
《Config 2026》誰でもデザインできる時代に、プロは何をするべきか──メルカリのデザインシステムに見る、Figmaと人間の役割分担

2026年6月、Figmaの年次カンファレンス「Config 2026」が開催されました。発表内容の全体像は、すでにWeb Designingの速報記事でも伝えている通りです。本記事では、Config 2026で開催されたMercari(メルカリ)のセッションを掘り下げます。
登壇したのは、株式会社メルカリ執行役員 VP of Engineering Marketplace Coreの成田元輝氏(以下、成田)と、同社のPrincipal DesignerのAbdullah Alkhatib氏(以下、アキ)です。
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目次
なぜ今、デザインシステムなのか
生成AIの登場によって、デザイナーでもエンジニアでもない人が、思いつきをプロトタイプに変えられるようになりました。メルカリではこれを「誰もがプロダクトビルダーになれる」状態と捉えています。
ただし、作ることへのハードルが下がったからといって、何を作ってもいいわけではありません。誰が作っても「メルカリらしい」ものになるための土台こそがデザインシステムだ、とアキ氏は位置づけます。デザインシステムとは、色や余白、ボタンやフォームといった部品(コンポーネント)とその使い方のルールを一元管理し、複数の人やチームが同じ品質・同じブランドの見た目でプロダクトを作れるようにする仕組みです。作ることを民主化する一方で、その出力先には確固たるレールを敷く。この両輪がそろって初めて、AIによる生成速度の向上は、ブランドの一貫性を崩さずに済みます。
アキ氏がとりわけ強調していたのは、AIの登場によって、これまでデザイナーの頭の中にだけあった暗黙のルールを、あらためて言葉にする必要が生まれたという点でした。誰にとっても当たり前だったはずの判断基準が、実はまだ誰も言葉にしていなかったことに、AIと向き合って気づかされたといいます。

Code Connectという転換点
「Code Connectはとても画期的だった」と成田氏は振り返ります。Code Connectとは、Figma上のデザインコンポーネントと、実際のコードベースのコンポーネントを紐づけるFigmaの機能で、2024年4月に登場しました。それまでメルカリでもプロトタイピングツールを試していたものの、生成されるコードに一貫性がなく、実装フェーズとの間には断絶があったといいます。
Code Connectを導入したことで、Figma上の各コンポーネントに実際のコード実装を紐づけられます。AIがデザインを読み取る際に、見栄えがそれらしく似ているコードではなく、既存の設計に沿った実装コードを生成できるようになりました。
それまで、MCP経由でFigmaデザインをエンジニアに渡していたときには、実装のやり直しが多く発生していたといいます。Code Connectを介して生成するようになり、その手戻りがほぼ解消されて微調整で済むようになったとアキ氏は説明します。
また、メルカリではiOS、Android、Webの3つのプラットフォームで製品を開発しているため、従来はデザイナーが3パターンのレイアウトを個別に用意する必要があったとのこと。ひとつのコンポーネントに複数のコードソースを接続できるようにしたことで、デザイナーは1画面だけ作ればよく、AIが3プラットフォーム分のコードをそれぞれ正しく生成できる体制になりました。

