新規事業を伸ばす鍵はどこにあるのか──グッドパッチの事例に学ぶ、デザインの0→1

新規事業の成否を分けるのは、アイデアそのものではなく「誰に、どんな体験を届けるか」という設計にあります。近年、構想段階からデザイナーが関わる企業が増えているのも、そのためです。本記事では、グッドパッチが伴走した新規事業の事例を通して、デザインが0→1の立ち上げや事業成長にどのように寄与したのかを、グッドパッチReDesignerチームの書籍『デザイナー採用の教科書』(宣伝会議)より内容を抜粋して紹介します。
ビジネスが拡大している事業やサービスの裏側にはデザイナーがいる
近年、テック業界ではAI研究者に数十億円規模の報酬が提示される「人材争奪戦」が話題になっています。こうした争奪戦がAI研究者にとどまらず、実はデザイナーでも起きている、と言ったら驚かれるでしょうか。AppleのUIデザイナーとも言えるHuman Interface Designerには年収4000~6000万円規模のオファーが提示され、Metaではプロダクトデザイナーがエンジニアと肩を並べるほどの報酬を得ています。さらに米国のスタートアップでも、デザイナーに3000~5000万円とストックオプションを組み合わせる条件で採用する事例も登場しています。
テック業界を中心にグローバル企業が「優秀なデザイナーをいかに確保できるか」を問う時代に突入しています。そしてこの潮流は、日本においても無縁ではありません。
日本のデザイナーは戦後、自動車や家電といった工業デザインの領域で製品の機能性や美しさを高めることに尽力し、日本の経済成長に大いに貢献してきました。しかし、スマートフォンが普及して以降、デジタルサービスやアプリが生活インフラとなり、スマートフォン保有率が9割を超え、現在その活躍の領域は、デジタル領域に広がっています。特に2010年以降は、スマートフォンアプリやSaaS型のビジネスモデルなどのサービスを立ち上げようとするスタートアップを中心に、デジタルプロダクトやサービスの開発現場で、UI/UXを担うデザイナーの採用が急速に増えていきました。
その動きがスタートアップから大企業へと広まった転換点の一つが、金融業界でのデザイナーの採用開始です。代表的な例では、三井住友銀行が2016年からDXや顧客体験向上を支援するデザイン組織「SMBC DESIGN」を立ち上げ、UI/UXデザイナーの本格的な採用を開始しました。伝統的かつ保守的と言われていた金融の領域で、デザイン機能の内製化の推進だけでなく、個人向けデジタル総合金融サービス「Olive」のリリースなど、デジタルを接点とした新しい金融サービスにおける顧客体験の提供を推進してきました。
また、デザイン組織を伝統的に抱えていた企業でも、デザイナーの役割は変化しています。パナソニックグループでは、2019年に「デザイン本部」を設置、2021年にはデザイナー出身の初の執行役員として臼井重雄氏が就任。グループ横断のデザイン機能を強化しました。デザイナーの視点を経営計画にも取り込み、従来の延長線にとどまらない商品の開発や経営戦略の立案につなげています。その一例として、先行開発フェーズから顧客体験設計に至るまで幅広くデザイナーが関わった「ラムダッシュ パームイン」(手のひらサイズのシェーバー)は2023年9月に発売され、7カ月間で20万台を売り上げるヒット商品となっています。
こうした企業に共通しているのは、デザイナーのミッションがいわゆる「表層」の部分にとどまっていないこと。観察力を生かしたユーザー中心のプロダクト開発、課題の発見力を生かした新規事業の立ち上げ、ビジョン構築力を生かした未来構想や組織デザインなど、ビジネスの成果に直結する役割と責任を担う存在になっているのです。企業の競争力の源泉となりえる施策の実現に欠かせない資質を持っている、というのがデザイナーに対する「期待値」として一般的なものになりつつあります。
行政もデザイナー採用に乗り出している
