データ分析でメニュー開発やプロモーションを正しい方向へ導く●特集「成長戦略 グロースハック」

(株)すかいらーく

 

スピーディな分析で儲かる施策を増やす

すかいらーくは2014年初頭、マーケティング本部内に分析専門のチーム「インサイト戦略グループ」を立ち上げた。ここでは、レジで入力されるPOSデータなどを元に、日々分析と施策の検証が行われている。同グループの瀬良豊さんに、設立経緯をうかがった。

「2012年に米ベインキャピタル社よる買収があり、経営の見える化の重要性が増しました。さらに会社の改革を進めるなかで、データドリブンな意思決定を推進し、2014年初頭に分析を専門とするインサイト戦略グループができました。分析機能は以前からありましたが、たとえばメニューを開発するチームではメニューを分析するというように、アナリストが各所に偏在している状況を、一つのチームに一元化しました。また、それまでのデータ分析インフラは比較的古いシステムでやっていたものを、クラウド型のデータベースやBIツール、統計解析ツールを導入することで、迅速にデータ解析や複雑な統計解析を行えるようになり、分析の動きが加速していきました」

 

分析に、クラウドデータウェアハウス(情報を分析し意思決定を行うためのデータベースなどのシステム)「Amazon Redshift」を導入することで、自社内でシステムを持つオンプレミスでシステム構築するよりも予算を抑えつつ、迅速な分析を実現している(左)。さらに「Tableau」というデータ分析ツールを用い、わかりやすい操作方法、UIでの分析を実現している(右)。これによりデータ解析の敷居を下げ、速いサイクルでの施策改善を実現している

 

以前はデータ取得の都合上、分析だけで1~2週間かかるものもあったが、現在は大半の分析が1日もかからず行えるようになった。

「分析・仮説構築・企画・実行のサイクルが短くなると、それだけ年間に多くの施策を試すことができます。分析のリードタイム(所要時間)が短縮されたことにより、数多くのA/Bテストを試せるようになりました。たとえばアナリストの分析打率が2割だったとしたら、年間に10回打席に立つとヒット2本ですが、100回立てば20本ですよね。PDCAサイクル(計画、実行、評価、改善)を高速化させるということは、儲かる施策を多く生み出せるようになるということなのです」

さらにいえば、登板数が増えればアナリストの経験値も上がり、打率自体も改善し得る。同チームのメンバーは15名ほど。どのようなスキルや経験を持つ人たちなのだろうか。

「社外から来た分析の専門家も少数いますが、大半が店舗勤務を経験した人間で、現在はアナリストとして活躍しています。いま巷では、ビッグデータ解析をする人材がデータサイエンティストと呼ばれ、ビジネス、IT、統計学の深い素養が必要だと言われています。しかし最近は、サービスやツールが進化してきたことで、ITと統計学については垣根が大きく下がっていて、むしろ現場のビジネス感覚を持っている人材に活躍の機会がある状況です。たとえば統計学でいうと高校レベルの数学知識+αがあれば、十分実務をこなせるようになっているのです。また私のチームでは、それぞれ得意分野が異なるメンバーが集まることで、チームとして補完関係を築けていると思っています」

 

(株)すかいらーく マーケティング本部 インサイト戦略グループ デピュティーディレクター 瀬良 豊さん

 

一番の媒体力を持つ「ガストアプリ」のロイヤリティを強化する

同社が持つレストランブランドの一つ「ガスト」が昨年リリースしたアプリは、メキメキとダウンロード数を伸ばしている。

 

2014年にリリースされた「ガストアプリ」。プッシュ通知とともにクーポンが送られてくる。プッシュ通知で表示される文言も、価格を押したもの、商品の美味しさを押したもの、限定感を押したものなどさまざまなパターンを試し、効果の高いものを採用している

 

「これまで折り込みチラシやタウン誌、メルマガなどが、消費者とコミュニケーションをする主要な媒体でした。しかし最近は消費者が接するメディアが多様化し、既存媒体だけでは消費者とのタッチポイントに限界を感じていました。そこでお得なクーポンを利用できるアプリをリリースしたところ、昨年10月に告知を始めてから一気にダウンロード数を伸ばし、現在は500万に達しています。クーポンの回収率という点では、リリースから半年以内に既存のどの媒体も抜き、いまや一番のユーザーベースを持った媒体に成長しています。ただし、既存媒体をリプレイス(置換)するものではなく、マス向けはテレビCM、ミドル層の女性に強いのは折り込みチラシと、媒体によって性質が違うので、アプローチしたい層によって使い分けています」

