物語を紡げば、アイデアが動き出す! ユーザーリサーチは「ストーリー」で共有しよう

ユーザーリサーチは行っているけれど、いまいち施策への落とし込み方がわからない……。それはアウトプットに「ストーリー」が足りないせいかもしれません。リサーチに「ストーリー」を活用する意義や手法について、昨年『ユーザーリサーチのすべて』を上梓されたリサーチャー・菅原大介さんに教えてもらいました。

目次

ユーザーリサーチにおける
「ストーリー」を考える意義

さまざまなプロダクトやサービスがあふれる現代において、自社(あるいはクライアント)の商品を選んでもらうためには、これまで以上にユーザーの心理や行動を理解することが重要になってきています。そして、その調査・分析を行うのが、今回取り上げる「ユーザーリサーチ」です。

ユーザーリサーチとは、自社ユーザーまたはカテゴリーユーザーを対象に調査を行い、その結果を機会発見や成果検証に役立てる活動です。調査手法としては、大別すると、インタビュー等の定性調査と、アンケート等の定量調査が主に用いられます。

リサーチというと、「マーケティングリサーチ」を思い出す人も多いでしょう。マーケティングリサーチが大局的に市場環境を分析するのに対し、ユーザーリサーチは、ユーザーにフォーカスを当ててその動向を分析していきます。両者は対となる概念ですが、実際は密接に関連しあうものであり、マクロとミクロの視点の違いと考えるとイメージが捉えやすいでしょう。

今回は、ユーザーリサーチの中でも「ストーリー」をテーマに、一部をピックアップして解説します。

ユーザーリサーチでは、調査で得られたデータをもとに、ペルソナやカスタマージャーニーなど、さまざまな成果物を制作しますが、これだけでは、「点」での理解・施策になりやすい問題があります。

この課題に対し、ユーザーの「ストーリー」を意識することは、情報を有機的に結びつけ、生活の中に自然と存在するリアリティを持ったユーザー像を描くことにつながります。この結果、関係者間でユーザーイメージの共有が進み、アイデアの促進や、足並みの揃った施策実施が可能となります。

他のユーザーリサーチに関する一連のノウハウは、『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版/以下、基本書)にまとめました。リサーチの立ち上げから分析、報告・共有まで詳細に解説していますので、ぜひあわせてご覧ください。

『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)

ストーリーの核となる
「価値」を見つける方法

ユーザーの「ストーリー」を描き出すにしても、まずストーリーの核、すなわち、自社商品のどのような「価値」を軸に打ち出すのかを考える必要があります。

しかし、自社商品の価値や魅力を、的確に把握できている事業者は意外と多くはありません。

例えば、「主菜と副菜がセットになった宅食サービス」について考えてみましょう。よく挙げられる価値としては、「健康的な食生活が送れる」ことがあるでしょう。たしかにこれは、宅食サービスの中核的な価値ですが、一方で、すべての宅食サービスに共通する普遍的な価値であり、差別化要素にはなりにくい側面もあります。

このような「ありきたりな」価値に落ち着いてしまう要因として、KGI(≒届けたい「価値」)の解像度の低いまま、目先のKPI(数字目標)を追いかけてしまうことがあります。広告のインプレッションを“ただ”上げる、UIでラストクリックを“ただ”増やすといった思考に陥りやすくなるということですね。

このような状況になると、顧客のロイヤルティ(忠誠度)がほとんどないケースが増え、自社商品である意義、自社のアイデンティティを見失っていくことにつながります。

そこで活用したいのが、ユーザーリサーチに基づく「価値マップ」です。価値マップとは、実際にユーザーにインタビューを行い、自社商品のどういったところに価値を感じているのかを抽出し、書き出し、整理したものです。

実際にユーザーの声を聞くことにより、「食卓での会話が増えた」「彩りが華やかになった」など、事業者は見逃しがちな価値を再発見することが可能になります。

活用のポイントは、正解を探そうとするのではなく、挙げられた価値からアイデアを広げるということです。ユーザーの感じている価値を、どのような施策につなげられるか。逆に自社アセットでは謳いづらい価値はなにか。さまざまな議論をすることが、以降のストーリーづくりの第一歩となります。

