CMSに訪れる異次元の進化 UIも働き方もすべてが変わる

およそ1年半ぶりのCMS特集、今回のテーマは「高速化」です。制作、運用、表示、そしてPDCAと高速化すべき点はいろいろとありますが、特集序盤の本イントロページにおいては、近未来に向けた話を取りあげてみたいと思います。今回はヘッドレスCMSである「Kuroco」を開発する(株)ディバータの代表である加藤健太さんに、エンジニア目線で注目すべき動きはないかと、お話を伺いました。バックエンドの動向は必ずフロントエンドに、そしてWeb制作全体に影響を与えることになるからです。そこで出てきたのは、実に興味深い、「2つのキーワード」でした。

教えてくれたのは…

加藤健太さん株式会社ディバータ 代表取締役/早稲田大学在学中、一休.comの創業メンバーとして参画。卒業後はソフトバンクグループでカー用品販売サイトや転職アドバイザーマッチングサイトの立ち上げ・戦略・企画・システム設計・開発運営に携わる。2005年ディバータを設立。

「エッジ」と「AI」の進化 Web制作の仕事は再構築の時を迎える

もったいぶっても仕方ないので、加藤さんがエンジニアの目線で注目する2つのキーワードを先に公開します。それは「エッジ」と「AI」。それがCMSに、そしてWeb制作にどんな影響をもたらすのか、ぜひ注目しながら読んでみてください。この2つの技術、連携しながら大きな波を起こしつつあるんです。

─CMSの分野ではこの数年、Jamstackやヘッドレス、クラウドベースなど、新しい技術が次々に登場し、「WordPress一択」と言われた時代とは、様相がガラリと変わってきています。エンジニアの目線で、これからのCMS、そしてWeb制作に影響を与えそうな動きはありますか?

加藤 いま注目なのはCDNの動向ですね。ユーザーにもっとも近いところ、いわゆる「エッジコンピューティング」の領域で起きている変化です。

─CDNというと、JamstackやヘッドレスCMSで使われる高速化のためのサービスですよね。

加藤 そう、そのCDNが面白いことになっているんですよ。例えば大手CDNプロバイダのCloudflareや、CDNを活用してWeb開発者向けのプラットフォームを提供するVercelといった企業が、興味深い機能をどんどんリリースしているんです。こうした動きは、いずれフロントエンド側のWeb制作にも大きな影響を与えていくだろうと思います。

─AIはどうですか? 欧米を中心にAI機能を搭載するCMSなども登場してきています。

加藤 もう一つの注目技術はそのAIです。AI活用は、エンジニアの間ではすでに当たり前になっているので、フロントエンド側がそうなるのも時間の問題だろうなと思います。そして、エッジとAIが結びつくと、とんでもないことになる、そう思うんですよ。

─とんでもないこと! うーん、気になりますね。では今回はそのあたりのお話をじっくりと伺っていきたい思います。それでは加藤さん、今回もよろしくお願いします!

【1章/背景】スピードこそ命! ユーザーの本能的なニーズに応える技術とは?
CMSの高速化を支える「エッジサーバ」に注目集まる

加藤さんが挙げる注目技術の一つが「エッジ」コンピューティング。今回の特集テーマである、CMSの高速化に直結するテーマです。まずはそれがどんなものかの復習からはじめて、その興味深い変化について触れていきましょう。

この数年、「Jamstack」でWebサイトを構築するのが一つのトレンドになっています。サーバサイドでのリアルタイム処理を不要とするアーキテクチャであるJamstackは、高速で効率的なパフォーマンスを実現できる点や、Next.jsやGatsbyといったフレームワークを利用して、比較的容易に高機能なWebアプリケーションを構築できるといった点が人気の理由です。

そんなJamstackの高速、高効率な仕組みを支えているのがCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)です。CDNとは、WebサイトやWebアプリケーションのコンテンツ(画像や動画、スタイルシートなど)を、世界中に分散して配置されているサーバ(これを「エッジサーバ」と呼びます)にキャッシュして配信する仕組みのことを言います。

ユーザー視点でいうと、アクセスする場所と近いサーバにアクセスできるようになるため、もともとのサーバ(これをオリジンサーバと呼びます)やデータベースが地球の反対側に置かれていたとしても、高速な読み込みができるようになります。その仕組みは、本見開きに掲載している、CDNを表現した2枚の概念図を見ていただければおおよそイメージが湧くのではないかと思います。

