
タイポグラフィが生む没入感|伊達千代の「今日もフォントを探して」Vol.7

自他共に認める“フォントおたく”のデザイナー・伊達千代が、タイポグラフィが際立つWebサイトをピックアップし、デザインの奥に潜む意図を制作者に聞き出す本連載。今回は『美濃和紙あかりアート展』のプロモーション・特設サイトのデザインを担当した株式会社リーピーの宇野さんに、没入感を生み出すタイポグラフィの考え方を伺いました

目次
教えてくれた人

デザイナー
聞き手

伊達 千代
株式会社TART DESIGN OFFICE代表。グラフィックデザイナー・ライター。メーカーのデザイン室、広告制作会社勤務を経て独立。デザイン・編集・執筆のほか大学や企業でのトレーニングも行う。2017年よりフォントかるた制作チームに参加。著書に『文字のきほん』(グラフィック社刊)。監修に『デザイン9×9』(ホビージャパン刊)など。絶対フォント感は持っていないが、毎日文字のことだけを考えて暮らしたいくらいのフォント好き。
岐阜県美濃市には、「うだつの上がる町並み」と呼ばれる、江戸時代からの古い商家が軒を連ねる歴史的な地区があります。年に一度ここで行われるのが、特産品である美濃和紙を用いたあかりのオブジェを点灯・展示する「美濃和紙あかりアート展」です。
今回紹介する「美濃和紙あかりアート展」の特設サイトは、イベントの幻想的な雰囲気を、まるで現地で味わっているかのように感じさせる没入感のあるデザインが印象的です。「日本タイポグラフィ年鑑2026 オンスクリーン部門 Selected Work賞」にも入賞しました。
このサイトをデザインしたのが、株式会社リーピーの宇野さんです。
宇野さんが本サイトのターゲットとして想定したのは、作品の出展を考えている人だけではありません。20〜30代の若い世代にも、美濃和紙あかりアート展の魅力を知ってもらいたいと考えました。
実際に会場を訪れると、思わず写真を撮りたくなるような幻想的な風景が広がり、若いカップルにも楽しんでもらえる雰囲気があるのだそう。そうした魅力を伝えるため、伝統的な趣を大切にしながらも、デザインはモダンな印象に。「まだ知られていない美濃和紙あかりアート展の魅力を発掘する」というコンセプトのもと、制作が進められました。
宇野さんが目指したのは、サイトを閲覧するだけで、実際に会場を訪れているような没入感を生み出すことでした。幻想的な写真に加え、スクロールに合わせて写真がゆっくりと拡大するアニメーションなど、滑らかな動きにもこだわり、ページを進むにつれて美濃和紙あかりアート展の世界へ自然と引き込まれていくような体験をつくり出しています。
また、画面の随所には和紙の質感や提灯の文様といった和のモチーフを取り入れ、美濃和紙ならではの世界観を表現しています。
宇野さんはこれまで、企業サイトだけでなく、広告やキャンペーンサイトなど、さまざまなテイストのデザインを手がけてきました。昭和レトロやナチュラル、かわいらしい雰囲気など、案件ごとに求められる世界観は異なります。
「ビジュアルはもちろん大切ですが、フォントによって印象は大きく変わるんです。例えば『かわいいデザイン』といっても、ナチュラルなかわいい、なのか、ポップなかわいい、なのかで選ぶ書体は違います。いろいろなフォントを試して組み合わせる経験はとても勉強になります。結局、フォントが8〜9割を占めているんじゃないかなと思っています」(宇野さん)
本サイトでも、コンセプトに合わせてフォントが念入りに検討されました。メインの書体を明朝体とすることは早い段階で決まり、あかりアートの世界へと誘うファーストビューでは、その奥行きのある世界観を印象づけるため、キャッチコピーを縦書きにしています。
その中でまずはじめに検討されたのが、以下の5書体でした。
続いて検討されたのが、モリサワの「霞青藍(かすみせいらん)」と「霞白藤(かすみしらふじ)」です。いずれも2022年にリリースされた比較的新しい書体で、フトコロの締まった骨格をベースに、横線やハライの伸びやかさを強調し、楷書由来の特徴を多く取り入れた味わい深い明朝体です。
