田渕将吾と巡るあの街の本屋 #02 東京・学芸大学駅の古書店「BOOK AND SONS」でファッション誌から学ぶデザイン術。

この連載では、アートディレクター・インタラクションデザイナーの田渕将吾さんが、デザインの世界における新たなインスピレーションを求め、さまざまな書店を訪れながら、そこで見つけた本から広がる多彩な話題についてお話します。田渕さんがデザイナーとしてこれまでの経験を通じて得た洞察や、書店内で得た新しい視点を皆さんと共有。ぜひ、日々の創作活動に役立てていただければと思います。

第2回は、学芸大学駅から数分歩いた住宅街にひっそりと門を構える「BOOK AND SONS」です。

目次

住宅街の静かな裏路地で出会う本

今日は学芸大学前駅にある「BOOK AND SONS」にやってきました。この書店は、グラフィック、タイポグラフィ、インテリアなどのデザイン書籍はもちろん、フォトグラファーやアーティストの作品集も豊富に取り揃えています。1階の奥や2階のスペースでは、「Lula BOOKS」から発売された「Non」の写真展など、魅力的なエキシビジョンを定期的に開催しています。

他のセレクト系書店と違う点はいくつかありますが、ファッションブランドやデザイナーのファッション雑誌やカルチャー誌を多く選書していることも特徴的です。ファッションは、僕にとってアートや建築に比べて身近で手に収まるサイズの美術品に思えるんですよね。ビジュアルの新しい発見ができる場所としてとても親しみやすい存在なんです。

僕にとってのファッション誌

自宅の本棚は、デザイン関係の書籍や雑誌が並んでいます。その中に、ファッション関係の書籍も比較的多くあるのですが、それらの書籍は単なる趣味として集めたものではありません。むしろ、デザインの仕事に役立てるために集めたものばかりです。僕にとってファッション誌を読むのはデザインのインスピレーションを得るための手段であり、いままでの仕事のいろんな場面で助けになった重要な情報源なんです。

ファッション誌がデザインのインスピレーション源として特に優れていると感じる理由はいくつかあります。その誌面レイアウトや装飾、扱われる服装、さらにはターゲットとする読者層のライフスタイルによって、各誌ごとに独特の「毛色」があるんですよね。この毛色は、大衆的に認識される共通項として存在していて、ある種のビジュアルの「文法」を形成しています。例えば、若者向けのストリートファッション誌と、高級ブランドを取り扱うラグジュアリーファッション誌とでは、誌面のデザインから伝わってくる印象が大きく異なりますよね。

「BOOK AND SONS」では、タイポグラフィを中心に、アート、グラフィックデザイン関連本や写真集を取り扱う

ビジュアルが与える印象の力

現代のデザインでは「言語化」がとても重視されています。表現するべきものの構造を整理し、表現における理由を明確にすることで、ブランドの強固な基盤を築くことが求められています。特に、クライアントとのコミュニケーションにおいては、こうした前提の情報をしっかりとデザイン(設計)し、合意形成を図ることが重要です。

しかし、実際に人々が触れるモノやコトは、まず見たり触ったりと実際に体験して知覚しますよね。特にそれに初めて触れるような場面では、視覚的なインパクトがブランドの印象を決定づけることが多々あります。

この点で、ファッション誌は視覚的メッセージを学ぶ上で非常に優れたツールだと思っています。各誌ごとに異なる「毛色」は、誌面のレイアウトや扱われる内容、そして読者層のライフスタイルによって決まり、それらが大衆的な共通項として広く認識されています。

さらに、こうした雑誌のビジュアルは、瞬時に読者に強い印象を与える力を持っています。色彩、レイアウト、写真の配置など、視覚的な要素が緻密に計算されていて、その結果、ブランドのイメージやスタイルが一目で理解できるようになっています。デザインの仕事においても、こうした視覚的な要素の取り扱い方は非常に参考になるんですよね。

クライアントワークにおけるファッション誌の活用

あるクライアントのお仕事で、知的でエレガントな企業像を目指したいという要望がありました。その際に参考にしたのが、ファッション誌『エスクァイア』(※)でした。この雑誌は、知的で洗練されたイメージを持ち、そのデザインとコンテンツが一貫して高い品質を保っています。特に、誌面のレイアウトやフォントの選び方、写真の構図など、すべてが知的でエレガントな印象を与えるように設計されています。ファッション誌のデザインは、ターゲットとする読者層に特化したビジュアル表現がなされているため、クライアントのブランドイメージにマッチする参考資料として非常に役立ちます。

一方、ラグジュアリーなブランド像を目指しているクライアントのお仕事では、雑誌『東京カレンダー』(※)を参考にしました。この雑誌は、都市部でのラグジュアリーなライフスタイルをテーマにしており、誌面のデザインやビジュアルがそのテーマを的確に伝えています。誌面全体が、ラグジュアリーな空間やモノを強調するように計算されたレイアウトになっており、ターゲットとする層にしっかりとアピールしているんですよ。