さっそく実践してみよう!
価値マップの作成手順

ここでは、価値マップの具体的な作成方法を見ていきましょう。

まず、価値マップのもととなるデータは、ユーザーインタビューで取得することが一般的です。調査対象者数の目安としては、アプリ内の1機能について調べる場合で8名ほどとなりますが、商品特性や何を調べるのかによって適宜増減します。

また、ここで重要なのは、人数の多寡よりも、属性の「バラつき」を意識することです。類似の属性のユーザーが偏ると、発話内容も似てしまい、十分な声を拾い上げることが難しくなります。特に、企業や商品に対するロイヤルティ(忠誠度)は分散を意識し、ロイヤルカスタマーから、ヘビーユーザー、ライトユーザーまで、多様な意見が出るように対象者を抽出しましょう。

次に、発話データを価値マップに落とし込んでいきます。手順としては、おおむね次のようになります。

❶発話内容にあるエピソードから抽出した商品の魅力等を、「○○の価値」と名づけ、カード化する。
❷カード化した価値を、その類似性に着目してグルーピングし、グループの見出しをつける。
❸グループ同士の関係性を矢印で書き入れる。

❶、❷での言葉選びについては、原則として、発話内容から拾い上げるようにします。また、❸の関係性の把握・言語化は、少し経験が必要な部分ですが、目的と手段、事前と事後、二律背反等、基本となる関係性をベースに着目すると、整理しやすくなります。(基本書P212)。

価値マップは、作成者にとっては情報構造を理解しやすい反面、初見の人には伝わりにくい場合もあります。そのため、着目したい点にあわせて、複数のパターンで展開できるようになるとよいでしょう。

私がよく使うものとしては、手順❷までを行った「散布図」や、❸までを記載する「フローチャート」、その他、ユーザーのストーリーとして文章化した「ステートメント」等があります。(基本書P209~P210)

生活に息づくユーザー像を
ストーリーボードで共有する

ユーザーの「ストーリー」というと、ペルソナやカスタマージャーニーマップが思い浮かぶ人も多いでしょう。実際、マーケティング施策を考えるうえで、この2つは不可欠です。

特にカスタマージャーニーマップでは、ユーザーの行動やプロダクトの使用シーン、それにあわせたユーザー感情の動き等を考えながら作成するため、作成者の中では「ストーリー」がある程度出来上がっている場合もあるでしょう。

しかし、カスタマージャーニーマップは、ユーザーとプロダクトのタッチポイント(接点)を見るうえでは非常に有用ですが、作成者以外にとっては、実際に1人の人間が存在し、生活を営んでいるようなリアリティを想起することは難しい側面もあります。

そこでもう一歩進めて作成したいのが、「ストーリーボード」です。

ストーリーボードとは、CMの絵コンテのような形式でユーザーの行動を可視化したアウトプットです。ベースには、主人公の設定であるペルソナと、シナリオとしてカスタマージャーニーマップを用います。

作成手順としては、❶ストーリーのテーマを決め、「○○編」と名付けます。名称には必ずユーザーの生活や日常に関連するワードを使用しましょう。次に❷カスタマージャーニーマップをもとにコマ割りを行い、プロダクトの利用行動を、おおむね時系列順に描いていきます。ここでは、ユーザーの動作や表情だけでなく、プロダクト(上図では、食品ECサイト)がどのように利用されているのかわかるように、コマ内に書き込みましょう。

そして各コマの下に、❸ペルソナの言葉や思考を付記します。その他、参考となるケーススタディやベンチマークがある場合は、必要に応じて添付します。

ストーリーボードの作成には、ペルソナやカスタマージャーニーマップが固まっていることが必要です。途中で手が止まってしまう場合は、ペルソナやユーザー行動の解像度が足りない証左なので、工程を戻して、再度煮詰めましょう。