ただし、メリットはそれだけではありません。CDNは元データが置かれたオリジンサーバに対する負荷の分散や、DDoS攻撃や悪意のあるトラフィックからの保護といった役割も果たしています。

とはいえその人気が高まった理由は、やはり「レスポンスの高速化」にあります。Googleはある頃から、「表示速度を検索順位をつける際の判断材料として優先する」と公言するようになりました。つまり、レスポンスの高速化は、ユーザーにとって嬉しいだけでなく、SEO的なメリットもあるということが明らかになったわけです。こうした背景のもと、CDNに対する注目度は日に日に高まり、需要が高まっているというわけです。

なお、近年話題のヘッドレスCMSは、Jamstack +CDNとの相性がいいこともあり、高速化のメリットを享受しやすい仕組みの一つ。人気が高いのも当然のことと言えるでしょう。ただし、最初に触れたとおり、CDNが扱えるのは、サーバサイドでのリアルタイム処理が不要な静的なWebサイトだけ…だったのですが、近年そこに大きな変化が起きつつあります。その変化については次ページで解説していきます。

ちなみに、CDNで利用されているサーバのことをユーザーと近い場所、すなわち“境界領域”に配置されたサーバであるということから「エッジサーバ」と呼びます。ここからはエッジサーバが話題の中心となっていきます。

SPEED_CDNが速い理由

CDNは世界中に分散した多数のサーバ(エッジサーバ)を持っており、それぞれにコンテンツのデータをキャッシュします。これらのサーバは地理的に近いユーザーにコンテンツを提供するため、どこからアクセスしても、高速なレスポンスを提供できます

What’s CDN?_コンテンツデリバリーネットワーク

CDNはあらかじめキャッシュしたコンテンツを提供するため、オリジンサーバの負荷を軽減します。そのためアクセスが集中し、高負荷になった時もスムーズに動作します

構造の変化_CDNの進化は何をもたらすか
エッジで動く「単機能サービス」の時代が来る

CDNは「コンテンツをキャッシュするもの」と説明されることが多いため、「キャッシュすることしかできないんじゃないか」と思っている人もいるかもしれません。しかし、これまでもCDNにはいろいろな機能が搭載されてきました。前項で触れたとおり、オリジンサーバに集中する負荷を分散したり、セキュリティ対策ができたりといった機能があるほか、CDNプロバイダによっては、配置されたファイルを軽量化したり、ファイル形式を最新のものに変換したり、さらには動画の解像度を変換してストリーミングするといった機能を提供していたりもします。

さらに、大手CDNプロバイダーであるCloudflareは、「Cloudflare Workers」と呼ばれるプラットフォームを提供しており(https://www.cloudflare.com/ja-jp/developer-platform/workers/)、それを利用すると、限定的ではありますがJavaScriptで書かれたコードをエッジサーバ上で実行することができ、例えば「外部APIからデータを取得してレスポンスとして返す」といったことできるようになります。つまり、制限こそあるものの、動的なコンテンツを含むWebサイトやWebアプリケーションを構築することができるようになるというわけです。

また、CDN上で動作するサーバレスプラットフォームを提供するVercelは、エッジサーバ上で動作する「Vercel Functions」というコードを用意しており(https://vercel.com/features/edge-functions)、こちらも限定的ではあるものの、ユーザーがリクエストした情報に基づいてコンテンツを生成したり、外部からAPIを通じて取り込んだデータを利用したりして、動的なコンテンツが提供できるようになっています。

こうした動きはつまり、エッジサーバの、そもそもはキャッシュを行う領域でCPUを動かしたり、メモリを使ったりして、小さなサーバとして動かせるようになってきたと言い換えることができます。小さいからやれることは限られていますが、小さなWebサイトであれば十分に動かせるし、Jamstackのようなアーキテクチャを利用すれば他の活用も考えられる。処理そのものをユーザーの近くでできるから速い、という「エッジ」のメリットを活かした使い方が今後いろいろと模索されていくんだと思うんです。

