行動の反復がエンゲージメントを形成する
一度だけ行動を喚起できても、その先につながらなくては意味がない。逆に行動を反復継続させることでエンゲージメント強化が期待できる。
illustration:石川マサル(mi e ru)
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
悲しいから泣くのか泣くから悲しいのか
意識と身体活動はどちらが先行するのだろうか? 19世紀の心理学者、ウイリアム・ジェームズとカール・ランゲの二人が提唱した「人は悲しいから泣くのではなく、泣くという行動から悲しいという意識を自覚するのだ」という仮説は、昔から論争の的になってきた。
最近の認知心理学の知見によれば、人間には「身体的認知」という機能があり、意識が後づけで形成される場合があるという。例えば、大きな重い印鑑を押すことで、人は非常に重要な決定をしたと感じる、といったケースだ(01)。
逆にいえば、行動が弱ると意識も低下する、ということだ。例えばカーケア。筆者の青春時代は愛車にカーワックスを塗って布で拭き取る「愛車行動」で休日の半分を費やしていたものだ。しかし「身体的認知論」に従えば、「愛していたから磨いていたのではなく、顔が映り込むまで車を磨く自分に“自分は車を愛している”と感じていた」となる。もしかしたら長期間メンテナンスフリーといった、高性能のボディ・コーティング剤が登場して、こまめに車をなでる機会が減ったことが、最近の“クルマ離れ”の一因になっている可能性がある。
「体と心はつながっている」事実は、エンゲージメント戦略を考える上でヒントになる。ブランドへの強い絆を形成するためには、「愛着」意識を育むコミュニケーションへの投資以上に、身体的なアクションを継続的に誘発する仕組みに投資する方が効果的ではないだろうか。もちろん、デジタル上の行動(サイト来訪、いいね、シェアなど)でも絆は形成されるだろうが、支払った身体的エネルギーコストの大きさでは、リアルの物理的なアクションに勝るものはない。
ブランディングのテーマは「関係価値」構築へ
最近のマーケティング界では「ダブル・ファネル」が注目されている(02)。今までは認知獲得からコンバージョン(購買やサンプル請求、カタログ請求など何らかの行動変化)までの左側のファネル(獲得系)が事業成長の基本的なモデルだったが、成熟市場で新規数の拡大による売上伸長が望めないときに、「限られた顧客から得られる顧客生涯価値(LTV)を最大化するためのモデル」である右側のファネル(CRMプロセス)が重視されるようになってきた。
獲得系のマーケティングとCRM系のマーケティングは従来まったく別々に運用されていたが、これらを統合的にマネジメントしようというのがダブル・ファネルの考え方だ。しかし、このプロセスを進行させていく力学をきちんと実装しておかないと、ダブル・ファネルは「画に描いた餅」で終わる危険がある。
その力学として「物理的なエネルギー投資を伴うリアルな行動」を段階的に仕掛けていくことが有効だ。最初は行動量は小さくても、経験値が拡大すればさらに大きな行動を喚起できる可能性が増える。例えば、テレビ観戦で応援していた選手を、次は実際に競技場に行って応援する、さらにファンクラブに入る、会場整備のボランティアに登録する、というように行動の拡大に比例してエンゲージメントが拡大する。
楽天大学の仲山進也学長が著書で紹介するオンライン園芸店「レモン部」活動は、エンゲージメント拡大戦略の好事例だ(03)。園芸業を「苗木を売ったら終わり」と考えるか、「苗木を育てる楽しさを支える仕事」と考えるか。どちらの思考がダブル・ファネルに重要かどうかは、言うまでもない。
03の出典:『あのお店はなぜ消耗戦を抜け出せたのか ネット時代の老舗に学ぶ「戦わないマーケティング』」(著:仲山進也 宣伝会議刊)
※Web Designing 2017年3月号掲載記事を転載