
「みんなのためのデザイン」の実現をめざす基礎知識
SNSやインターネットの発達により、わたしたちが日常的に接する情報量は爆発的に増えました。便利なツールやサービスが普及することで、デザイナーであるかどうかを問わず、情報発信のデザインに携わる機会が増えています。その中で、情報が受け取れなくて困っている人、伝えたいことが伝わらなくて困っている人がいます。本稿では、そんな情報伝達にまつわるみんなの「困った!」を「こうしよう!」に変えるヒントをお伝えします。
まずは、「困った!」が生まれる原因や、みんなのためのデザインが求められる背景について解説します。目の前のデザインの向こう側には、さまざまな人がいます。具体的な例を参考にしながら、知ることから始めてみましょう。
困った!はなぜ生まれる?

ある人が案内図の前で困っています。何が原因でしょうか?
- 現在地が見つけにくい
- 男子トイレと女子トイレが見分けにくい
- 文字の色が見えにくい
- 見慣れない言葉で書いてある
あるいは、その人の視力に問題がある、案内図のある場所の照明が暗すぎるといった原因も考えられます。
このように「困った!」が生まれる背景には、受け手側の問題だけではなく、状況や環境による要因が合わさっています。
例えば、目の前に5mの高い壁があるとします。何の道具も使わずに壁を越えられる人はほとんどいないでしょう。では、高さ50cmの壁ならどうでしょうか。大人の膝上ぐらいの高さなら、自力で壁を越えられる人は増えます。
しかし、こどもやお年寄り、怪我をしている人、赤ちゃんを抱いている人、身体に不自由のある人は、50cmの高さでも壁を越えるのが難しいかもしれません。

この例で注目したい点は3つあります。
- 変化したのは人ではなく壁です。壁のデザイン次第で、できることとできないことは変化します。壁に通路があったり、スロープがついていたりすれば、より多くの人が壁の向こう側に行けるでしょう。
- 障害のある人だけでなく、状況や年齢によっても壁を越えられないことがあります。今は軽々と壁を越えられる人も、病気になったり酔っぱらったり、50年後にも同じように身体が動くとは限りません。一緒に行きたい人が越えられない壁があれば、諦めて別の場所を探す人もいるでしょう。
- どんなに壁の向こう側が素晴らしい場所でも、たどり着く手段がなければ存在しないに等しいといえます。
デザインは「困った!」の原因にも解決策にもなる可能性があります。ちょっとした差で、壁を高くすることも通路を作ることもできるのです。
このように、社会の側にある壁(社会的障壁)によって困りごとが生まれるという考え方を、障害の社会モデルといいます。社会モデルの考え方に立てば、壁が取り除かれることで恩恵を受けるのは障害のある人だけではありません。
知ることから始めよう
チラシ、パッケージ、オフィス文書、SNS、ウェブ……どんなデザインにも、それを受け取る人がいます。情報発信やデザインをするとき、誰かを意図的に排除しようと考える人はいないでしょう。できるだけ広く、多くの人に届けたいと考えているはずです。しかし、理想的な受け手や状況のみを想定していると、思わぬ壁を生み出してしまうことがあります。
かつての「作れば売れる」の時代では、「都会に住む健康な成人男性」や「両親とこども2人で持ち家に暮らす家庭」など、理想的な顧客像のみをイメージして製品を開発する傾向にありました。しかし現在の成熟市場では、より現実的な顧客像を描いてマーケティングやデザインを行う必要があります。
グローバル化や高齢化、オンライン化が進む今日では、理想的な利用者像に収まらない多様な人々が、デザインの受け手になっています。まずはそうした、さまざまな人や状況について知ることから始めましょう。彼らはどんなことに困っているのでしょうか。視野を広げ、困りごとに気づくことで、壁を取り除くためのヒントが見つかります。
誰かの困りごとは改善のヒント
誰かの困りごとの解決は、未来のわたしたちを含めたみんなに利益をもたらします。
人の抱える障害には、永続的なものと一時的なもの、状況によるものがあります。「マイクロソフトのペルソナ・スペクトラム」では、これらの障害を連続体(スペクトラム)として捉え、永続的な障害のある人のためにデザインすれば、怪我や病気など一時的な困難や、状況による困難を抱える人にも価値のあるものになることを示しています。