例えば、JamstackでSPA(シングルページアプリケーション)を構築するようなケースでは、フロントエンド側のレンダリング処理は主にブラウザ側で行われますが、Vercel Functionsを利用すると、結果的にそうした処理は「エッジサーバでやった方が速い」といったケースが出てきます。そのため最近はブラウザ側で行っていた処理をサーバ側に戻す…といってもオリジンサーバではなく、CDN上のエッジサーバでやることになるんですが…動きまで出てきています。

そして近い将来には、「この作業はユーザーのブラウザでやった方が速いのか、エッジサーバでやった方が効率がいいのか」といった判断を、処理ごとに行う、なんてことになるのではないかと思います。

と、ここまではエッジサーバでいま起きている変化について紹介しましたが、この延長線上で何が起きるかというと…当然ながらエッジサーバのスピードを活かした高速なWebサイトの構築というのが第一の活用法になると思います。その一方で、エッジサーバ上でコードが実行できることを利用した、高速で動く、単機能のサービスがいろいろと登場してくるだろうと思います。例えば、「ユーザーアカウント管理」だけを行うサービスや「カート機能」だけを提供するサービス、さらには「ユーザーレビュー」だけ、「決済だけ」…といった具合です。

となると、こうした「エッジで動く小さなサービス」を、あれこれと組み合わせながら利用する、マイクロサービスアーキテクチャ的な仕組みを採用した、CMSが登場してくるのではないでしょうか。エッジサーバを使うから速く、必要な機能だけを提供するから安い。「速い」と「安い」というWebの世界における“絶対正義”を兼ね備えた新時代のCMSは、おそらく、Webの世界を席巻することになるでしょう。

まとめ
●高速化を実現するCDNへの注目はより高まる
●新時代のCMSはCDNをさらに活用する
●エッジで動く単機能サービスが登場するかも

FUNCTION_エッジが備える機能

プロバイダにもよりますが、CDNの中には、データの変換機能を持っているところもあります。キャッシュを行う際に、データを効率の良い形式に変換するすることでさらにレスポンスを高速化します

EDGE RENDERING_高速なエッジサーバの活用

Jamstackでは高速化のために、ユーザー側のブラウザを活用したレンダリングを行いますが、CDNのエッジサーバを利用すると、それより高速にレンダリングを行える場合があるため、サーバサイドレンダリングに戻す動きも出ています。なお、近年はクラウド上のデータベースを利用した高速化も模索されています

ARCITECTURE_マイクロサービスアーキテクチャ

本文で紹介している「マイクロサービス」とは、機能やコンポーネントを小さなサービスに分割し、それらを個別に開発・運用するアーキテクチャのこと。単一の大規模なアプリケーションを動作させる「モノリシックサービス」アーキテクチャと対照的なもの言えます

次に来るのは“Quantum leap” 制作業務の劇的な進化に備えよ

次にやって来るのは「Quantum leap」、飛躍的な進化になるのではないかと加藤さんは考えています。速くて安いサービスは果たして実現するのでしょうか。

─CDNのような「エッジ領域」の動向が、今後のCMSやWeb制作の動向に影響を与えていくというのは実に興味深いお話ですね。

加藤 エッジサーバの強みはなんといってもレスポンスの速さ。多くの人が速いWebを求めていますからね。特にアメリカ~ヨーロッパ間は距離が離れているので、CDNの効果が大きく、普及が進む理由になっていると聞きます。

─そのCDNで使われているエッジサーバの活用が、サイト構築やCMSの進化につながるというのは興味深い話ですね。

加藤 フロントエンドの制作者やディレクター、デザイナーだと、CloudflareやVercelの動向に注目している方はまだあまり多くないのかもしれませんが、今後の制作のことを考えるなら、見逃せないと思いますよ。

─前項の最後でお話のあった、マイクロサービスアーキテクチャ的なCMSというのはなかなか斬新で興味深いものでした。WordPressのように、さまざまな機能を組み込んだ大きなCMSとはまったく逆の方向性ですよね。

加藤 現状では予測の話ではあるんですが、なんの根拠もなく言っているわけではないんです。いまの時代は、分散が一つのキーワード。これまで分散とは縁のなかったデータベースですら、クラウド上に分散した形で置かれるようになり、ユーザーに近い場所からアクセスできるようにしよう、という考え方が出てきた。しかも、それをエッジサーバでコントロールしたら速いよね、みたいな話も出てきている。いろいろなものを分散していこうという流れは、間違いないものだと思います。