また、行政機関もデザイナーの採用に乗り出しています。新型コロナウイルスをきっかけとしたデジタルシフトへの要請を背景に、2021年にデジタル庁が新設されました。同庁内には、行政サービスのプロダクト開発やアクセシビリティ確保に関わるデザイン専門職員がおり、「サービスデザインユニット」に所属し、デジタル庁組織のそれぞれのプロジェクトに参画し、各種行政サービスの開発とデザインを担っています。日本の省庁初のインハウス型デザイン組織として立ち上がり、民間企業でアプリやWebサービスなどに携わってきたトップクラスのデザイン人材が、利用者(ユーザー)視点に立って活動しています。
また象徴的な人事として、2022年にデジタル庁の要職、デジタル監に大手企業のインハウスデザイナーやデザインコンサルティング経験を持つ浅沼尚氏が就任しました(2025年11月以降はデジタル庁参与)。浅沼氏は就任時の記者会見で「生活者視点のサービスを作り、それを届けるチームを作ること」が自身の使命であると宣言しています。
多くのデザイナーは「本質的な課題解決をしたい」という思いを持っています。とりわけ、日本のデジタル社会の実現という公共性の高いテーマであれば、デザイナーにとってはより大きなやりがいを感じられます。デジタル庁での業務はその代表例であり、民間からトップクラスのデザイン人材が集まってくるのはそのためでしょう。実際、デジタル庁はデザイナーのキャリアにおける新たな選択肢として、注目を集めています。
他の行政機関でも、デザイナーが活躍できるポストを設置する動きが生まれています。2021年には最高裁判所が「デジタル推進室(現デジタル総合政策室)」を設置し、UI/UXデザインのプロジェクトマネージャーを募集し注目されました。
デザインが解決できる事業・経営課題はさまざま
このように、企業はもちろん行政もデザイナーの採用を積極的に進めるようになったのは、デザインが経営課題から社会課題まで幅広く解決できる力を持っているからです。プロダクト価値の最大化、ブランド体験の一貫性、新規事業の検証ならびに開発、顧客ジャーニーの検証、従業員エンゲージメントの向上、ブランディング(およびリブランディング)、組織変革など、デザインの力で解決できる課題は多岐にわたります。実際に、グッドパッチが企業の事業や経営課題に伴走した事例をご紹介します。
事例1 【新規事業開発】
BtoB健康経営サービスを0→1からグロースまで
リリース5年で約1700社が導入
●健康経営に資する新規事業を開発したい
サントリーグループ内のソフトドリンク部門を受け持つサントリー食品インターナショナルでは、2018年末、飲料などの製品以外でも健康をサポートすることを目的とした新規事業の構想がスタートしました。
当時は「健康経営」(従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること)の考え方に注目が集まっていた頃。しかし新規事業を始める方針だけはあったものの、どんなユーザーに、どんな体験を届けるといった具体的な構想はなく、「真っ白なキャンバス」状態でした。
そんなときに、アプリ開発の知見を求めて声をかけていただいたグッドパッチは、その新規事業を描く構想段階からデザインパートナーとして並走を始めました。
●0→1をどうつくるか
新規事業を立ち上げるとき、最初に直面するのは「誰のどんな課題を解決するのか」という問いです。ここで力を発揮したのが「デザインスプリント」という手法を用いたアプローチでした。短期間でプロダクトやサービスのアイデアを検証するこの手法を使って、「誰のために?」の検証・洞察を重ねる中で、運動を習慣化できていたような健康意識が高い人ではなく、むしろ「今までに一度頑張ってみたけれど挫折した人」や、「行動がなかなか続かない人」をターゲットにすべきという答えが浮かび上がってきました。
ターゲットが定まったあとは、こうした人々に対してどのようなサービスを構築すべきか、「なぜ人は行動を起こさないのか」「どんな状況なら続けられるのか」といった問いを重ね、本質的な課題の特定と深掘りを行っていきました。検討を重ねた結果、「ハードルが低く、手軽に継続できる」仕掛けをアプリ上に組み込むことにしました。
事業アイデアが固まれば、あとは具体的な機能をプロトタイプに落とし込み検討します。仕様が決まっていないことが多い中でも「まず作ってみる」という姿勢でプロトタイプを開発し、テストユーザーから良いフィードバックをもらえた機能を実装したり、逆に使われなかった機能は実装しないことを決めました。