アプリのプッシュ配信の効果を最大化するためのPDCAサイクルは、概ね週次で回しているという。そのなかでも、より効果的なクーポンを探索した、こんな事例がある。

「お客様にいかにクーポンを使っていただくかと同時に、どうすれば利益を多く出せるかも重要な課題です。たとえば定価が599円のハンバーグAと定価が699円のハンバーグBそれぞれが399円になるクーポンを配布してみました。普通に考えると、値引率が小さい方が利益が多いかと思うのですが、ふたをあけてみると、値引率の高いハンバーグBのクーポンの方が回収数や単価という点で上回り、結果1,700万円多くの利益が出ることがわかりました」

 

定価が599円のハンバーグAと定価が699円のハンバーグBを、どちらも399円で購入できるクーポンを配信した。値引率の高いハンバーグBの方がお得感を強く感じたためか好評を得て、結果として利益が1,700万円多くなった

 

「PDCAサイクルは週次で回しているので、仮に52週間このレベルの改善が行えれば、それだけで数億円の利益インパクトになります。一つひとつの改善結果は小さいかもしれませんが、やり続けることで大きな違いになると考えています」

アプリに性別や年齢、居住地域などの情報を入力して会員登録することで、利用できるクーポンがさらに増える。これにより、顧客一人ひとりの嗜好によりマッチしたプローチをする「One to Oneマーケティング」も行われている。

「機械学習などの解析をすることで、どのお客様がどの商品に反応しやすいかを見つけ出すことが可能になります。それにより、お客様一人ひとりにあったクーポンを出し分ける試みを始めています。たとえばハンバーグ、サイドディッシュ、アルコールなど嗜好の違うクーポンを、全員一括で配信するのと、ターゲットにマッチした人に出し分けた場合では、クーポンの回収率を3倍近く改善することに成功しています」

 

4種類のクーポンを、アプリの利用者全員に同じ物を配信した場合と、分析の結果マッチする属性の人に出し分けて配信した場合の比較。どのクーポンも、出し分けした場合に回収率が増加した

 

本当に求められているメニューをひも解く

解析データは、クーポンだけでなく、店舗で提供されるメニュー開発にも活かされている。

「たとえば平日の昼に1名で来店して、日替わりランチを注文し短い滞在時間で帰られた男性のお客様がいたとします。そこから、さくっと安く食事を済ませたいサラリーマンの方と予想できます。平日の同じ時間帯でも、女性3名でランチとドリンクバーを頼んで2時間以上滞在されたお客様は、食後のおしゃべりも目的に含めて来店されたグループだろうということがわかってきます。そうやって顧客像をより明確にすることで、それぞれの顧客に訴求できるような、精度の高いメニュー開発が可能になります。こうした客層の分類も、統計解析の手法を駆使すれば、勘と経験に頼ることなく、定量的に行えます」

POSデータの解析だけなくユーザー調査も行い、その結果から、メニュー開発の方向性を軌道修正した例もある。

「新メニューを開発した際には、発売前に必ず消費者テストを行いますが、このような調査データも統計解析の対象としています。たとえば、中華レストランの『バーミヤン』を一例に挙げると、季節ごとに提供商品の入れ替えを行っているフェアメニューにおいて、お客様のニーズとして『本格中華が食べたい』という傾向があることが、従前からの調査でわかっていました。しかし、さらに詳細な分析を進めた結果、馴染みのあるメニューで本格感のあるものが求められているという示唆を得ることになりました。そうした方向性をメニュー開発の一要素として取り入れ、フェアメニューとして打ち出した結果、販売数がこれまでと比べて最大で2倍ほどに伸びました」

 

新メニューを企画した際には、発売前にユーザー調査を行う。その時に、食べたいか否かだけではなく、さまざまな質問項目を立て、それぞれの指標を調査している(アンケート内容はイメージ)。これにより、食べたいか否かという全体的な評価の要因として、どういう要素の過不足があるかを導きだしている。こうした手法でフェアメニューの方向性を修正して開催されたバーミヤンのチャーハンフェアは、好評を博した

 

すかいらーくは、ここ数年業績を伸ばし、2014年には再上場を果たしている。

「我々分析チームの役割は、いまのビジネスの状態を客観的に見て施策の方向性を導きだすことであり、直接利益を生みだす機能は持っていません。我々の機能と、実際の売上に大きな影響を与えるメニュー開発やプロモーション、現場で営業をする店舗運営をするスタッフが一丸となることで、いまの業績が達成できているのだと考えています」

 

すかいらーくグループ全体での2012年から2014年の売上と営業利益(EBITDA)。売上も徐々に増え、インサイト戦略グループ立ち上げ後の2014年は利益がさらに成長している
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