
《村田俊英の『事業をドライブさせるデザイナーの越境思考』|Vol.3》期待の80%で打ち返し、20%で差異を出す。デザイナーが“作業者”から抜け出す思考

社内の期待を「120%」で打ち返そうとする努力は、時にデザイナーをただの「便利な作業者」へと追い込みます。 私たちが目指すべきは、期待の80%を正確に満たして信頼を担保し、残りの20%で相手の予想を裏切る「差異(ズレ)」を提示することです。
この意図的な「ズレ」こそが、単なる受発注の関係をハックし、事業のパートナーとしてのポジションを確立するための唯一の戦略です。
目次
プロフィール

村田俊英(むらた・としひで)
株式会社Resilire デザイナー
博報堂アイ・スタジオ、STORES, inc.などでWebデザインやUIデザインを経験。現在はスタートアップResilire(レジリア)にて、ブランディングからプロダクトまで全てのデザイン領域を統括。その実践知を活かし、デザインメンタープロを主宰。noteやポッドキャスト「のうきんデザイン ラジオ」でデザインをテーマに発信中。
依頼通りに作るのは、実は「思考の怠惰」ではないか
「言われたことを、言われた通りに、最高のアウトプットにする。」 これは、一見プロフェッショナルな誠実さに見えます。しかし、厳しい言い方をすれば、それは「提示された枠組み」の中でしか思考していない、一種の怠惰です。
ビジネスにおいて、デザイナーに依頼が来る時点ですでに「解決策の仮説(らしきもの)」は提示されています。「こういう画面が欲しい」「こういう機能を追加したい」といった具合です。
そこに100%適応して完璧なものを作ったとしても、それは相手の想像の範疇を超えません。つまり、デザイナーの価値が「相手の指示を視覚化するコスト」としてのみ処理されてしまうのです。
この状態は、生成AIに取って代わられる領域そのものです。 そこで頭一つ抜け出すには、提示された「問い」そのものを疑い、構造を組み替える必要があります。
100%の適応ではなく、20%の「逸脱」を混ぜ込む。これが、現在の環境でより価値を出す戦略になります。
Resilireでの実践:サプライチェーンの「地図」を書き換える

私がプロダクトデザイナーを務めるResilire(レジリア)での事例を挙げます。 サプライチェーンマネジメントという領域は、極めて複雑な情報の塊です。例えば、大手メーカー様から「拠点の影響範囲を地図上で可視化したい」というリサーチ依頼を受けたとします。
ここで「見やすい地図UI」を完璧に作って持っていくのは、期待に対する100%の回答です。しかし、それでは「便利なツールをデザインした人」で終わってしまいます。
私が意識するのは、80%で使いやすい地図を作りつつ、残りの20%で「そもそも、地図を見ることが目的でしたっけ?」という問いを投げかけるデザインを忍ばせることです。 「有事の際、担当者が本当に知りたいのは地図上の場所ではなく、『次に誰に連絡すべきか』という意思決定の優先順位ではないですか?」という仮説を、具体的なプロトタイプとして提示します。
相手が言語化できていなかった「真の課題」に触れる20%のズレ。 この瞬間、デザイナーは「画面を作る人」から「事業の意思決定を支える構造を作る人」へと昇華します。
期待を超えた「ズレ」が、事業のパートナーへの入り口になる
「予想通り」のものは、納得感はあっても、驚きや議論を生みません。 一方で、意図的に設計された「ズレ」は、相手に「なぜこのデザイナーは、わざわざ私の意図と違うものを出してきたのか?」という健全な違和感を与えます。
この違和感こそが、深い対話の呼び水となります。 「実は、現場ではこういう判断に一番時間がかかっていて……」という、当初の依頼書には書かれていなかった生々しいドメインの課題が引き出されるのです。
私たちの最大の武器は、ピクセルを操作することだけではありません。 「問いかけ、対話し、探求する」ことによって、事業のボトルネックを特定し、デザインという手段でその構造を組み替えることです。
依頼を80%で打ち返すことで、まずは「この人はわかっている」という最低限の信頼を勝ち取る。そして、残りの20%で「そうきたか」と思わせる差異を出す。 この比率を守ることで、デザイナーは「忙しいだけの作業者」という負のループから抜け出し、自分にしか出せないバリューを構造化できるようになります。
まとめ:デザイナーの価値を「差異」によって定義する
短期的な視点では、依頼を120%で完璧にこなすほうが効率よく見えるかもしれません。 しかし、キャリアを長期的にスケールさせる目的においては、それは自分をコモディティ化させる「非効率な戦略」です。
自分にとっての「20%の差異」とは何でしょうか。 それは、あなたが日頃から「気づいたら考えてしまうこと」や、事業に対して感じている「微かな違和感」の中に隠されています。 その個人的な意志や偏愛を、プロトタイプという形にして20%だけ混ぜ込む。
その問いの先に、事業とクライアントが共に未来を創るための、独自の立ち位置を確立することができます。
文:村田俊英(Resilire)
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