─そうなると、フロントエンド側のWeb制作の仕事の仕方も変わってきそうですね。

加藤 先ほどは、エッジ上で動く単機能のサービスを扱うCMSが登場するという話をしましたが、そこでどのサービスを選ぶか、どう組み合わせるかについては、Web制作者の大切な仕事のひとつになるだろうと思います。「アッセンブル(選択・組み立て)」とか「インテグレート(統合)」みたいな発想が大事になる。

─そうなると広範囲な知識が必要になりそうですね。コードは書かないにせよ、バックエンドについての知識も求められそうです。

加藤 いや、そうでもないんですよ。そこにあるものの存在が影響してくるからです。それは…。

─それは何か。次の項でじっくりと説明をお願いします!

※「UXデザインの5段階モデル」「ギャレットの5段階モデル」などとも呼ばれる、Web制作におけるアイデアを具体化するためのフレームワークのこと。デザイナーのJesse James Garrettが『5段階モデルで考えるUXデザイン』(邦訳:マイナビ出版刊)で提唱したもの。

【2章/核心】劇的な進化をもたらす「もう一つのピース」
「エッジ」の技術と「AI」が結びつくとCMSはどう変わっていくのか

加藤さんの言う、2つ目のキーワードはAI。ChatGPTの人気が高まることで利用者が一気に増えているAI技術ですが、果たしてWeb制作の世界ではどんなふうに活用されるのでしょう。

ここまで来ている_実用、いや不可欠な時代がやってくる
AIが制作を「よしなに」やってくれる時代が…!?

前項で紹介した、マイクロサービス的なアーキテクチャを利用したWebサイトやWebアプリケーションの制作(CMS活用)においては、求められる機能を実現するためにどんなサービスを選択し、どう組み合わせるかという点が極めて重要になります。つまり、Web制作者の最も大事な仕事はアッセンブルやインテグレートになっていくと考えられます。

ただし、そうした選んだり、組み立てたり、統合したりといった作業は容易なものではありません。情報を適切に収集し、それぞれのパーツをつなぐAPIを用意し(または作成し)、さらには統合のための最適化を行うといった作業は、熟達したエンジニアにとっても簡単なことではないでしょう。

そこで役に立つのが、この1年ほどで急激に身近な存在となった「AI」です。AIの進化は凄まじく、ごく近い将来には、必要となる機能の選択やAPIの用意、統合のための調整といった仕事をすべて任せられるようになるのは間違いないと思います。きちんとしたお願いさえすれば、あとはAIが「よしなに」やってくれる。そんな時代が、おそらく、数年先にはやってくると思います。

そう話しても、まだAIをあまり使っていない人には「本当にそんなことができるようになるの?」と、懐疑的に聞こえるかもしれません。しかしプログラマーの仕事領域においては、AIはすでに「必需」と呼べるほどの存在になっています。例えば私の職場でも、もうAIなしの仕事など考えられない状況になっていますし、私自身、AIを活用するようになって、仕事の効率は軽く見積もっても1.5倍程度にまで向上していると感じています。いまの段階でこの効率化ですから驚きです。

では現状、AIでどこまでできるのかというと、自動でプログラムを書き上げることは難しいけれど、プログラマーが定義したルールやパターンに基づいてコードを生成したり、エラーが出た時にどこが間違っているか、どう直したらいいかを指摘してくれるレベルまでは来ています。もちろん、AIから返ってくる回答がすべて正しいわけではありませんから、時に遠回りをしてしまうこともあるのですが、総じて言えば、「物知りのエンジニアが隣にいてくれる」ような感じで仕事ができています。MicrosoftがAIのことを「コパイロット(副操縦士)」という名称で呼んでいますが、まさにその表現は適切だと感じます。

今のAIの進化のスピードやその進化の仕方を見ていると、使えるかどうかを見極めるフェーズはもう終わっていて、どんな仕事をAIにさせるといいのか、どうやったら最大限にその力を発揮させられるかを考えるタイミングが来ていると思います。もしもまだ使っていないなら、まずは企画書や資料の作成に使ってみるとか、文章の要約に利用してみるとか、自分なりの活用法を模索してみることが大切だと思います。

