《村田俊英の『事業をドライブさせるデザイナーの越境思考』|Vol.1》「表現」から「構造」へ。事業会社の“壁”とデザイナーに必要な思考

制作会社で圧倒的な実績を積んできたデザイナーが、事業会社に転じた途端、思うようにバリューを発揮できず壁にぶつかるケースが少なくありません。 その原因はスキルの欠如ではなく、「デザインの価値」の定義を180度転換できていないことにあります。
制作会社時代に磨いた「表現(クラフト)」という武器を、いかにして「事業のレバレッジ(構造)」へと転換できるか。それが、事業会社でデザイナーが生き残るための戦略になります。
プロフィール

村田俊英(むらた・としひで)
株式会社Resilire デザイナー
博報堂アイ・スタジオ、STORES, inc.などでWebデザインやUIデザインを経験。現在はスタートアップResilire(レジリア)にて、ブランディングからプロダクトまで全てのデザイン領域を統括。その実践知を活かし、デザインメンタープロを主宰。noteやポッドキャスト「のうきんデザイン ラジオ」でデザインをテーマに発信中。
デザインが「主役」の世界から、「一変数」の世界へ

制作会社や広告代理店において、デザインは文字通り「主役」です。 クライアントワークという枠組みの中で、より美しく、より驚きのある提案をし、正解を提示すること。それがプロフェッショナルとしての介在価値であり、賞賛の対象でした。
しかし、事業会社という生態系に一歩足を踏み入れると、ルールは一変します。 そこでは、デザインは事業を推進するための数ある要素の一つにすぎません。 ビジネスサイドのセールスやCSが追うKPI、PdMが描くロードマップ、エンジニアが管理するシステムの整合性……。 これら複雑に絡み合う変数のなかで、「デザインによってどの指標を、どれだけ動かせるか」という問いに常に晒されることになります。
「いいデザインを作れば、プロダクトは良くなる」 そんな純粋な制作会社時代のマインドセットを一度捨てなければ、事業会社というフィールドでは価値を出すことすら難しいのが現実です。
10年後を見据えた「時間軸」のハック
制作会社と事業会社の決定的な違いは、「時間軸」の捉え方です。 キャンペーンサイトのような「フロー型」の仕事は、その瞬間の爆発力が重要です。一方で、プロダクトデザインは10年以上使われ続けることを前提とした「ストック型」の思考が求められます。
- 過去に積み重なった「デザイン負債」
- 開発速度を停滞させる「エンジニア負債」
- 将来の拡張性を奪わないためのUIの規律
今、目の前にあるボタンの色を変えるという行為が、3年後の開発コストにどう影響するのか。 過去の制約を理解し、未来の負債を予測しながら、長期的な関係性を築いていく。 単に「美しい画面」を作るのではなく、「健全に成長し続けられる構造」を設計すること。これが、事業会社デザイナーに求められる職能の正体です。
「正解を出す」ことから、一刻も早くログアウトする
制作会社時代、僕たちは「正解を納品すること」に命を懸けていました。 しかし、不確実性の高い事業開発において、最初から100点の正解を出すことは不可能です。
事業会社で求められるのは、「議論を進めるためのデザイン」を最速で出すことです。 極論、そのデザインは間違っていても構いません。むしろ、「ここが違う」というフィードバックをチームから引き出し、ネクストアクションを明確にすることに価値があります。
「完璧に作り込んでから見せる」というプライドは、時としてチームのスピードを殺す毒になります。 必要なのは、デザインを「作品」として抱え込むのではなく、チームの思考をブーストさせるための「共通言語」として放り出す勇気です。 課題解決に直結するなら、ときには「デザインを作らない」という選択肢すら持てるかどうかが、プロの分水嶺となります。
クラフトの価値を、事業のレバレッジに転換する
ここまで「マインドを変えろ」と説いてきましたが、それは「クラフト力を低くしていい」という意味では断じてありません。 むしろ逆です。
信頼性が求められるtoBサービスや、ブランドの世界観が重要なプロダクトにおいて、細部まで作り込まれた美しさや使い心地といった「高いクラフト力」は、ユーザーの信頼を得るための最強のレバレッジになります。 論理だけで構築されたプロダクトは、ユーザーの心を動かすことができないからです。
重要なのは、「なぜ、今このレベルのクラフトが必要なのか」を他職種に言語化し、納得させる力です。 「美しいから」ではなく「信頼を勝ち取るために、この造形が必要である」とビジネスの言葉に翻訳すること。このコミュニケーション能力こそが、表現力を事業の価値へと接続するブリッジになります。
これから連載で伝えていくこと

僕は制作会社で14年間、表現の極北を目指してきました。 その後、STORESでのデザインマネージャーや、現在はスタートアップ Resilire(レジリア)の「1人目デザイナー」として、事業をデザインする苦楽を味わっています。
この連載では、僕が経験した「表現から構造へ」という転換のプロセスを、具体的な実践知として共有していきます。 1人目デザイナーとしての立ち回り方、デザインシステムの活用、経営との接続、そしてAI時代のクラフトのあり方……。
制作会社時代に磨いたその卓越した武器を、腐らせてはいけません。 それを「事業」というより大きな戦場で、どのように振るえば最大の価値を出せるのか。 その生存戦略を、皆さんと一緒に深掘りしていければと思います。
文:村田俊英(Resilire)