ファッション誌は、単に美しいビジュアルを提供するだけではなく、見出しや本文の態度、余白の間、それらすべてによって読者に対して強い共感や憧れを呼び起こすための仕掛けが施されています。それが、視覚的な体験において、なぜファッション誌がクライアントワークにおいて重要な役割を果たすのかという理由です。机上の議論だけではなく、実際にファッション誌を眺めながら、その誌面から感じとれるイメージを元にして、チームメンバーやクライアントとデザインの方向性を共有するとスムースに意思の疎通が図れる場合もあるんですよ。

『Lula JAPAN』『EXIT』から得られるインスピレーション

「BOOK AND SONS」に並ぶ書籍には、デザインやアートディレクションのヒントがたくさん詰まっていると思います。

例えば『Lula JAPAN』は、イギリス発『Lula magazine』の日本版で、毎号日本古来の1色をテーマに掲げ、その色の持つ意味を多角的に捉えたファッションストーリーが展開されています。色というコンセプトでビジュアル化された誌面は、デザイナーとしてもちろん参考になりますが、一貫性のあるテーマ性と展開のバリエーションの多様さという観点では、アートディレクターとしても大変刺激的です。色はテーマとして汎用性が高いので、比較的よく用いられる切り口ですから。

一方、イギリスの季刊特集誌『EXIT』では、写真家の目線を借りて写真に込められたストーリーに思いを馳せることができます。写真から社会や情景への新しい見方を学ぶことができたりもします。ところで、フォトグラファーの目はとても多面的だと思いませんか。見たままを直接的に場面を美しく切り取る審美眼ももちろんですが、視覚に写るものをメタファーとして比喩的に他の意味を表現することもあります。写真表現の多様さには、ストーリーテリングにおけるヒントをたくさん感じ取ることができるんですよね。

「BOOK AND SONS」では『Lula JAPAN』の各号を取り扱っている
現代写真と視覚芸術に関するエッセイやインタビューなどを多数の写真と共に紹介する『EXIT』

老舗メゾン「MARNI」の考える“生きる”とは

今回の探訪で、特に気になったのはアントワープ発の『エーマガジン(A Magazine Curated By)』です。この書籍は、毎号異なるファッションデザイナーやあらゆるジャンルのクリエイターをゲストキュレーターとして招いて、それぞれが見ている世界観を一冊に編集したコンセプトマガジンです。

例えば、僕は第23号を所持しているんですが、その号ではイタリアの老舗メゾン「MARNI」のデザイナー・フランチェスコ・リッソがキュレーターを務めています。スクラップブックのような独自の世界観を表現しているのが特徴的で、現代において“生きる”とは何を意味するのか、哲学的なテーマをビジュアル的な表現で探求しています。誌面をみていくと、決められたフォーマットというものが存在していないのも驚かされます。ページをめくるごとに、クラフト性の高いデザインに触れることができるんですよ。

あらゆるゲストが雑誌を創作するため、毎号オリジナリティが強い『A Magazine Curated By』

今日の一冊『A MAGAZINE CURATED BY SACAI』

最後に手に取った書籍は、sacaiの創設者兼デザイナー・阿部千登勢さんをゲストキュレーターとして迎えたエーマガジンの第25号。

家族や友人、アーティスティック・コラボレーター、ファッションブランドなど、作者と親しいさまざまな面々に寄稿を呼びかけ、200ページに渡り文化的かつ創造的なコンテンツを展開しているそうです。常にクリエイティブの前線で創作をし続けているデザイナーの見る景色や、彼女をとりまく環境、コラボレーションするクリエイターの声など、とても気になるコンテンツがたくさんありそうです。

今日の一冊は、第25号『A MAGAZINE CURATED BY SACAI』にしたいと思います。

この日の散策では、ファッション誌から得るインスピレーションが、アートディレクションやデザインへ与えてくれる影響についてお話してみました。vol.3もお楽しみに。

※ 本文で紹介しているエピソードは、10〜15年前に出版された雑誌を基にしています。紙面のデザインは日々変化しており、現在の現物とは異なる印象を受ける場合があることをご了承ください

Photo:なかむらしんたろう

今回訪れた「BOOKS AND SONS」について

住所:〒152-0004東京都目黒区鷹番2丁目13−3キャトル 鷹番 

03-6451-0845 / shop@bookandsons.com

URL:https://bookandsons.com/

Alice Ishiguro Tosey による写真展「Camouflaged Cars」を開催中。本展では1F、2Fのスペースを使用して約26点を展示。日常の中の平凡なことに魅力を見出し、美的調和と美を愛する社会の物語をぜひ会場にてご覧ください。

概要:Alice Ishiguro Tosey「Camouflaged Cars」
2024 年8 月22 日(木)ー9 月10 日(火)12:00-19:00 水曜定休 / 入場無料

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