【特別対談 Vol.2】「無添加の文章」が価値を持つ時代へ。生成AI時代に問われる“人が書く意味”

ワン・パブリッシング取締役社長・松井謙介さんと、以前Web Designing本誌で連載を担当していたRIDE Inc.の酒井新悟さん。ともに雑誌出身で、Webメディアでのコンテンツ制作の経験も豊富な2人のプロが、これからの時代に欠かせない「文章力」とはどんなものか、熱く語り合ってくれました(前後編の後編)。

話してくれた人

松井謙介 さん

株式会社ワン・パブリッシング取締役社長兼メディアビジネス本部長。長年にわたって文章編集・校正現場の最前線に立ち、雑誌『GetNavi』発行部数最大記録なども打ち立てた実績のあるプロ。雑誌、Webメディア、広告のコピーライティングなど、多岐にわたる制作を通じて読者の心に訴えるコンテンツを生み出してきた。2020年からは、『Web Designing』の連載「文章力を上げる鉄板ルール」を担当。2025年9月には『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』(マイナビ出版)を上梓。日々、コンテンツと格闘しながら生きている。

酒井新悟 さん

株式会社RIDE取締役。雑誌やWebメディアづくり、サービス立ち上げの経験を武器に、総合広告代理店や企業とオンライン・オフラインを問わず、さまざまなプロジェクトに携わる。と同時に、弊社のオウンドメディア「haconiwa」の立ち上げと運営を経てオウンドメディア構築やメディアプランニング、コンテンツ制作のディレクション、Webサイト制作、Webマーケティングなどに携わる。著書に『ビジネスの課題は編集視点で見てみよう』(マイナビ出版・2020年刊)

目次

「無添加」な文章に
価値が生じる時代は訪れるか

松井 ちなみに、文章と生成AIの関係を考える際に、例え話としてよく使うのが、食品の「添加物」なんですよ。

酒井 添加物ですか?

松井 食品添加物って、多くの人は「こういうものもまあ必要だよね」って考えていますよね。食品を長持ちさせて、遠くまで運べるようにしたり、ある視点では食品をおいしく食べられるようにしてくれてるじゃないですか。AIもそれと似ていて、文章を大量に、スピーディに、均一レベルでつくることができる。

酒井 なるほど! それは実に上手い例えですね。

松井 添加物=絶対悪ではないように、AIで書いた文章も絶対に「悪」ではない。ところがその一方で、「これ全部自分で書いたんだよ」と言われると、妙な信頼感が生まれたりする。

酒井 となると、「人が書く文章」には自ずと価値が出てくるということになりますね。「久しぶりに無添加の文章を読んだけどやっぱりいいな」みたいな。

松井 「ちょっと冗長で誤字もあるけどそこがまたいいな」とか(笑)。

酒井 じゃあ、無添加の文章を「いいな」と感じる理由って何だろうって考えると、先ほど松井さんが指摘された、「相手との関係性」であるとか「共有した体験」が織り込まれているところなのかなと思います。

松井 体験から生まれるフィジカルな感覚とか、人の内側から湧き出てくる感情みたいなものですよね。

酒井 文章を書く際の起点にそうした感覚や感情を込める作業は人にしかできない。だからそこに価値が生まれるというわけですね。

松井 いまに小説の表紙に「※本書はAIを利用していない無添加文章で書かれています」みたいな但し書きが添えられるようになったりするのかな(笑)。いまはまだ逆で、九段理江さんの小説のように、「一部AIで書いた」ことのほうが話題になってますけどね。

酒井 これまでも記名原稿の価値はあったけれど、今後はまた違った意味で高まっていくかもしれませんね。「名前を出せるってことは、大事なところではAIを使っていないってことだな」みたいな判断ができるようになりますから。

松井 ただし、添加物は使っていないけど美味しくない野菜っていうのがあるのと同じように、「人が書くよりAIを使って、もうちょっとわかりやすい文章にしてくれよ」といった声が上がることもありえます。「へたくそなオーガニック文章」という変な存在がフィーチャーされるかも(笑)。

酒井 その辺りはバランスが大事になるでしょうね。

文章作成のプロセスを「情報収集」「情報分析」「企画」「制作」の4ステップに分けて捉えてみると、読みやすく伝わりやすい文章がどのように作成されているのかが見えてきます

文章を書くまえにやるべきことは
「編集作業」!?