なお、先ほど紹介したCloudflareやVercelについても、すでに積極的にAIを使った機能をリリースしており、Cloudflareは画像や音声の分類、物体検出から音声認識、音声合成などシンプルなAIを格安でスケーラブルに高速に提供する機能を、VercelはOpenAIやMetaの提供しているAIを利用したWebサービスの構築を簡単にするSDKなどの提供を開始しています。今後こうした機能はWebサイトやWebアプリケーションの制作で当たり前のように利用されていくことになるのは間違いありません。こうした動きにスムーズに対応できるよう、準備を進めていくのがいいでしょう。

ChatGPT_エンジニアの世界ではすでに常識

広く使われるようになったご存じChatGPT。エンジニアがプログラミングをする際には欠かせないツールとなっていますが、今後さらに広い領域での活用が期待されます

SELECT_AIが「よしなに」してくれる世界

マイクロサービスアーキテクチャの運用が難しいのは、機能をどう選びどう組み合わせるかを決めるのが難しいこと、さらには機能同士をつなぐAPIの作成が難解な点にあります。しかし、近い将来、それらをAIがやってくれるようになれば状況は変わるでしょう

COPILOT_今でもAIでできること

ChatGPTだけでなく、Notionなどにも搭載されているAI。Microsoftもオフィスアプリケーションで利用できる、「Microsoft 365 Copilot」と呼ばれるAI機能をすでに一部実装しています。すでにAIは仕事に使える機能なのです

新しい常識_今とは「ここが変わる」・「ここは変わらない」
AI時代のWeb制作の働き方はこう変わっていく

ここまでAIの実用性についてお話をしてきました。ChatGPTなどをお使いの方ならおわかりかと思いますがAIを活用するには、独特の“癖”ともいうような、扱いの難しさがあるという点を理解しておく必要があります。それは要望を言葉でしか伝えることができず、言葉の使い方や選び方によって作業の質に大きな影響が出てしまう、という点です。

AIは伝えた内容に対して相応の返答をしてきます。忖度のようなものはありませんから、AIに正しく伝えられれば正しい回答が、間違った伝え方をしたら、間違った回答が返ってきます。ごく簡単な調べ物をするようなケースにおいてもその差は明らかになりますので、仕事となればなおさらです。これからの時代はAIをうまく使えるかどうか、つまり言葉をうまく使えるかどうかが、仕事の質を決める大きな要素になってくるというわけです。

例えばWeb制作の場合、「クライアントの希望を実現する」とか、「ユーザーの課題を解決する」といった、時に複雑で難解な要望に応える形で制作を行っていきます。そこには「イメージ」とか「感情」のような言葉にしにくいものも含まれることがあります。そうした情報をAIに的確に伝える言語力を身につけることができるか。この点はなかなか厄介です。

もう一つ厄介なことがあります。それはAIからの回答もまた「言葉」であるという点です。エンジニアの場合はそれがコードになり仕事に直結しますが、制作者の場合はAIの回答を解釈して具現化する必要がある。ここでも言語力が求められるのです。

さらにもう一つ、AIの癖として私が感じているのが、「間違えるのが苦手」という点です。AIに質問をすると基本的に、「セオリー」とか「ベストプラクティス」を返してきます。一方、人間はどうかというと、意図的に間違えてみたり、あえてベストの解を選択しなかったりすることがあって、これがクリエイティビティやオリジナリティにつながることがある。AIにこういう感覚で仕事をさせるのは、今後もちょっと難しいだろうと感じます。これらの癖をよく理解することが、AIと共に働くポイントになると思います。

では今後、Web制作者の仕事がどうなるのか、もう少し具体的に考えてみましょう。例えばエンジニアのケースでは、プログラムコードの制作については、かなりの部分をAIに委ねられるようになっていきますので、彼らの主たる仕事はコードを書くより前の段階に集約していくことになります。例えば、アルゴリズムやデータ構造の設計、そしてそれを正しくAIに伝達するといったあたりがそれにあたります。

