「パブリッシュ」

2020年東京オリンピックのエンブレム事件以来、近年のグラフィックデザインとそれを取り巻く環境への検証があちこちでおこなわれている。

ぼくはメディアデザインの旗を立てているにもかかわらず現実のメディアからは遠ざかっているので多くを知らないが、漏れ聞こえてくることだけでもみんな考えてるんだなあと思い入ってしまう。

 

その検証作業のうちのひとつ、デザイナーが主催する勉強会に参加してきた。大きなテーマは「絶滅危惧種、グラフィックデザインを考える」というもので、まずは、グラフィックデザインが絶滅するのかどうかを検証するところからはじめるというのが会の姿勢だ。

会は時間通りにスタートし、ひととおり自己紹介を終えると、主催デザイナーによるゲストのデザイナーへのインタビューがはじまった。ゲストデザイナーのデザイン手法を微に入り細に入り質問するのだが、それはそれで面白い。書体がどうのグリッドがどうの、インクの盛りが、印圧が、といったほとんどデザインオタクの世界である。こういう各論の一番底からデザイン全体を見通そうというのは新趣向だなあと他人事のように聞いていた。

そのうちお酒が回ってきた人が出てきて(ほとんどの人はたしなむ程度にも飲んでいなかったと思うが、お酒の飲める会だったのだ)、だんだん勉強会の体を成さなくなってきたのは残念だったが、まずは試みや良しというところだろう。

今回は、その勉強会から連想したことを書いてみたいと思う。

ゲストデザイナーは、コンスタントに私家版の写真集をつくるパブリッシャーでもあり、本づくりの話題がほとんどを占めた。かく言う私もepjpという出版プロジェクトを主宰する版元で、私の場合は電子出版からはじめて、オフスクリーンプロジェクトと称して紙の本も出すようになった。が、すぐに在庫の山を抱えることになって、今は本当に少部数のアートブックをつくるのみである。事情は電子の本もおおむね同じで、物理的な在庫がない分救われている。

ゲストデザイナー氏は制作部数の約半分をパリフォトで売ると言う。きっと商いに長けているのだろう、3~4日で半数を売り切るのは並大抵ではない。デザイナーがつくる出版物としてのマニアック度にも関心はあるが、そのビジネスの方に興味がわく。

 

先ほどパブリッシャーと書いたが、出版のことを英語でpublishingという。カタカナにすれば日本語として通用するポピュラーなことばだ。原型であるpublishは「public(人民、公衆、社会)+動詞化する接尾辞 ish」で、もとは「公(おおやけ)にする」という意味だ。転じて、法令を公布するときや出版することにも使われるようになった。

音楽の発売は「リリース」という。releaseは「放つ、開放する」。接頭語「re」は「再び」という意味がなじみ深いが、この場合は逆の意味を表わす「re」だろうか。たとえば「recede」は「re+cede(進む)」で「後退」を表わす。releaceは「re+lease(リース=賃貸借)」で貸すことを逆転させて使用権を渡すような意味となる。いずれにせよ、市場に開放する行為を指す。

Webサイトを公開するときに使われる「ローンチ(launch)」は、船の進水や飛行機の発進を意味する。ネットサーフィンという今では懐かしいことばもあるように、ワールド・ワイド・ウェブには海のイメージがあるのかもしれない。launchは「開店」のときにも使われるのでその転用かもしれないが、大海原に漕ぎ出すほうがイメージとしてはいい。

 

リリースとローンチは、市場になにものかを投入することでは同じである。しかし、パブリッシングは市場というより「公」という意味合いから社会(人びと)への関与をより強く感じる。そういう意味ではデザイン「(強調の接頭辞)de+sign(記号、掲示)」(指し示すこと)も同じ種類のことばなのだろう。

☆1 http://epublishing.jp/

☆2 http://www.parisphoto.com/

 

Text:永原康史
グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。現在「 あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10 年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。手の写真。?もうとしているのか、離したところなのか、それとも放ったあとなのか。
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