「生活者の行動」からマーケティングのヒントを探る「行動デザイン」とは?

「行動デザイン」と聞いて、みなさんは何を想像するだろうか? 実は「行動デザイン」は、広告、PR 、ダイレクト・マーケティング、製品パッケージなどといった、あらゆるマーケティング・コミュニケーションを考慮した統合マーケティングのための発想法である。今回からの連載で、その核心に近づいていこう。

ウェアラブルデバイスは“行動誘発装置”

 2015年春の東京マラソンで、なんともユニークな格好の道具を背負った走者が多数のメディアに取り上げられた。走者はカゴメ(株)の社員、鈴木重德さん。そして背負っていたのはカゴメが試作した「ウェアラブル トマト」(01)。これを装着すれば、抗酸化力の高いリコピンを含んだトマトを、走りながら簡単に摂取することができるという“ウェアラブルデバイス”だ。

01 カゴメ「ウェアラブル トマト」今年の春の東京マラソンに向けてカゴメが開発した“ウェアラブル トマト”は、明和電機が制作協力。残念ながら、今のところ市販の予定はないという http://www.kagome.co.jp/company/wearable/

 見ておわかりのように、これはバズ(インターネットを基点に増幅、拡散するクチコミ)の発生を目的としたPRのため、あえてツッコミどころ満載のローテクニックな仕掛けにしてある。データ通信機能などは実装していない。だが、おそらくそう遠くない未来に、飲食行動とその前後の健康状態の相関をデータ化し、水分や糖分、塩分などの不足や過剰に関してアラートを出したりするようなウェアラブルデバイスは、実現するのではないだろうか。

 重要なのは、このウェアラブル トマトが「スポーツ中にトマトを摂取する」という、今までになかった行動を喚起する“行動誘発装置”になっていることだ。つまり、ウェアラブルデバイスはデジタルとリアル行動をつなげる一種のコネクターと見立てることができる。だが、ウェアラブルデバイスを身につければ、それで行動は誘発されるのだろうか?

 Web業界では、検索やサイト内回遊、クリックなどのデジタル行動を「行動」として扱っているが、それらに比べてリアル空間におけるフィジカルな行動(リアル行動)は、エネルギー消費量がはるかに大きい。つまり、リアル行動を喚起させるのはそれだけ負荷がかかるという現実を見逃してはならない。

基本的に「人は動かないもの」と考えてみよう

 統合マーケティングを実現するためには、リアル行動にまで介入する必要がある。いくらネット予約・ネット購買が普及したといっても、届いた商品を使ったり、旅行に行ったりというのは、どこまでもリアルな行動だからだ。

 たとえば、ウェアラブル トマトのニュースを見て、「いいね!」と思った人でも、スポーツ中に(バナナではなく)トマトを食べる、という新習慣を採用するとは限らない。意識と行動の間には大きな断層がある(02)。好意を上げれば行動が発生するとは限らないのだ。

02 意識と行動のギャップ 「認知」と「好意・共感」といった意識指標は、ある程度相関はあるが、意識と「行動」は必ずしも相関しない。「別もの」と考えておく必要がある

 なぜ新しい行動を誘発することは難しいのか。それは、私たち人間は「なるべく無駄なコストの支出を避ける」ようにプログラミングされているからだ。新しい行動を始めるときにはリスクが伴うので、脳をフルに使って情報処理をする必要があるが、それはエネルギー消費(=コスト)の増大を意味する。人がリスクに敏感なのも、それが無駄なコストの発生につながりやすいからだ。

 ちなみに、ウェアラブルデバイスをいち早く身につけるような「イノベーター層」は人口の1割未満と言われている(03)。リスク許容度の高い人の比率はそんなものだろう。腕時計型のウェアラブルデバイスには万歩計などの健康管理機能が実装されているが、それを装着している人がみな、よく歩いているわけではない。大胆にリスクを取る「イノベーター層」であっても、「毎日たくさん歩く」というエネルギーコストの高い新習慣を採用するハードルは、想像以上に高い。むしろ、人は基本的に動かないという考えからスタートするのが、行動デザイン研究所の基本スタンスだ。

03 イノベーション普及モデル アメリカ・スタンフォード大学などの教授を務めたエヴェリット・ロジャース(Everett M. Rogers)氏が、1962年に提唱したモデル。これによれば、イノベーター層は全体のわずか2.5%にすぎないという。1960年代のモデルが未検証のまま今日まで通用しているのが不思議だが、それくらい納得感のあるモデルなのだろう。イノベーターの比率を10%とする説も存在する
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