旅行会社のCMS導入事例を徹底解説!クラブツーリズム×キノトロープ
CMS導入はゴールではなく手段
クラブツーリズム(株)は、KNT CT ホールディングスのグループ企業として事業展開を行う旅行の販売会社である。売上は半数以上がカタログを中心とした紙媒体からの購買が占め、Webからは4割程度だ。客層は60~70代がメインで紙からWebへのシフトが急激に進んでいるという。2019年に行ったWebサイトリニューアルについて、同社の村上さちえさんと市川智之さんに、制作、CMS導入などを担当した(株)キノトロープの生田昌弘さん、村井竜さんとともに話をうかがった。
「リニューアルを行うというタイミングで複数社とパートナーシップを組みたい、という思いがあり探していたところ、グループ企業等の導入実績があったキノトロープさんをご紹介をいただきました」と村上さんは出会いのきっかけを語る。
「クラブツーリズムさんは紙のカタログのサービスレベルが高い。それに比べ、Webのサービスレベルが追いついていなかった。CMSを導入したいというオーダーではなく、サービスレベルを上げたいというミッションに対して、CMSを使えばこんなことができると示すのが今回の提案でした。担当の市川さんがシステムやコンテンツのことも明るかったので、CMSの導入はあくまで手段であることも理解されていました」(生田氏)
制作実務スタート1年前から社内理解のための準備
WebサイトのリニューアルにあたりCMS導入決定までは長い道のりだったそう。
「CMSを導入する立場からすると、正直なところ導入しにくい例ではありました。なぜかというと、CMSを入れなくても“しっかりと業務がこなせている”という事実がある。例えば、スマートフォンの表示も成立しているんです。いまは成り立っている状況だから、かえって初期コストをお願いするのが困難になってしまいました」(生田さん)
CMS導入の話が出ては消え、と繰り返してきた経緯があると市川さんが続ける。
「これまでもCMSの導入を検討したことはありましたが、一元管理されてしまうが故にフレキシブルな運用ができない。テンプレート化する場合、現場からの要望にこたえきれないといったことがハードルになってしまい、どうしても一歩が踏み出せませんでした」
ではその状況において、どのようにして社内の理解を深めていったのだろうか。
「制作の1年前からWeb販売部門、旅行を企画している現場のスタッフ、キノトロープさんと一緒に現状のサイトが抱える課題について、定期ミーティングを月1回のペースで行いました。社内の現場スタッフを巻き込んで進めたことは、社内への共通理解を促すうえで大きな要因となりました」と市川さん。これに加えて、全社に対して生田さんの講演を実施したのも功を奏したという。
「セミナーという場を設けていただき、先生という立場で講演を行わせていただきました。大阪、名古屋でも登壇し、クラブツーリズムさん全社で共通認識を揃えることができたと思います。強引にプロジェクトを走らせるのではなく、1年かけてなじませていくような感じでしたね」(生田さん)
ページの量と質サイトの課題と命題
実際にWebサイトは、どのような課題を抱えていたのだろうか。調査するにつれ、膨大なコンテンツをどのように管理し、扱っていくのかについての大きな命題が浮き彫りになった。
「10年前に制作したサイトをそのまま運営し、増改築を繰り返してきた結果、数千というページを抱えることになり…。管理する側はいろいろと煩雑になってしまいました」(市川さん)
「お客様の層が幅広く、多様な商材を用意されていました。旅行商材がおよそ3万商品。結果としてコンテンツの量が多くなり管理しづらい状況が生まれていたのです。それが大きな課題の一つ。さらに、サイトはPC向けとスマートフォン向けの2つを制作していたページがあるうえに、レスポンシブ対応のページも混在していたため、管理面はもとより制作面も、さまざまなコストがかかった状態です。当初はWebサイトをどう改変していくのかについて、すぐに答えが出せる感じではありませんでした」と、村上さんもリニューアル前の状況について語る。
例えば、サイトには季節や場所、目的などにあわせた特集ページが常に設けられている。その特集ページは20ページ単位のものが1万セットほど。管理と運用の労力は想像に難くない。
「現在のコンテンツが過去の資産とバッティングしてしまい、それを支える運用担当者にとって過酷な状況でした」と生田さんも指摘する。
「PC向けとスマホ向けの両方を用意したページ、レスポンシブ対応したページ、どのページがどれに当てはまるのかなど、すべてのページを把握する必要があり、混迷をきわめていました」と、村井氏も当時の苦悩を語る。きちんと表示されているサイトではあったが、サイト制作、管理、運用コスト面の負担についての課題は思いのほか大きかったことがうかがえる。
デザイン、回遊率、コンバージョンCMS導入で改善したこと
CMSの導入決定までに時間をかけてきた分、その後の流れはスムーズだったと村上さん。
「情報を整理整頓してお客様に届けるという課題に対し、CMS導入が適切だという理解は社内に浸透していました」
