《2026|Web制作の現在地 Vol.9》細尾正行(スピッカート)が考える、AI時代の育成と決断

変化のスピードが速まるなか、Web制作・開発の現場は、いまどこに立っているのでしょうか。2025年を振り返りながら、2026年をどう見据えるのか。現場で向き合う人たちの言葉を手がかりに、現在地を探っていきます。第9回は、スピッカート代表のクリエイティブディレクター/デザイナー・細尾正行さんにお話を伺いました。
プロフィール

細尾 正行
株式会社スピッカート
株式会社スピッカート代表/クリエイティブディレクター・デザイナー。WebやVI/CIを軸に、企画から実装まで横断的に手がける。日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク、グッドデザイン賞金賞受賞。スピッツの「シロクマ」が好き。
https://spicato.com
2025年、制作の前提はどう変わったのか?
スピッカートは14名の小さな会社ですので、私は現場ではディレクターやデザイナーとして業務を行いながら、経営者としてマネジメントも担っています。誰もが感じていることだと思いますが、私が関わるどの領域においても、AIの導入は大きな変化でした。
あえて経営面で触れるとすれば、10年前から毎年行ってきた新卒採用を、2026年卒については見送りました。はじめて、新卒採用を止める判断をしました。
理由は、単にAIがジュニア層の業務を代替できるようになったから、ということではありません。AIの登場によって、リサーチや校正、ワイヤーフレームの清書といった、ジュニア層が担ってきた「技術や思考の筋力を鍛える工程」そのものの前提が変わったと判断したからです。
育成の入り口に迷いがあるまま採用を続けることは、本人にとっても、会社にとっても誠実ではない。そう考え、一度立ち止まる決断をしました。
新卒で採用し、育てることには、自分が育ててもらったことへの恩返しのような気持ちもありました。それでも、育成の構造そのものを見直す期間が必要だと考え、今回の判断に至りました。
制作の現場で浮かび上がった課題感
先ほどの話にも通じますが、多方面からの依頼が増え、業務量が拡大するなかで、増員すべきかどうかという採用面と、スタッフそれぞれの能力評価の面に難しさを感じています。
前者については、「人が先か、仕事が先か」という議論はいつの時代にもありますし、もともと人数を増やすこと自体を目的としていないため、人員増加にはかなり慎重な姿勢を取っています。
後者のスタッフの能力評価については、さらに複雑です。それが個人の能力による成果なのか、AIの助けによって結果が出せているのか。その判断が以前よりも難しくなりました。成果物だけでなく、問いの立て方、プロセスの透明性、AIへの指示の仕方、そこに至るまでの思考の痕跡も含めて見なければ、その人の「力」とは言えないと感じています。
デザインの最終アウトプットには、まだ積極的にAIを用いてはいませんが、前段階のコンセプト設計や最終のコーディング工程には活用しています。だからこそ、「AIを使えたか」ではなく、「AIをどう使ったか」を見極める評価軸が必要だと考えています。
2025年を通して、あらためて重要に思ったこと
どの部分でAIを用い、どの部分はAIに頼らないのか。その線引きが非常に重要だと感じています。AIは何に対しても何らかの答えを返しますが、それを「答え」として扱う責任は人間に残ります。何でも投げれば応答が返ってくるAIに、歯止めなく委ねてしまえば、その仕事を通じて得られるはずだった「考える力」や「深める力」を奪ってしまう可能性があります。
私自身は、発想の核やコンセプトの初期構築はできるだけ自分の頭で行い、選択肢の拡張や検証、構造の整理にAIを活用する、という意識でいます。最終判断と責任は人が持つ。この前提を崩さないことが重要だと感じています。
地方の制作現場では、ディレクションからデザイン、時には実装までを一人が担うことも少なくありません。分業よりも統合が前提となる環境で積み重ねてきた経験は、結果的にAI時代との親和性が高いのではないかとも感じています。
その意味で、ディレクション、プランニング、デザイン、さらには実装やコーディングまでを横断しながら、全体を俯瞰して判断できる人材の価値は、むしろ高まっているのではないでしょうか。
2026年を迎えて、意識したい仕事のあり方
意識して取り組むべきことは、変わらず「自分たちを選んでくれる理由を考え続けること」だと考えています。WebもSNSも広告も変化し続けていますが、「Webサイトを制作できる会社」であること自体は、もはや大きな差別化にはなりません。
私たちが本当に向き合っているのは、クライアントの「まだ言語化されていない違和感」です。その違和感をどう捉え、どのようなプロセスで解像度を上げ、どの地点で形にしていくのか。そこにこそ、私たちの役割があると感じています。
「私たちだから相談したい」「私たちとなら一緒に考えられる」と感じていただける関係性を、どう築いていくか。そこにこそ価値があるのではないでしょうか。
技術の進歩や社会の変化に応じて変わり続けるためにも、表層的なトレンドを追うのではなく、自分たちの態度や思考の解像度を磨き続けることが必要だと思っています。
いま制作に向き合う人たちへ
目まぐるしい変化と進歩のなかにあっても、焦らず立ち止まり、見定めることが大切だと思います。「これをすれば儲かる」「これを知らないと遅れる」といった情報は、日々流れてきます。
市場は常に不安を煽ります。私自身も流されそうになることが何度もあります。ただ、それに振り回され続けていると、自分の軸がわからなくなってしまう。
大切なのは、本質がどこにあるのかを見極めることだと思います。本質的な力は、短期間で身につくものではありません。考え、迷い、対話しながら積み重ねていくしかないのだと思います。
物事の本質を見極め、コツコツと鍛え続けることを忘れないようにしたい。
また、私たちデザイナーに求められている「答え」は、クライアントとの対話や、自分自身の経験のなかにあると考えています。流行に反応することと、流されることは違います。社会の変化を観察しながらも、自分なりの判断基準を持ち続ける。その軸は、日々の仕事のなかで磨かれていくものではないでしょうか。
派手さはなくても、自分の言葉で考え続けることが、結果として信頼につながる。それが、長く続く力になると信じています。
そして、どんな時代になっても、仕事を楽しむことを忘れないでいたいと思います。
文:細尾正行(スピッカート)





