《特別鼎談:谷拓樹(Figma Japan) × 河西紀明(DMM.com)× 三瓶亮(Spectrum Tokyo)》「デザインシステム」という言葉が広まった背景と、構築過程の“リアル”な事情

近年、一つのトレンドワードとなっている「デザインシステム」。その構築と運用のリアルな話から、デザインシステムの普及で変わるデザインの未来について、「Spectrum Tokyo」主宰の三瓶亮さんをモデレーターに、デザインシステムの最前線で活躍する、Figma Japan株式会社の谷拓樹さんと合同会社DMM.comの河西紀明さんをゲストにお迎えした特別鼎談をお届けします(前後編の前編)。

「Spectrum Tokyo」とは?
「Spectrum Tokyo」は、デザインの多様性をテーマに、デジタルなものづくりにおけるデザインの捉え方を拡張し、複雑化する課題をクリエイティブに解決する人を増やすことを目的としたコミュニティ。ウェブマガジンを母体に、リアルイベントなども積極的に開催中。https://spctrm.design/jp/ 

目次

デザイン的なアセットの集まりを
「デザインシステム」たらしめる要素

三瓶 亮(以下、三瓶)  ここ数年、「デザインシステム」がホットなトピックになっていますが、まずその背景について所感を教えてください。

谷 拓樹(以下、谷)  きっかけとしては、2017年頃に「Atlassian Design System」や「Lightning Design System(Salesforce)」等の大型デザインシステムが、メディア等で取り上げられ、注目を集めたことが大きいと思います。ただ、それ以前から、Web制作の世界では、作業の効率化を図る上で「パターン化」を試みることは普遍的にあり、もともとの素地はあったと言えます。

Figma Japan株式会社 デザイナーアドボケートの谷拓樹さん。国内有名企業の大規模デザインシステム構築プロジェクトに多数参画。現在はFigmaのベストプラクティスの指南やコンテンツ作成のほか、他企業のデザインシステム構築支援・アドバイスも行う。

河西 紀明(以下、河西)  デジタルプロダクトの拡張性とも関係がありそうです。マルチデバイス対応や、多岐にわたる媒体・コンテンツと、対応するものが増えてきたため、エンジニアリングを無視したデザインは、現在では成り立たなくなってきています。

谷  確かに、その流れの中で、「見た目と構造を分離する」という考え方は一つの潮流になっていて、そこに「デザインシステム」というビッグワードがはまり、期待含みで普及した感はあります。

三瓶  言葉の定義について、旧来、カラーパレットやコンポーネント集と呼んでいたものを「デザインシステム」と呼べるか否か、という議論もありますが、その点どう思います?

谷  僕個人としては、組織の中でそれらのアセットが組み合わさって機能して、組織の文脈でそれを「デザインシステム」と呼んでいるのなら、それは構わないと考えています。

河西  そのアセットの集成を、「リソースとして信頼がおける」と組織全体が認識していることは重要ですよね。仰々しくつくっても、デザイナーしか使っていないなら、それは単純なカラーパレットと大差ないことになる。

谷  逆に、「デザイン」や「システム」という言葉にとらわれすぎると、デザイナーやエンジニアだけのものになって、本当に巻き込みたいステークホルダーと距離ができることもあります。そのため、厳密な定義よりも、組織においてどう認識され機能しているのか、実態が重要です。

合同会社DMM.com VPoE室 エクスペリエンスデザイナーの河西紀明さん。DMM.com内のデザインシステムの構築支援や社内導入の推進を行う。社内の60以上の事業を横断する立ち位置で、デザイナーを支援し、サービスと組織を成長させる役割を担う。

重要なのは「規模感」の合致
突っ走る前に目的を把握しよう

三瓶  デザインシステムの構築・導入を考える上で、重要なことはなんでしょうか?