AIにいかに仕事をさせるかを考えて、伝えることが主たる仕事になっていくという点については、フロントエンドの制作者やデザイナーも同様です。制作者のケースでは、UI/UXの設計やマーケティング戦略の構築、そうした戦略を実現するためのCMSの選択、そしてそれを言語化してAIに伝えてうまく機能させることになるでしょうし、デザイナーの場合はブランドイメージやメッセージの内容を咀嚼した上で、デザインシステムやデザインコンポーネントといったような、AIが活用しやすい形でさまざまなパーツをデザインすること、そしてその活用方法を上手にAIに伝えていく、といった点になっていくでしょう。

このように、AIが進化すればするほど、それを扱う人には、AIを活かせるか、一緒に働けるかといった要素が求められるようになっていくでしょう。そうした「激変」に個人として、会社として対応することができるか。今後はその点が問われていくことになると思います。

WORK STYLE_AI時代のワークスタイルを予想

AIと働く次代になると、Web制作業界の仕事の仕方も大きく変わることが予想されます。図は将来、予想される働き方を図にしたもの。要望を汲み取り、戦略化したのちに言語化、AIに伝えるところまでが重要な仕事になるでしょう

POINT
●エッジコンピューティングをより推進するAI
●エッジとAIがCMSのあり方を変えていく
●戦略やアルゴリズムの構築が大切な仕事に


加藤さんのディバータが開発する「Kuroco」とは?
API指向のクラウドネイティブCMS。フロントエンドとバックエンドを完全に分離して、あらかじめ高度な機能を搭載、バックエンドの開発コストを大幅に低減します。また、API連携を軸にさまざまなサービスや技術を利用して、WebサイトやWebアプリケーションのみならず、業務システムやイントラネットの構築も可能にします。

https://kuroco.app/

「UIの考え方もガラリと変わってしまう可能性がある」

AIの進展によって、仕事を広げる人とそうでない人。その違いはどのあたりにあるでしょう。加藤さんに、そのあたりの話も伺ってみました。

─AIというと、加藤さんが開発を進めているヘッドレスCMSのKurocoもAIの機能を積極的に取り入れていると聞きました。

加藤 OpenAIと連携して、KurocoのAPIを通してAIによる回答を生成する機能を搭載しています。この機能を利用すると、例えばサイト内のコンテンツの内容を学習してチャットボットが回答する仕組みを自動的につくれます。これまでなかなか自動化できなかったのに、AIを使ったら簡単にできちゃったんです。

─それは便利ですね。AIが実現する機能は本当に幅広い。将来、人間の仕事が奪われていくなんて言いますが、あながち的外れとは言えませんね。

加藤 面倒な作業についてはAIが代替していくでしょうね。でも、先ほども話したとおりAIを使いこなすには、「癖」と言えるような特性を理解する必要がありますし、人間にしかできないことはいろいろと残ると思います。先ほどAIは間違えることが苦手だ、と言いましたが、本質的な意味で「新しいアイデア」を生み出すことができないということも言えると思います。それはAIの回答は学習が前提になるからです。

─確かに、ChatGPTを使っていて、「私の知識の範囲は、2021年9月時点であり、○○についての最新の情報はありません…」みたいな回答を返してくることがありますよね。

加藤 さらに言うと、いくらAIが浸透しても、コンピュータに指示されることを嫌う人がいる限り、説明したり説得したりといった仕事の一部は人間が担当し続けることになると思います。ただし今後、人間同士の間で、“仕事の巻き取りあい”が起きるんじゃないか、とは思います。

─仕事の巻き取りあいってなんですか?

加藤 例えば、デザイナーがAIを活用することでエンジニアリング部分の仕事まで担当してしまうとか、その逆にデザインコンポーネントをどこかから仕入れてきたエンジニアがサイトの構築をやってしまう、とか。仕事の境界線を巡る攻防が繰り広げられるようになるということです。

─言い換えれば、AIをうまく使う能力があれば仕事の範囲を大きく広げることもできるということになりますね。ちなみにCMSの話に戻すと、今後のWebサイトやWebアプリケーションの活用も、AIの影響を受けそうですね。

加藤 そう思います。最後の章ではその話に触れていきましょう。

【3章/進化】次代のCMSはAIなしでは語れない!?
AIによるパーソナライゼーション究極のUIが生まれる!?

