれが難しくて。いくつかの明朝体を実際にデザインに当ててみて、一番イメージに近かった『小塚明朝』を選びました」(工藤さん)

プロトタイプでもさまざまな明朝体が試された

(※1)Groovisions:グラフィック、ムービー、プロダクトなどさまざまなジャンルを手掛けるデザイン集団。Helveticaを多用することで知られている。
(※2)光朝:グラフィックデザイナー田中一光氏の文字をもとに作られたモリサワの明朝体。縦線横線のコントラストが強いのが特徴)

目指すものとデザイン、信頼関係

「日暮里ゼミナール」のデザインについて話を聞くなかで強く感じられたのが、プロデューサーの二村さんとデザイナーの工藤さんの間に築かれた信頼関係でした。二人の関係の始まりは、今から3〜4年前。二村さんの会社がWantedlyで募集を行っていた際、工藤さんがエントリーしたことがきっかけだったそうです。

「これまで二村さんみたいなタイプの方にはあまり出会ったことがありませんでした。経営者でありつつデザイナーという肩書を持ち、スタジオを持っていたり、文化的・教育的なことも実践されていたり。そういったところがすごく面白いと思って、僕から声をかけさせていただきました」(工藤さん)

「基本的に、僕は自分の好きな人としか働きたくないし、やりたくないことはやらない主義なんです。ただ、受託開発の仕事は人様のものを扱う以上、どうしても自由にはできない。一方で、純粋に『自分が好きなことをやりたい』『ものを作りたい』という気持ちもあるんですよね。

工藤さんには案件としての仕事もお願いしていますが、『日暮里ゼミナール』のように自社の取り組みをお願いすることもあって、そういう場合は『自由にやっていいですよ』というスタンスで頼んでいます。

Webデザインはロジカルに組み立てていくものが多い中で、工藤さんのようにグラフィック表現に強いこだわりを持つデザイナーは、正直少なくなってきていると感じています。その一方で、工藤さんは表現と論理性のバランスがとてもいい。技術と表現は、本来同時に語られるべきものだと思っています」(二村さん)

「『日暮里ゼミナール』は、本当に自由にやらせてもらっています。その分、どう受け取られるのか不安もありましたが、想像以上に良い反応をいただけて、手応えを感じています。CSS Design Awardsにノミネートしていただいたり、海外からの評判も良いようで、素直にうれしいですね」(工藤さん)

テキストをメインにしたWebデザインは珍しくありませんが、『日暮里ゼミナール』のようにメッセージがストレートに伝わるタイポグラフィは、まさに文字の力を最大限に活用し、文字が「世界観」を語る主役となったデザインと言えるでしょう。

取材・文:伊達千代、編集:栗原亮

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