
【デザイナー3年目の教科書】覚悟を持ち、考え得る最高の提案を。谷井麻美さん(tote inc.)に聞いた 「“らしさ”を引き出す力」を伸ばすコツ
新たな役割や課題に直面し、デザイナーとして次のステップを意識し始める“3年目”。第一線で活躍するデザイナーたちは、3年目に必要なスキルや視点をどのように身につけ、乗り越えてきたのでしょうか。音楽系の案件を多数手がけ、アーティスト・作品らしさを表現してきたtote inc.の谷井麻美さんに、「“らしさ”を引き出す力」を育てるポイントを聞きました。
答えてくれた人

谷井 麻美さん(tote inc.)
デザイナー/ディレクター。2015年にtote inc.を設立。音楽業界でのアーティスト特設サイト、オフィシャルサイトなどの制作実績多数。2022年Awwwards にてSIRUP 5th Anniversary Special Siteが「Site of the Year」、tote inc. が「Studio of the Year」にノミネートされる。
「できること」「好きなこと」から、自分の「強み」を育てる
私の場合は、ずば抜けた得意分野があったわけではありません。しかし、できることが偏っているタイプだったため、限られた能力を最大限に活かせる分野を見つける必要性を、幼少期から強く感じていました。
たとえば就職活動の際には自己分析を行いますが、生まれてから成人するまでの間に培われた経験や環境は、自分の適性や得意分野の礎となります。たとえ自発的でなかったとしても、「できること」「できないこと」「得意なこと」「不得意なこと」が自然と形成されています。
絶対的に見て得意分野というレベルに達していなくても、「好きなこと」や「やっていて楽しいこと」、「自分の適性に合っていること」を相対的に自分の中で得意分野として設定し、それを押し上げていくことが大切です。その積み重ねによって、自分に配られたカードで生きていく強い覚悟が生まれると思っています。
「エンタメ系のデザインが得意」。経験から見つけた自分らしさとは?
私は視力が1.5と比較的高く、これがデザイン設計、特に配色に対して大きな影響を与えていると考えています。
かつてコーポレートサイトを多く手掛ける会社に在籍していた際、配色は青やオレンジなどの低彩度が主流でした。とある案件では、クライアントの分析をもとに赤をメインカラーに選んだところ「コーポレートサイトに赤は不適切」と、上司からNGが出たことがありました。
また別の案件でも、優しい雰囲気を出すために繊細なグラデーションを取り入れ、コントラストを抑えたデザインを提案したところ、「すべて同じ色に見える」と指摘されたことがあります。
その原因が「個々の視力による認知や許容の差」だと気づくのには時間がかかったのですが、これが非常に大きな学びとなりました。これにより、コントラストの強い大胆な配色からコントラストの低い繊細な配色まで、多様な感情表現として必要とされるエンタメ系デザインが、私に向いているのではないかと考えるようになったのです。
大切なのは「覚悟を持ち、考え得る最高の提案をすること」
まず「無限にある『らしさ』の表現の中から、自分は完璧にひとつの正解の的を射ることができる」というロマンチックな幻想を捨てることが大切だと、少し調子に乗っている3年目の自分に伝えたいです。
クライアントやサービス、アーティストや作品、サイトを届けるお客さまやファンの皆さんのことを可能な限り調査し、掘り下げたうえで、自分なりの表現手法を設計し、考え得るその時点での最高の回答を、覚悟を持ってご提案させていただく。そのうえで、結果はコントロールできないということを十分に理解し、誠実に向き合うことが大切だと思っています。
相手の「らしさ」を引き出しつつも、自分らしいデザインを確立するには?
クライアントやアーティスト案件の場合、デザイナーの「自分らしさ」を求められるかどうかは、相手のご要望次第です。それとは別に、自分を介して出来上がった作品はどれでも、どうコントロールしたとしても、当然ながら自分の個性や「らしさ」、ひいては自分自身のデザインスタイルや価値観を内包しているという事実があります。
どんなサイトでも自分の目一杯でつくり続け、ポートフォリオサイトやSNSで発信し、クライアントやアーティストサイドにそれを見て選択してもらえる環境を築いておくことが大切だと思っています。
谷井麻美さんが3年目の自分へメッセージを送るなら…
私のデザイナー3年目は、コーダー兼務を諦めると同時に、企画とデザインに専念する覚悟が決まった時期。専門学校や美大出身者との差に愕然として抱いていた劣等感に諦めがついたのも、ちょうどそのころです。
3年目の自分には「大学で漠然とデザイナーに憧れ、たどり着いたWebデザイナー。自信のなさから一度はスタイリストの夢も浮かぶけれど、続けさえすれば天職だと気づくときがくるから、失敗をしながらも思い切り頑張って!」と伝えたいです。
Text:掛谷泉、横塚瑞貴、室井美優(Playce)
※本記事は『Web Designing 2025年2月号』の掲載記事を一部引用・再編集しています。