JASRACと音楽教室の演奏

レッスン中の演奏に“著作権料”は必要か?

JASRAC(日本音楽著作権協会)が音楽教室を相手取って訴訟されたのは、2017年6月20日です。この訴訟は、2017年、JASRACが全国の音楽教室に対し、レッスン中の演奏にも著作権使用料を求める方針を打ち出したことで、音楽業界に激震が走りました。これに対し、音楽教室側は「教育目的の演奏に著作権料は不要」として訴訟を提起。議論は5年にわたる法廷闘争へと発展しました。
そして2022年、最高裁は「生徒の演奏には著作権料は不要」とする判決を下し、JASRACの主張を一部退ける形で決着。教育現場と著作権の境界線を問うこの裁判は、音楽教育のあり方に一石を投じました。

目次

2017年当時の背景

著作権「演奏権」が争点

2017年、音楽教室の大手のヤマハ音楽振興会や河合楽器製作所などが、日本音楽著作権協会(JASRAC)による演奏使用料の請求には、法的根拠がないとして訴訟を提起する方針であるとの報道がありました。

ここで問題になっているのが、著作権の中の「演奏権」です。音楽教室のレッスンでは先生や生徒が演奏するわけですが、報道によるとJASRACが問題にしているのは音楽教室の先生による演奏のようです。

音楽教室は“公衆に対する演奏”にあたらない?

先生が演奏をしているのは事実ですから、演奏使用料を請求されても仕方がないと思う方もいるかもしれませんが、実は著作権法では演奏権侵害になるのは演奏が“公に”行われた場合に限られます。そして、“公に”演奏するとは“公衆”に対して直接聞かせることを目的として演奏をする場合を言い、“公衆”とは不特定、または多数の人を指します。つまり演奏権侵害にならないのは、特定かつ少数の人に聞かせる目的で演奏する場合ということです。“不特定”とは聞かせる相手が限定されていない路上での演奏などが典型例です。

さて、こう書くと「多数と少数の境界は何人なのか?」が疑問になりますが、実はこの点は明確ではありません。ただ、今回の場合に関しては音楽教室の生徒数はグループレッスンでもせいぜい数名でしょうから、そうなるとレッスンの受講生に聞かせるために行っている先生の演奏は、そのレッスンの受講生という“特定”の、かつ数名という“少数”の人に聞かせるための演奏ということで、演奏使用料を支払う必要はないと言えそうです。JASRACからの請求に音楽教室側が抵抗している理由の一つはそこにあります。

受講生が“不特定”とされる可能性

ところが、これと似た例で、ダンス教室におけるレッスンの際に、CDを再生する(CDの再生も著作権法では演奏と扱われます)行為が“公に”演奏する場合にあたるとした判例があります。この事件では、ダンス教室への入会に特段の制限がないこと、予約さえ取れれば誰でも受講できることから、レッスンの受講生は特定されていない(つまり“不特定”である)としました。この判例を踏まえると、音楽教室のレッスンの受講生も不特定ということで、演奏については演奏使用料の支払いが必要となる、と考えることもできそうです。

ダンス教室では受講生が変わっても同じCDが使われる可能性がありますが、音楽教室では受講生が変わるとレッスン内容、演奏される楽曲が変わる場合もありますから、ダンス教室と音楽教室を同列に扱ってよいのかなど、いろいろと問題はありそうです。報道によるとJASRACが請求している使用料は、受講料の2.5%だそうです。これを高いと思うか、安いと思うか、いずれにせよ今後提起される裁判の動向が注目されます。

今回の事件のポイント「演奏権」における公衆の定義。特定の少人数に向けて演奏する行為であれば演奏権侵害にはあたらない

執筆者プロフィール

桑野 雄一郎
1991年早稲田大学法学部卒業、1993年弁護士登録、2024年鶴巻町法律事務所設立。著書に『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』(一般社団法人著作権情報センター 刊 2018年)など。

鶴巻町法律事務所 http://kuwanolaw.com/

※本記事はWeb Designing本誌掲載記事を転載し、Web Designing Web編集部が再編集・再構成したものです。法律等にまつわる記載につきましては、本誌掲載時点の法令等に基づいています。

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