https://inclusive.microsoft.design/
また、年齢を重ねるにつれて、能力や心身の機能は変化します。「障害者」とそうでない人とは明確に切り分けられるものではなく、誰もが同じような困りごとを抱える、ペルソナ・スペクトラムの当事者といえるでしょう。
例えば、目が見えにくい人にとって見やすくデザインされた標識は、加齢により視力が低下している人、急いでいる人、メガネを忘れた人にも読みやすくなります。誰かの「困った!」には、目の前のデザインを改善し、より良くするためのヒントが詰まっています。
みんなのためのデザイン
多様性(ダイバーシティ)という言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。国籍、ジェンダー、年齢、文化、障害、宗教など、さまざまな属性をもつ人が存在することを示唆した言葉です。
2021年夏、東京オリンピック・パラリンピックが開催されました。これを機に、交通機関や公共施設、宿泊観光など、各分野で多様性に対応するデザインが進みました。

会場となった国立競技場では、車椅子用の観客席が500席設けられました。席に高低差をつけることで、車椅子の利用者と健常者が同じ目線で競技を楽しめるように設計されています。段差の少ない道は車椅子の利用者だけでなく、ベビーカーやキャリーケースを使う人の助けにもなりました。
高齢化が進む時代におけるデザイン
日本国内の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は、2060年には37.9%まで上昇し、2.6人に1人が65歳以上になると推計されています。

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/zenbun/06pdf_index.html
高齢化の急速な進展は日本だけの話ではありません。1950年時点では5.1%だった世界の総人口における高齢化率は、2060年には18.7%にまで上昇する見通しです。
このように、地球上のすべての国で高齢化が進展する見通しです。人は誰でも加齢によって心身が衰えていきます。その変化は人それぞれです。目が見えにくくなる人もいれば、耳が遠くなる人、記憶力が低下する人、四肢に不自由が生じる人、あるいはそれらの組み合わせなど多岐にわたります。
高齢化の時代には、加齢によって心身に不自由をかかえる人々が社会の中で大きな比重を占めることになります。障害の有無に関わらずに誰もが利用できるデザインは、これからの社会でますます需要が高まるでしょう。
バリアフリーとユニバーサルデザイン
障害者や高齢者を含めた「みんなのためのデザイン」としてよく知られるのが、バリアフリーやユニバーサルデザインでしょう。この二つの言葉は、日本ではあまり区別なく、しばしば混同されて使われています。しかし、その考え方は少し異なっています。
バリアフリーのほうが古くからある考え方で、1970年代に住宅建築用語として生まれました。障害者や高齢者が生活するうえでの障壁(バリア)を取り除く、あるいは専用の補助を加えて対応する考え方です。
これに対し、ユニバーサルデザインは障害者や高齢者だけでなく、すべての人を対象にしています。はじめから障壁を作らないように設計し、できるだけ多くの人が利用できるようにする考え方です。1980年代にアメリカの建築家であり、車椅子利用者でもあったロナルド・メイス博士らが提唱しました。
対象者 | 考え方 | |
---|---|---|
バリアフリー | 障害者、高齢者など | 対象者の社会参加を困難にしている現存の障壁を取り除く |
ユニバーサルデザイン | すべての人 | できるだけ多くの人が利用できるようあらかじめ設計する |
階段を例に考えてみましょう。
階段に車椅子昇降機を取り付けることでバリアフリーにできます。ただし、車椅子専用のため、ベビーカーを押している人は使えません。また、こうした専用の補助を利用することに負い目を感じる人や、「特別扱いの障害者」への視線に傷つく人もいます。

エレベーターやスロープなら、車椅子の人もベビーカーの人も利用できます。普段は階段を登る人も、重い荷物を運ぶときにラクに移動できます。さまざまな状況の人が同じものを使えて、利用者全体にとってメリットがあるのがユニバーサルデザインの特徴です。あらかじめさまざまな人が使えるように設計することで、利用できる人や状況を最大化できます。

ユニバーサルデザインの7原則
ユニバーサルデザインには、次の7つの原則があります。この原則は、より多くの人が利用できるデザインを目指すための指針となるものです。
出典:Universal Design Principles (日本語は著者による訳出)
- Equitable Use(誰もが公平に利用できる)
- Flexibility in Use(柔軟な使い方ができる)
- Simple and Intuitive Use(使い方が簡単で直感的である)
- Perceptible Information(必要な情報が知覚できる)
- Tolerance for Error(ミスに寛容である)
- Low Physical Effort(身体的な負担が少ない)
- Size and Space for Approach and Use(使いやすい大きさや空間を確保する)
https://www.udinstitute.org/principles
例えば、シャンプーの容器にある凸凹のきざみは、触るだけでリンスとの区別ができるようになっています(3. Simple and Intuitive Use, 4. Perceptible Information)。視覚に障害のある人だけでなく、目を閉じて髪を洗っているときや、ボトルに書いてある文字が読めない場合にも役立ちます。

