人の動きを左右する「情報コスト」と「行動ブレーキ」
情報があふれる現代。これからの社会は、ますます欲しい情報に辿りつくのに労力を要する(情報コストがかかる)ようになる。だからこそ、人の行動にブレーキをかけるメカニズムを知って、行動を促すヒントをつかみたい。
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
この先、ますます上昇する「情報コスト」
前回、デジタルとリアルの行動をコネクトするものという観点で、「ウェアラブルデバイス」について触れた。例えば、腕時計型のデバイスは装着中の心拍数、睡眠状態など膨大なバイタルデータ(=人体から取得できるデータ)を計測・記録する。装着率が上がれば、過去に存在していなかった種類のデータが大量に生成、発信されることになる。データの形式が文字から写真、そして動画へとシフトすることで社会に流通する情報(データ)量は飛躍的に増えているが、そこにこうしたバイタルデータなどが加わることで、さらに情報ビッグバンが加速されることになる(01)。
問題は「生身の人間が処理できる情報量には限界がある」ということだ(02、03)。人間の脳はおよそ5万年前までに完成し、その後ほとんど進化していないといわれる。つまり、私たちの脳は旧石器時代の情報量に最適化されているのだ。このギャップの拡大がもたらす問題は何だろうか。それは流通する膨大な情報の中で、自分に必要な情報を探索するためのコスト=「情報コスト」(時間や労力も含まれる)がどんどん上昇している、ということだ。
一方で、何でもネットで(しかもだいたい無料で)済むから情報コストは下がっている、という考え方もある。情報機器や通信にかかるコストが低下しているので、情報供給量が増えれば増えるほど単位情報あたりのコストは下がるという理屈なのだが、そこには情報供給量が増えた分、検索時間と検索量が増え、当然、それにかかるエネルギーも増加しているという生活者側のコスト(時間や労力も含まれる)は勘案されていない。
デジタルにもリアルにも「行動ブレーキ」がかかる理由
クリックは一つの行動だから、そこにも多少のコスト(エネルギー消費)が発生する。「情報コストが上がる」ということは、一回のクリック行動で得られるリターン(情報の質と量)が変わらないなら、その価値が目減りしていることを意味する。そうなると、人はやみくもにクリックすることをためらうようになるだろう。つまり、人は「情報を適当にスルーする」方向へとシフトしていくということだ。
「情報コストが上がると、行動が停滞する」のは、ネット内だけのことではない。より多くのエネルギーを消費するリアルの行動にもあてはまる。一口にコストといっても、じつはいろいろなコストが存在するのだ(04)。そして人は、リターンよりもコストに過剰に反応する傾向がある。リターンがよほど大きくない限り、人は損失リスクを恐れて、容易に行動に踏み出さない。私たちはこれを「行動ブレーキ」と呼んでいる。
ある自動車会社が「若者にもっとドライブを楽しんでほしい」という趣旨のキャンペーンを展開していたことがあるが、その背後には若者の運転に関するリスク感の拡大があった。「事故が怖い」と言って車に乗らない若者が増えているからだ。別にドライブしなくても十分に楽しい人生(リターン)が手に入ると思っているから、無理してリスクをとる必要を感じていないとも考えられる。ネット内に低コストの楽しみが増えたことで、リアル行動が以前よりハイコストに感じられる背景もあるだろう。
つまり、デジタルであれリアルであれ、人を動かしたいなら、その人が持っているコスト意識(リスクのことも)を理解する必要があるのだ。
※Web Designing 2015年10月号(2015年9月18日発売発売)掲載記事を転載