膨大な量のコンテンツを整理できる一方で、デザインの自由度が下がってしまうのではという懸念があったと、村井さんは続ける。
「特集ページのデザインは紙のカタログからの脱却が難しく、そもそもテーマ性が強いです。また、ページごとにデザインも異なる。CMSを導入するということは、少なからずフォーマット化されることを意味するので、デザインの自由度をどの程度まで残せるのか。その意味でテンプレート化もリニューアルの肝となりました」
リニューアルを通して改変されたデザインについて、村上さんは大きなメリットを感じている。
「顧客層からするとシンプルな方が購買に繋がりやすくなります。ターゲット層の年齢を考えると、情報はなるべく少なく、必要な情報に絞って届けた方がいいことが改めてわかりました」
リニューアル前はデザインにこだわるページも多く、少なからず表示速度に影響が出ていた。それがCMS導入にあわせたデザインの改変とインフラの整備により改善されたという。その他の改善点で特筆すべきは、回遊率とコンバージョンについてだ。
「個別乱立していた情報が集約されたので、導線がわかりやすくなり、サイトの回遊率が上がりました」(市川さん)
「コンバージョンは数値で言えば0.01%上昇しています。この数字を見ると誤差の範囲と思われるかもしれませんが、扱っている予約件数の全体量を考えると、これだけあがるのは本当に大きいことなんです」(村上さん)
CMS構築に欠かせない他社との円滑なコミュニケーション
どのようなプロジェクトであっても、CMSの導入や改変のプロセスで重要になるのがデータ移行、あるいはデータの再構築だ。それにともなうCMSの操作方法の教育もあげられる。データ移行は条件が整えば機械的にこなせる作業ではあるものの、今回は人力でコツコツとデータベースをつくり直す作業が発生した。クラブツーリズムは運用を他社パートナーと行なっていたため、キノトロープの役割としてはパートナー会社に向けて、的確な教育を行う必要があった。
「コンテンツの移行面では、データを作り直す必要があり、他社さんに詳細を伝えるためのレクチャーも何度か行いました。自由度の高いCMSなので、ある程度のフォーマットはあります。しかし、自由度が高いということは入力も簡単ではないことを意味します」(村井さん)
CMS導入時はシステムが関係してくる都合上、他社との連携が必要になるケースはよくある。このプロジェクトもキノトロープを含めて4社が連携して進んでいった。
「当社の場合、システムは他社にお願いしていて、そのやりとりや細かな調整もキノトロープさんにお任せしました。端的に言ってやりやすかったの一言に尽きます。これまでにも複数社での連携はありました。ただ、制作は詳しくてもシステムには疎いベンダーさんだと、なかなかうまく回らないこともあり、その点、キノトロープさんは心強かったです」(市川氏)
「“つなぎ”とか“連携”の部分は制作とシステムの両面から考えないといけません。CMSを構築すれば終わりではなく、必ずシステムとの連携が付随します。これまでにも多くのCMS構築を行なっているので、前もってタスクが想定しやすいこともありました。加えて、村井が窓口を担当させていただいていること、それ自体も重要なポイントです。村井はコードも書けるエンジニアでもあり、システムを理解しているからこそ、会話に齟齬がなく、円滑なコミュニケーションを行うことができました」(生田さん)
「他社さんは、CMSを使うことでサイトに何がどう表示されるのか全く見えない状態でデータベースをつくらなければならなかったんです。言葉だけでは伝わらないことが多くあるので、視覚的に把握してもらうために図解したり、ドキュメントの資料作成をして理解してもらうことが多くありました」(村井さん)
壮大なマーケティングプロジェクトそのための基盤づくり
課題の洗い出しに1年、制作に約4カ月、その後のテスト期間と駆け抜けてきたプロジェクトではあるが、現時点ではまだ「第1ステップ」を通過したところだという。下図に示した通り、マーケティング施策を見据えた壮大なプロジェクトのはじまりに過ぎない。
「次の目標は、より的確なマーケティング施策を実現すること。主には、パーソナライズ化です。CMSを構築したことでコンテンツの出し分けもしやすくなるので、現在は実現のための基盤づくりといった段階です」(市川さん)
「例えば、初めてサイトに訪れたユーザーがバスツアーを閲覧すると、トップページに戻った際に、先ほど閲覧したバスツアーが表示されるようになる。今はまだ一部のみですが、次のステップでは、閲覧者それぞれにパーソナライズされたレイアウトが実現します。やれることと、夢は広がっていく一方です(笑)」(生田さん)
同じくまだゴール地点ではないと語る村上さんは、最後にこう付け加えた。
「プロジェクトの成功にチーム力は欠かせません。今回は複数社で成し遂げたものです。みんなよくがんばっている姿が見られるので、徐々にいいチームに仕上がってきているなと思っています」
藤本恵理
※Web Designing 2020年4月号(2020年2月18日発売)掲載記事を転載