新しい形のターゲッティング施策として実施が進むパーソナライゼーション。しかし、その手間や管理を考えると、どこまでできるのか不安が残ります。しかしそこで活用されるのがAI。さらに「その先」の施策も見えてきます。

次代のWeb制作_エッジ+AIがもたらす近未来
誰ひとり取り残さないすべての人にその人だけのUIを

今後、AIがCMSに搭載されるようになったら、運用面も大きく変わってくるでしょう。例えばサイト更新にあたっては、記事やキャッチコピー、画像などのの自動生成や、文章の校正や要約、トーンの統一、といった作業をAIに委ねられるようになりますので、これまでにない効率化を図ることができるでしょうし、チャットボットの運用などについてもAIの力を活用できるでしょう。

その中でも特に注目を集めそうなのが、パーソナライゼーションに関する機能です。近年のWebマーケティングにおいては、WebサイトやWebアプリケーションのコンテンツを、個々のユーザーの閲覧や購買といった「行動履歴」にあわせてカスタマイズすることで、その人に最適化したコンテンツを、最適なタイミングで、しかも利用しているデバイスにあわせた形で提供しようという「パーソナライゼーション」の実践が視野に入ってきました。

しかし、パーソナライゼーションを行うためには、データの分析や予測、最適なコンテンツの制作と提供、そして相手の反応にあわせたインタラクションの提供など、やるべきことが膨大で大変に複雑です。これまでは、果たして本当にそんなことができるのかと思う人が多かったでしょう。

しかし、そうした作業こそAIが最も得意とするところです。コンテンツの制作から分析・分類、タグ付け、行動履歴の分析、最適なコンテンツの選択。それらを実践するためのアルゴリズムを構築したり、調整を行ったりといったところは人間の手が必要になるでしょうが、軌道に乗せることさえできれば、どんなにユーザー数が多くとも、高い精度のパーソナライゼーションを実践できるでしょう。

そして、このパーソナライゼーションをさらに進めていった先には、一人ひとりのユーザーにあわせたUIを提供するという、「パーソナルUI」の提供があるのではないかと思っています。

いまはデバイスによってUIをカスタムするレスポンシブデザインが一般的ですが、これをさらに進め、行動履歴や属性と照らし合わせた、その人に最適なUIをリアルタイムに生成して提供しようというわけです。

例えば視力の弱い方が見ている場合にはアクセシビリティの観点から見やすい色、見やすい書体を使ったUIを提供する。もしお子さんなら漢字をひらがなに変えたり、ルビを振ったり、言葉遣いもわかりやすいものに変える。さらに、ビジネスユーザーかパーソナルユーザーかとか、就活をしている、受験をしている、子育てをしている、車に乗っている、混雑した電車を利用している…さまざまなパラメータを適用してUIのパーソナライズを行っていく。

デジタル庁は、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/)の中で、「誰ひとり取り残されない、人に優しいデジタル化を」との方針を定めています。こうした「マルチパーソン」とも呼べる対応は、目指すべき未来と言えるのかもしれません。

こうした対応も、これまでの常識に照らし合わせれば「無理」と切り捨てざるを得ない話だったかもしれませんが、この数年のうちには、AIを活用することで十分に実現可能な領域に入ってくるでしょう。

さて、最後にまとめとなりますが、いま我々は想像を超えるような変化の曲がり角に立っているのだと思います。ここまで話してきたように、エッジサーバやAIには、これまで難しいとされてきた施策を実現するであろう力があります。これらを活用すること前提に、次の時代の制作を考えてみてはいかがでしょう。

RESPOPNSIVE_より精密で個別化されたレスポンシブ

現在はデバイスごとに最適化されたUIを提供するのが当たり前になっていますが、AIの時代にはパーソナライゼーション情報をもとに、一人ひとりに最適化されたUIを提供することになるでしょう

DYNAMIC UI_AIによる個別UIの生成

パーソナライゼーションはAIを活用することでより高い精度で実現されることになるでしょう。それがさらに進んでいくと、個人ごとに異なるUIが提供される未来も見えてきます

POINT
●AIの力でパーソナライゼーションが実現する
●コンテンツだけでなくUIもパーソナルなものに
●これまで無理だと思っていたことにも注目を

Text:小泉森弥 Illustration: 國廣 稔
Web Designing 2023年10月号(2023年8月18日発売)掲載記事を転載

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