松井 ところで、私は酒井さんの言う起点、すなわち「言いたいこと」や「書くべきこと」を見つけ出し、磨いていくために必要なものを私は「編集」作業だと思っているんです。以前、Web Designingで、編集をテーマとした連載「一億総編集者計画」を執筆されていた酒井さんには、共感していただけるんじゃないかと。

酒井 実は今回、松井さんの新著『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』を拝読して、文章作成のためのフレームワークとして編集工程を紹介しているのを見て、「鋭いな」と、感心したんです。

松井 言っていることはそんなに難しいことではなくて、情報の収集から分析、そして企画へと進んでいく「書く前の準備が大切だ」というシンプルな内容なんですが(左ページ図)、これに気づいていない人が多いんですよね。

酒井 松井さん自身は、このプロセスの中でも特に「企画」にしていくプロセスが上手いですよね。前にお会いした時にもお話しましたけど、松井さんが以前Facebookに投稿した「吉野家の支払いと外国人」(2019年3月25日)の話。

松井 よく覚えてますね(笑)。

酒井 あのコラム、読んでみると正直何も起きていない。お客さんがテーブルにお金を置いて足りなかった、というだけなのに、外国人店員の慌てふためく様子を実にうまく物語にしている。100円足りなかった、程度の話なんですけど(笑)。

松井 店員さんが、「紅しょうがの中に100円がないか探し出した」ヤツです(笑)。「何も起きてないけど、これは文章にしないと気が済まん」と思って。

酒井 しかもその「お金が足りなかった」というエピソードをきっかけに、「マナーの悪い日本人と、一生懸命頑張る外国人労働者」という、今の社会的な問題へと話を膨らませていった。個人的な体験と社会的な関心事を、上手につなげたことで読みがいのある文章になっていました。

松井 私の中ではそうしたナラティブな物語(個人的なストーリー)と、ソーシャルな視点(多くの人の関心事)とをうまく結びつけられると、いい企画、いいコラムになるという肌感覚があるんです。

酒井 なるほど。自身が体験して得た「情報」をどう「企画」にしていくのか、そのコツのお話ですね。そうした思考の仕方こそが、文章力向上のポイントなんだと感じます。

松井 いつも悪戦苦闘しながら書いているので、そんなふうに言っていただけるとすごく嬉しいです。あと、「お金が足りなかったから紅しょうがの中を探した」という文章は「生成AIには書けないだろう」みたいな感覚はありますね

酒井 生成AIが書けない文章を突き詰めていくと、面白い文章を書くためのヒントが見つかる、と。

松井 そうなんですよ。ただ、AIの進化の速さを考えると、「これは2025年の夏の話です」って書いておかないといけないのかもしれませんね(笑)。次に酒井さんと会うときには、果たしてどうなっていることやら。それでは酒井さん、今日はありがとうございました。またよろしくお願いします!

酒井 ゾス!(笑)

<前編はこちら>

書籍情報

生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術

●定価(紙/電子):1,980円(税込)
●著者:松井謙介
●判型:B6変/208ページ
●ISBN:978-4-8399-90271
●発売日:2025年9月24日

生成AIの進化により、議事録やレポート、マニュアルといった事務的な文章は効率的に自動化できるようになりました。しかしビジネスの現場では、それだけでは不十分。企画書や提案書、人材募集文、オウンドメディアの記事など──人の感情を動かし、行動へとつなげる文章には、書き手自身の思考や意見、そして「相手にどう動いてほしいか」という意図が不可欠です。

最新のAIは流麗な文章を生み出し、表現力も増しています。しかし、「誰に向けて、何を伝えるのか」という視点は、人間にしか持ち得ません。読み手を意識し、関係性を踏まえて言葉を選ぶことこそが、成果を生む文章の鍵なのです。

本書では、生成AI時代にあっても欠かすことのできない「自分で書く力」を、実践的かつ最新のテクニックとともに解説。あなたの仕事に直結する「伝わる文章術」をお届けします。

取材・文:小泉森弥
※本記事は「Web Designing2025年12月号」の内容を一部再編集して公開しています。

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