そのほかにも、わたしたちの身の周りにはユニバーサルデザインの考え方を取り入れた製品がたくさんあります。





アクセシビリティとユーザビリティ
アクセシビリティとユーザビリティという、使いやすさの度合いを表す言葉があります。
次の図は、ある製品またはサービスが、さまざまな人にとってどれくらい使いやすいかを表したものです。それぞれの特定の状況における使いやすさをユーザビリティといいます。これに対し、アクセシビリティは使える度合いや人、状況の幅広さを指します。図の例では、ターゲット層のユーザビリティには優れているものの、障害者や高齢者、外国人にとっては「使える」レベルに達していません。

製品やサービスを使いやすくするためには、まず「使える」必要があり、そのためにはアクセシビリティを確保しなければなりません。ユーザビリティはアクセシビリティが確保された上に成り立ち、両者は重なる部分も多くあります。誰かが「使えない」という困った状況を解決することで、利用者全体にとっての使いやすさを高められます。
アクセシビリティを確保することで、あらゆる人や状況での使いやすさが高まることは、W3C(ウェブ技術の標準化団体World Wide Web Consortium)が公開しているビデオシリーズPerspectives Videosでも紹介されています。
例えば、「Clear Layout and Design」のビデオを見てみましょう。一貫性のない複雑なレイアウトは、認知障害や学習障害のある人を混乱させます。明確なルールに従った一貫性のあるレイアウトにすることで、そのウェブサイトを初めて利用する人や、コンピューターの操作に自信のない人、急いでいるときや気が散っているときにも情報が見つけやすくなります。

https://www.w3.org/WAI/perspective-videos/
オンラインで広がる可能性
The power of the Web is in its universality.
Access by everyone regardless of disability is an essential aspect.ウェブの力はその普遍性にある。
── Tim Berners-Lee
障害の有無に関わらず誰でもアクセスできることはウェブの本質的なあり方である。
ウェブに接続することで、それまでは場所や時間が限定されていた物事に、誰でも、いつでも、どこからでもアクセスできるようになります。
2020年からの新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は、わたしたちの生活に大きな変化をもたらしました。リモートワークやオンライン授業、ネットショッピングなど、生活のあらゆる場面でオンライン化が急速に進みました。
アクセスしている人は室内でパソコンに向かっているとは限りません。スマートフォンの普及や通信技術の発達によって、さまざまな環境から情報やサービスにアクセスできる可能性が広がりました。

インクルーシブデザイン
インクルーシブデザインとは製品やサービスの対象から排除(exclude)されていた人々と共に(include)課題解決に取り組むデザインアプローチです。イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートのロジャー・コールマン教授が提唱しました。
これまでターゲット層から排除されてきた障害者や高齢者を製品開発の初期段階から巻き込み、プロトタイプから共に作り上げていくのが特徴です。

カウネットの「取り出しやすい箱入り封筒」は、インクルーシブデザインの手法を取り入れて開発されました。手先に麻痺のある方や手に力を入れにくい方とワークショップを行い、次のような困りごとを発見しました。この困りごとを解決することで、使い始めから終わりまで使いやすい商品に改善されました。
- 箱の開け方がわかりにくい:箱の切り取る部分と残す部分を一目でわかるように色分けし、切り取る部分に開封手順を記載する
- 箱を開ける際に力が必要:つまみにくい細いジッパーではなく、手で掴めて力が入れやすいように、面で破れる形状にする
- 箱の底の方にある封筒が取り出しにくい:正面の一部を切り欠いて、最後の1 枚まで取り出しやすい形状にする
共に生きる社会を目指す法律
あらゆる人が共に生きられる社会を目指し、法律の整備も進んでいます。
2019年6月には読書バリアフリー法(正式名称「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」)が成立しました。障害の有無に関わらず、すべての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けるための法律です。大活字本や点字図書、布の絵本、録音図書、電子書籍など、さまざまな人が自分の利用しやすい形式で読書できることを目指しています。

