
購買行動の起点はどこに?
今回はデジタル社会での購買行動について考察してみたい。思い立ってから購入までのプロセスをどのように想定しておくべきなのか?
話してくれた人

國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
なぜ財布の口がなかなか開かないのか?
人間には「損失回避」という行動原理がある。「財布から現金を出して支払う」という行動は、実は強い痛みを伴う「損失」体験で、目と指先でその損失感を確認できてしまう。だから財布の口は普通、開きにくいのだ。
一方で、「ポチる」という単語に象徴されるように、ECでの購買はリアルな店舗でのそれに比べ、はるかにハードルが低い。課金する段階で、お金を払っているというリアルな実感が希薄だからだ。買い物に行かなくて済む利便性や売価の安さ以上に、この「損失」実感の薄さこそがEC普及の大きな要因と考える。 このようにECでは、購買プロセスの最大のハードル「課金ポイントの通過」の円滑化に成功したが、これからはリアルの購買プロセスを単にトレースせず、購買プロセスのモデル自体を見直す発想が必要ではないだろうか。
ECでも01のようなパーチェス・ファネルで購買プロセスを管理するのが一般的。「AIDMAの法則」を下敷きにしたモデルのことだ。最近では「S」(Search、Share)を織り込んだモデルも各種提唱されているが、「意識の中での段階的な長い情報処理プロセス」の先に「行動」(購買など)がある点では、大差はない。
しかも、こうした長い情報処理プロセスの先で購買に至る歩留まり(CVR)は非常に低い。途中での離脱が大きすぎるからで、この非効率はECマーケティングのボトルネック。だからこそ「買い物カートに入れる」というUXは「比較検討」「熟考」プロセスから次のアクション(レジに進む)に移行する歩留まりを高める秀逸な行動デザインである。だが、もっと違う次元で本質的に効率のいいマーケティングを考えられないだろうか?

認知から購入意向までの意識項目のスコアには、ある程度の相関はあるが、実際の購買行動では大きく歩留まりが下がる。認知と行動は必ずしも相関しない
サブスクリプションモデルがエンゲージメント戦略の要
AIDMAモデルは「情報を入手・分析し、じっくり検討して行動に移る」という購買プロセスが前提だ。これは「欲しいモノはあるが、情報などが不足する状況」には有効だが、「欲しいものが決まっていない」「本当に何が欲しいのか、自分でもわからない」という今日的な状況では、まず購買プロセスをどう起動させるか、から考える必要がある。
そのとき、「信頼できる人からのレコメンド」は非常に効果的だ。例えば書籍EC。無数にある本の中で「この本を買おう」という思い立ちは、書評との出合い以外だとなかなか難しい。ひとたび書評で関心を持つと、即「ポチる」のが書籍ECの購買行動だ。効果的なレコメンドは「長くて歩留まりの低い情報処理プロセス」を一瞬でショートカットする。これが「新しい次元の効率論」だ。
もう一つの「効率論」が、サブスクリプションモデル(02)の活用だ。一度、定期購入に加入すると、その後は「情報処理プロセス」自体が自動消滅する。そうなると、離脱(解約)するハードルが意外に大きく、歩留まりは高い。さらに02には、定期的な顧客とのコンタクトの機会が確実に存在する。ここで適切なリコメンドで、アップセル/クロスセルを促せば、エンゲージメントプロセスを強化できる(03)。単なる補充発注的な定期購入では本当の意味でのエンゲージメントは育たない。
アップセルやクロスセルによる顧客体験の拡大で、より一層エンゲージメントの強化が予想される。魅力的なサブスクリプションモデルを構築し、その中でエンゲージメント戦略を実行できる企業が、これからのECマーケティングの勝者になるだろう(04)。

一時払い(都度払い)に比べて、課金が経常経費の中に潜り込み、「財布を開く痛み」を個別に認識できず、「損失回避」特性が働きにくい

サブスクリプションのイメージとは、財布の口を無理にこじ開けず、財布の底に小さな穴が開いているようなイメージだ

筆者の仮説は、サブスクリプションモデルをプラットフォームにした、“S(サブスクリプション)×R(レコメンデーション)=E(エンゲージメント)モデル”。 定期的な購買(商品配送)のタイミングに適切なレコメンドを行い、アップセル・クロスセルをかけて顧客体験が拡張し、強いエンゲージメントを育成できる

今後はスマートスピーカーなどのAIレコメンド機能が飛躍的に拡充し、思いがけない購買プロセス起動のきっかけが提供されるだろう ECマーケティングを中心に、新たなエンゲージメントプロセスのモデルが発展すると予想
※Web Designing 2017年10月号掲載記事を転載