AIにはルールを、人間には自由を
AIにデザインシステムを読ませる際の設計思想として語られたのは、人間とAIとで求める自由度がまったく違う、という点です。人間のデザイナーに対しては、パーツレベルの部品を渡し、それをどう組み合わせるかは各自の裁量に委ねます。それは、人の創造性の余地を残すためだといいます。
一方で、AIに同じ自由度を与えると、メルカリらしくない斬新なコンポーネントを勝手に生み出してしまいます。そのため、AI向けには「フォームはこう組む」「ログイン画面はこの構成」といった、より具体的なレイアウトの型が必要でした。
色やトークンの上書きについても、人間のデザイナーには裁量として許容していましたが、AIに同じ裁量を与えると収拾がつかなくなってしまいます。AIに対しては、変更可能な範囲をコンポーネントのプロパティとしてあらかじめ規定する設計に改めました。人間の間では暗黙の了解で通用していたルールを、AIのためにすべて明文化する。地味な作業ですが、これこそがAIネイティブ化には必要なのかもしれません。
ルールを書く主体がAIに変わる
ドキュメントの形式も試行錯誤の連続だったとアキ氏は語ります。もともとデザインシステムの仕様はFigma上にまとめられていて、デザイナーにとっては使いやすい形でした。ただしAIにとっては読み取りづらいため、Figmaの内容を読み込んで整理し直すスキルを作り、Notionのデータベースに移す方法を試しました。しかしNotionではアニメーションのような表現ができないなどの限界がありました。
最終的にメルカリのデザインチームが行き着いたのは、Storybookのようなドキュメントページを自動生成する仕組みです。Storybookとは、UIコンポーネントを単体で表示・検証できるオープンソースのツールで、Figmaのプラグインとしても使われています。
メルカリのチームは、AIにコンポーネントそのものを解析させ、他社のデザインシステムの事例まで学習させた上で、こうした形式のドキュメントを自動で書かせる仕組みを作りました。ルールを書かせる前に、他社のデザインシステムがそのコンポーネントをどう扱っているかをAI自身に調べさせ、専門家としての視点を獲得させた上で、「やっていいこと・いけないこと」まで含めたルールを書かせるという手順です。
ドキュメントを書く作業そのものをAIに担わせ、人間はそれをレビューするだけになりました。ドキュメントを作る主体そのものが、人間からAIへと置き換わったことになります。
「作る」ことが誰にでも可能になった結果、次に浮上したボトルネックは何かという問いに、アキ氏は「判断」だと答えました。何が「メルカリらしい」のかは、長年プロダクトに関わってきたデザイナーにとってすら、言葉にするのが難しいことです。ボタンは画面の上に置くのか下に置くのか、サイズはどう決まるのか。こうした暗黙知を、AIや非デザイナーでも理解できるルールの集合へと翻訳する作業こそが最大の課題だといいます。

デザイナーだけの話ではない
従来のプロダクト開発は、デザイナーがデザインを構想し、それをエンジニアに引き渡すという一方向の流れでした。思い描いていたアニメーションをエンジニアにうまく伝えられず、デザイナーの意図とずれた実装になってしまうことも珍しくなかったといいます。
今は、デザイナー自身がAIを使って動きのイメージをそのまま形にできるため、どこからでも始められる「ループ」構造の開発に変わったとアキ氏は語ります。役割そのものがなくなるのではなく、互いの領域が重なり合う形で再編されているようです。
また、デザインシステムへの貢献の仕方も変わったといいます。以前は新しいコンポーネントが欲しければデザインシステムチームに依頼し、そこで一から作ってもらう体制でした。今では現場のメンバーが自らコンポーネントを作り、デザインシステムチームはその品質を確認するレビュアーの役割にシフトしています。
デザインシステムチームがわずか7〜8名という体制で社内数百人規模の利用者を抱えている以上、この「オープン・コントリビューション」型への転換は必然だったとアキ氏は振り返ります。

役割の重なりを支えるため、社内ではデザイナーとエンジニアが互いの基礎知識を教え合うセッションも実施されました。とはいえ、こうした越境がすぐに高い成果につながるわけではありません。エンジニアが試作したデザインファイルの完成度は、成田氏いわく「まだ40点、50点程度」で、双方向のトレーニングはまだ始まったばかりだといいます。
成田氏は「コード生成の観点では、AIコーディングツールを単純に使う場合と比べて生産性が2倍になった」と成果を語る一方、各プラットフォーム(iOS・Android・Web)ごとの専門知識は依然として重要だと述べています。誰もが作れるようになった先で質を担保するのは、専門性を持った人間の判断だという点は、デザインとエンジニアリングの双方に共通する結論です。
Figmaというツールは、ここで単なる作図ソフトではなく、人間の判断とAIの生成をつなぐ橋として機能しています。コンポーネントにコードを紐づけ、暗黙知をルールとして書き出す仕組みを整える。二人が語っていたのは、技術そのものよりも「AIに何を委ね、何を委ねないか」という判断の設計でした。
「天井を上げる」のは私たちの役割
今回の「Config 2026」のキーノートで、FigmaのCEOであるディラン・フィールド氏は「AI has lowered the floor, it has not raised the ceiling」と語っています。AIは床を下げたけれど、天井を上げたわけではない、という意味です。参入障壁(床)を下げて、誰もが一定水準のプロダクトを作れるようになった。しかし、その先にある最高水準(天井)は、AIが勝手に押し上げてくれるわけではありません。
ディラン氏の言葉は、こう続きます。
「Designers, creatives, builders: You will raise the ceiling.(デザイナー、クリエイター、ビルダーであるあなたたちが、天井を上げるのだ。)」
素晴らしいプロダクトは、これからも私たちプロフェッショナルが作っていく。そんなメッセージが、今回のメルカリのセッションにも重なって見えました。
文:藤井亮一