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/mext_01304.html
2022年5月には障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法(正式名称「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」)が成立しました。この法律は、 障害に応じて情報を得る手段を選べるようにし、障害のない人と同じ内容の情報を時間差なく得て、円滑な意思疎通を図るためのものです。
2016年には障害者差別解消法(正式名称「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」)が施行されました。2024年4月には改正法が施行され、行政機関だけでなく事業者にも合理的配慮の提供が義務化されました。合理的配慮とは、障害のある人から社会の中にある障壁を取り除くための対応を求められたときに、事業者の負担が重くなりすぎない範囲で調整することです。合理的配慮の提供では、障害者と事業者による対話の上で最適な解決策を検討します。

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html
「障害者差別解消に関する事例データベース」では、障害の種別や場面から具体的な対応事例を検索できます。

https://jireidb.shougaisha-sabetukaishou.go.jp/
インクルーシブなペルソナ拡張
デザインの対象となる利用者を描いた仮想のユーザー像をペルソナといいます。ペルソナを設定することで利用シーンやニーズが具体的になり、デザインに関わるメンバー間でイメージを共有しやすくなります。本書の6人の登場人物はその一例です。しかし無意識のうちに、健常者ばかりをペルソナにしていることがあります。
インクルーシブなペルソナ拡張はペルソナに特性や状況(コンテキスト)を組み合わせて、アクセシビリティへの意識づけを促進するためのツールです。コンテキストには次の8種類があります。
- 視覚障害(全盲)
- 視覚障害(ロービジョン)
- 色覚特性(またはグレースケール印刷)
- 聴覚障害(または公共の場)
- 運動障害
- 加齢
- モバイル
- 認知/学習障害
それぞれのコンテキストに対して、ウェブサイトやアプリケーション利用時の障壁と解決方法がまとまっています。ペルソナと組み合わせることで、デザインの企画から制作、評価時にいつでも関係者の共通認識として参照できます。日本語版と英語版で、GoogleスライドとPDFが公開されています。

出典:土屋 一彦(Accessible & Usable)
https://github.com/caztcha/Inclusive-Persona-Extension/tree/master/ja
著者プロフィール
間嶋 沙知(まじま さち)
高知在住のフリーランスデザイナー。大学卒業後、桑沢デザイン研究所の夜間部に学ぶ。 東京、高知のデザイン事務所を経て、2016 年に独立。高知市を拠点に県内外の企業、店舗、個人のサービスや商品に関わる印刷物やウェブのデザインを手がける「個々の良さが発揮される風通しの良い世界」にデザインで貢献することを目指して活動中。こぶたのうたちゃんと暮らしている。
本記事は、『見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン』(2024年10月、マイナビ出版)より、第1章「みんなのデザイン」を再構成したものです。
具体的な例をとおして「困った!」を解決するデザインのコツを解説した本書は、問題を発見する力と改善する力を身につける助けとなります。情報伝達に関わるみんなの「困った!」を「こうしよう!」に変えるポイントをおさえられる一冊です。是非お手に取ってみてください。
見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザイン

- 定価(紙/電子):2,618円(税込)
- A5:224ページ
- ISBN:978-4-8399-8750-3
- 発売日:2024年09月24日
「困った!」を「こうしよう!」に変える、デザインの問題発見と解決のヒント31
本書は、情報伝達に関わるみんなの「困った!」を解決するために、デザインの力でできることを紹介する書籍です。
色、文字、ことば、図解、UI(ユーザーインターフェース)の5つの切り口で、アクセシビリティを確保したデザインを実現するためのコツを基礎知識と具体例を交えてわかりやすく解説します。
■本書の特報
ポイント1:ずっと使える基礎知識が身につく
色、文字、ことば、図解、UIの5つの切り口で、見やすく、読みやすく、わかりやすいデザインのための基礎知識をまとめました。好事例や関連情報を紹介するコラムも見どころです。
ポイント2:具体例の改善で理解が深まる
印刷物、案内表示、オフィス文書、ウェブなど具体例の改善をとおして「困った!」を解決するデザインのコツを解説しました。困りごとの原因と改善方法を知ることで、問題を発見する力と目の前のデザインに応用する力が身につきます。
ポイント3:6人の登場人物と一緒に学べる
登場人物の声をヒントに、身の回りのデザインの「困った!」を改善していく構成です。身近なシーンや人を思いうかべることで、デザインの捉え方が変わります。
改訂版では、最新の事例を加えながら全体的に内容を見直して刷新。法律や各種ガイドラインの変更や、アプリのアップデートなどにも対応しました。