河西  規模感や関係人口がどこまで及ぶかを考えることは大事だと思います。極論、関係者が2人しかいないなら、隣り合って作業すればいいだけですし。そこで、「Atlassian Design System」等の巨大なデザインシステムを真似しようとすると、規模感が違いすぎて、本来つくるべきものを見失って、つくること自体が目的化されてしまう失敗パターンは、よく見聞きします。

谷  あれもこれもつくろうとして“too much”になることは多いですね。現場の課題に即して整理していくと、カラーパレットやスタイルガイドの作成で十分、ということはよくあります。

三瓶  ビジネスやチームの成長フェーズも関係しますよね。スモールスタートならスピード重視で必要なツールキットをつくるほうが良いでしょうし、逆に組織が肥大化したフェーズでは、企業のフィロソフィー面からのアプローチが必要な場面もあるでしょうし。

河西  「デザインシステム」というビッグワードにとらわれて、独自のすごいものをつくろうと、気持ちが先走ってしまう部分はあるのだと思います。しかし、自分たちの規模にあった既存事例等を見た上で、自分たちに必要なものを必要だと思ってつくらないと、人員や時間をかけたのに、既成の「Material UI」などをベースに利用すればよかった…なんて、不幸な事故も起こり得る。

谷  デザインシステムは、一朝一夕でできるものではないからこそ、そこに投資するコストがどう見合うかも、最初に考える必要がありますね。

河西  組織の規模やフェーズ、現場の課題感で必要なツールセットは変わります。デザインシステムと言っても、ブランドガイドライン等、最初からすべてをつくろうと意気込む必要はありません。現場で顕在化している課題に対して、例えば、コンポーネントライブラリや、あるいはリソースキットとしてのガイドラインを「必要に応じて足していく」という認識で構わないと思います。

ビジネスオーナーの関心をどう握る?
デザインシステムとコストの問題

三瓶  今、コストの話が出ましたが、実際問題、デザインシステム構築に取り組むとなると、何年くらいかかるものなんですか?

Spectrum Tokyoプロデューサーの三瓶亮さん。「Spectrum Tokyo」主宰。さまざまなコンテンツ発信・イベントを通して、デザインの多様性と楽しさを領域横断的に考え、デザインに関心のある人々の輪を広げる活動に精力的に取り組む

河西  DMM.comでは、プラットフォーム事業部のフロントエンド開発チームが主体となって「Turtle」というデザインシステムを構築しました。これは、商品購入や会員登録等の、当社ビジネスの核であり、顧客の信頼に直結する最低限の部分のみを抽出して構築したものですが、それでも下準備を含めて6年以上はかかりました。

谷  僕の関わったプロジェクトでも、まず経営理念や企業のバリュー等、哲学的な部分の言語化と共有に、最低でも半年から1年。そこから、カラーパレットに始まり、さまざまなアセットをつくるプロセスに、早くても2~3年はかかる印象です。その後さらに、運用を定着させるフェーズもあるわけで…。

河西  長い道のりになるので、コストを理由に中途半端なところで頓挫して、誰にも使われないままふりだしに戻る、という事態は避けたい。そのため、ビジネスオーナーと、目的意識や
スコープを共有することは大事ですね。その上で、コストをかけてやるかという判断は必要です。

三瓶  やはりコスト面で、ビジネスオーナーから難色を示されるということはあると思うのですが、どのように目線を揃えるのですか?

河西  僕は、「デザインシステムをつくる」ではなく、「組織課題に対して必要な仕組みをつくりましょう」と言い換えることが多いです。課題を可視化して、必要なデザインシステムに求められるアセットの構成を具体的に詰めていく感じです。

谷  逆に、現場の課題意識に比して、ビジネスオーナーの温度感が低い場合は、ビジネスオーナーが共感してくれそうな部分からミニマムに始めることもあります。例えば、営業のプレゼン資料用のテンプレートをつくるとか。わかりやすい入口から、ブランドの一貫性や統一されたユーザー体験の重要性を理解してもらい、徐々に大局的な部分に踏み込んでいく、と。

河西  重要なのは、デザインシステムという「共通言語」の成立により、何が起こるのかを明示することです。デザインにエンジニアやマーケターがどう関わりやすくなり、プロダクト品質や生産性の向上、あるいは学習コストの削減にどう資するのか。どの課題に対するシステムをつくるのかについて、投資する意義がビジネスオーナーに見えている「透明性」が必要なのだと思います。

(後編へ続く)

Text:原明日香(アルテバレーノ) Photo:山田秀隆

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