「ストーリー」を共有することで
生まれるアイデアの連携

コンセプトやコアバリューといった提供価値は、概して「健康的な生活を維持できる価値」など、抽象度の高いものです。しかし、このままでは具体性に乏しく、デザイナーやプランナーなど、施策の実行に関わるメンバーは、するべきことがわからず困惑してしまいます。

そこで必要になるのが、プロダクトの提供価値をユーザーの生活や消費活動の中に溶け込ませて見せること、すなわち、共感や感情移入できる文脈を持った「ストーリー」で共有することです。

例として、ここでは贈答用のマスクメロンの販売を促進するお中元キャンペーンを実施することを考えてみましょう。

単にこの企画主旨のみを共有した場合、トップページにキャンペーンバナーを設置したり、キャンペーンの告知広告を出稿したりして終わり……となることも考えられます。

しかし、ここで、「贈答用の商品を探しているうちに、自分も食べたくなった」というユーザーのつぶやき、つまり「ストーリー」を共有するとどうでしょうか? こうした経験は多くの人が共感するところで、自分事として考えてみると、このキャンペーンを用いるシチュエーションのディテールが浮かんできます。

その結果、例えば、マーケターからは贈答用だけでなく自宅用購入も促進する「同時購入でお得になるクーポン」の販促企画が出てくるかもしれません。また、それを受けてデザイナーも、自宅用向けの訳あり品を目立たせるUI(強調表現)や、限定感・お得感を伝えるデザインを思いつくかもしれません。

こうした細かな、しかし重要なユーザーの実在感は、カスタマージャーニーマップなどの他のアウトプットでは共有が難しいものです。しかしそこに「ストーリー」を与えることで、ペルソナが想像の中でいきいきと動き出し、プランナーやデザイナーのイマジネーションを刺激することにつながります。

その結果、各担当者の自律性やノウハウを引き出し、有機的な施策の実現が可能となるのです。

「都合のよい」ユーザー像に
しないための注意点

ペルソナやストーリーボードにありがちな失敗として、ユーザー像に肉づけしていく過程で、事業者に「都合のよい」ユーザー像をつくりあげてしまうことがあります。

原因は、ユーザー調査が不十分で、決裁者の思い込みでストーリーを展開してしまうことです。この場合、「すべてのユーザーがすぐにサービスを気に入り、すぐに申し込んで愛用し続けてくれる」というような、行動が直線的でサービスの受容性が高いユーザー像を想定しがちになります。

しかし、実際のユーザー行動は非常に複雑で、企業やプロダクトに対するロイヤルティもさまざまです。言うまでもなく、実際のユーザーの声を聞くことが、“ご都合”を排し、リアリティのあるユーザー像を描くことにつながります。

もし、創業期でユーザーや顧客が少ない場合は、従業員のつてをたどって、家族・友人・知人の中で該当する人に依頼する方法(機縁法)を検討するとよいでしょう。

ユーザー像を膨らませるうえで重要なことは2つあり、まず一つは、「ファクト」から始めることです。

ユーザーリサーチの要所として、ユーザーの「インサイト(隠された本心)」を重視する人は多いでしょう。しかし、インサイトは、ファクト(事実)→ニーズ(顕在化した欲求)……と積み重ねた先に見つかるものです。この過程を飛び越えていきなりインサイトを得ようとすると、都合のよい憶測が混ざる原因となります。

もう一つは、インタビューでは、定量的データをしっかりヒアリングすることです。例えば、数量・金額、ブランド名、周期・頻度といった情報です。これらの情報は、エピソードを聞く中で聞き流してしまいがちなので、深掘りして情報を引き出せるよう意識しましょう。

体温のあるユーザー像は、自社のプロダクトの意義を再発見し、アイデアを生む源泉となります。すなわち、ユーザーの「ストーリー」を通して、事業者もまた、自身の「ストーリー」を再確認していると言えるのかもしれません。

プロフィール

菅原 大介さん
リサーチャー
x:@diisuket
https://note.com/diisuket
https://diisuket.theletter.jp/

取材・文:原 明日香(アルテバレーノ)

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