最終的には、『霞青藍』をWebフォントとして使用することが決まりました。
ここで検討された書体は、いずれも「オールドタイプ」と呼ばれる明朝体ですが、並べて比べると、その表情には繊細な違いがあることがわかります。硬さと柔らかさ、真面目さと遊び心、そして美しさのあり方。どの明朝体を選ぶかによって、コピーが描き出す「幽玄の世界」の印象も変わってくることでしょう。宇野さんの言う「フォントが8〜9割を占める」という言葉にも、なるほどとうなずけます。
「“幽玄”という言葉をどう表現するかは特に意識しました。はっきりとは見えないけれど、その奥に何かが沈んでいるような美しさ。実際に現地へ行くと、美濃和紙のあかりがぼんやりと灯っていて、まさに“幽玄”という言葉が似合うんです。そのイメージを一番よく表現できると思って選んだのが『霞青藍』です。“霞”という言葉には、光や輪郭を柔らかくぼかすようなイメージがありますし、“青藍”という名前も、夕暮れから夜へと移り変わっていくあかりアート展の情景にぴったりだと感じました。サイトでは、文字の背景にも光が揺らいで、少しぼんやりと見えるような演出を入れています。そうした光の表現と、霞青藍の持つ柔らかな雰囲気も、とてもよく合ったと思います」(宇野さん)
和文だけでなく、欧文にも世界観との調和が図られています。欧文フォントには、クラシカルで優美な印象があり『霞青藍』とも相性の良い『EB Garamond』が使用されています。
本サイトのタイポグラフィで印象的なのが、文字間や行間、周囲の余白といった「間」の取り方です。ゆったりとした「間」を持つ文字が美しいビジュアルと組み合わされ、静かで奥行きのある画面をつくり出しています。さらに、スクロールに合わせて文字が上下に移動したり、現れては消えたりすることで、「間」は固定された余白ではなく、スクロールによって刻々と変化していきます。
「ファーストビューでは、まずサイトの印象や世界観を伝えたかったので、縦書きを採用しました。一方で、このサイトは幅広い年代の方が見るものなので、縦書きに読み慣れていない方にとっては、視線の動きが変わって読みにくさにつながるとも考えました。そのため、2スクロール目以降は同じ『霞青藍』を横書きで使うことを基本にして、世界観を表現しながらも、見やすさや読みやすさと両立できるようにデザインしています」(宇野さん)
宇野さんとしては、文字まわりの「間」をさらに広く取りたいという思いもあったそうです。しかし、PCでは美しく収まっていても、スマートフォンではわずかな違いで文字があふれたり、意図しない改行が生じたりします。キャッチコピーの文字数も考慮しながら、世界観を損なわず、さまざまな画面サイズで無理なく表示できるギリギリのバランスを探って調整を重ねました。
フォント選びの感覚は、実務経験の中で磨かれてきたと宇野さんは言います。さまざまなフォントを使い、クライアントへの提案を重ねる中で、イメージに合わなければ別の書体を選び直す。そうした試行錯誤の積み重ねによって、「このデザインには、このフォントが合う」という判断力が培われてきました。
「たとえば企業サイトだからといって、目立つ特徴的なゴシック体を使えば、その企業らしさが出るわけではありません。企業の思いやブランドに合わせて、一見するとそれほど目立たなくても、どこかに特徴のあるフォントを見つけていく。そうした細かな使い分けは、フォントを選ぶうえで大事にしているところです」(宇野さん)
こうした経験に加えて、日頃から多くのデザインに触れることも欠かせません。ギャラリーサイトなどをチェックしてデザインのトレンドを捉え、気になるサイトがあれば、どんなフォントが使われているのかにも目を向ける。そうして自分の中の引き出しを増やしているそうです。
「もともとデザインを好きになったきっかけのひとつも、Macでいろいろなフォントを表示して、見比べながら試すのが好きだったことなんです。まずは、自分が好きだと思えるフォントをいろいろ見つけてみるのもいいと思います」(宇野さん)
取材・文:伊達千代、編集:栗原亮