こうして開発されたのが健康習慣化アプリ「SUNTORY+(サントリープラス)」です。
未来の健康リスクチェック結果に基づきパーソナライズされた低ハードルな健康行動タスクが提示され、それらのタスクを実行していくことで健康行動の習慣化をサポート。また職場の自販機で健康飲料と引き換えができるクーポンがアプリ上で配信され、利用することができます。アプリ、健康飲料、自販機という3つの接点で日常に寄り添い、自然と健康的な習慣が身につけられます。
0→1の新規事業、特にデジタルプロダクトを開発する際は早くリリースすることを優先し、「機能的価値」(商品やサービスの機能面や品質面において、顧客に提供できる価値)を担保することが一般的です。しかし、「情緒的価値」(商品やサービスを利用した時に顧客が体験できる精神的な側面での価値)にも重きを置くデザイナーだからこそ、企業が顧客とコミュニケーションをとる際の言葉やメッセージの選び方といった「トーン・オブ・ボイス」もミニマムで取り入れ、スピーディにローンチすることができました。
シンプルな操作性と親しみやすいイラストは社外からも高く評価され、「グッドデザイン賞(2020年)」や「iF DESIGN AWARD(2021年)」を受賞しています。
●リリースから5年で導入企業1700社を実現
デザイナーといえど、デジタルプロダクトやサービスを発表したタイミングでデザインパートナーとしての伴走が終了するわけではありません。アプリをリリースした後は、利用者数を伸ばしていく改善活動を進めることになります。SUNTORY+の場合、グッドパッチは主に2つのアプローチでプロダクトの成長支援を行いました。1つ目が、プロダクトの磨き込み。SUNTORY+アプリ内でコミュニケーションの活性化と、歩くという健康習慣を後押しするため、ウォーキングイベント機能などを追加しました。2つ目が、管理画面の改修。導入企業の担当者が使いやすいよう、アプリの管理画面を改修し、企業の健康経営に寄り添う健康経営支援ツールへアップデートを行いました。
その他にもサントリーの営業の方々とも連携して営業資料も変更するなど効果的な情報伝達の実現を支援しました。こうした一連の取り組みがうまくいき、ローンチから5年後には約1700社で導入されました。一般的な健康アプリは1カ月後のユーザーの継続率が15%を切るといったデータもありますが、SUNTORY+の継続率は89%をマークしています。サントリー社内表彰制度「有言実行やってみなはれ大賞」では特別賞を受賞し、他の同社の新規事業プロジェクトが参考にするようなビジネスにまで成長しています。
書誌情報

著者:株式会社グッドパッチ ReDesignerチーム
価格:2,310円(税込)
発行:宣伝会議
ISBN:978-4883356294
発売日:2025年12月22日
デザイナーの「採用」から「育成」「マネジメント」までを成功に導く実践ガイド。日本最大級のデザイナーキャリア支援サービス「ReDesigner」の知見を体系化し公開。失敗しない採用フローを詳細解説するほか、採用市場の最新動向の解説、デザイナー採用・育成の成功事例も。人事担当者だけでなく、デザインの力を事業や経営に生かしたい経営者の方にも役立つ一冊。
章立て:
第1章|企業の成長を支えるデザイナーの力
第2章|企業のデザインシフト70年史
第3章|デザイナー採用市場の変化
第4章|だからこの人を採用する ― 失敗しないデザイナー採用フロー
デザイナー向けコラム:選ばれるデザイナーになるために
第5章|入社してからが本番 ― 活躍支援と育成スキーム
第6章|実践から学ぶ ― 事例で読み解くデザインの貢献
NTTドコモビジネス【KOEL】/マネーフォワード/丸井グループ×グッドパッチ【Muture】
第7章|ReDesignerが考える、これからのデザイナー像
土屋尚史(グッドパッチ 代表取締役 兼 CEO)
佐宗純(グッドパッチ ReDesigner設立者)
宮本美咲(グッドパッチ ReDesigner事業責任者)
※本記事は、書籍『デザイナー採用の教科書』(宣伝会議)の内容を一部抜粋して公開しています。
