
CXを向上させると何が変わるのか
なぜいまCXが注目されているのか?
CX=顧客体験は、店舗やWebサイト、アプリなど、顧客とのあらゆる接点で発生します。顧客にとって好ましいCXを提供できると、顧客はファンになり、その愛着の気持ちが競合との差別化要素になります。CXと似ている概念としてUXがありますが、その違いは対象とする体験の範囲になります。UXは、提供する製品やサービスの上で顧客が得る体験、CXはその企業やブランドに関わるすべての体験が対象です。
CXの概念は以前よりありましたが、ここ数年とても注目されるようになりました。スマホとSNSの普及と浸透が重要性を高めたのです。2000年代頃までは、企業のマーケティングといえばメディア利用がもっとも効率的でした(01)。もちろん商品がよいものであることはとても大事ですが、インターネットが広く普及する以前はテレビ・ラジオCMや新聞・雑誌広告等でブランドの認知を高めて話題をつくり、売り上げをつくるのが成功への近道でした。
しかし、スマホとSNSが浸透・普及した2010年頃からコミュニケーションは双方向になり、ユーザーはブランドが発信する情報への懐疑心を強めます。代わりに、クチコミ情報を重視するようになってきました。CMや広告に予算を投資するだけで一定数の売り上げとファンを獲得できるという、何十年も通じたマーケティング手法が効力を失い、企業は新しい時代に効果のある手法を模索するようになったのです。
そうした手法はいまなお探索されている最中ですが、確かな投資対効果と再現性がいち早く認められたのがCX向上です。顧客の声を集めるという地味さ、具体的活動のわかりにくさ、目に見える効果が出るまで時間がかかるなどのハンデもありますが、世界中の成長企業がこぞって成果を上げている手法を試さない手はありません。
01 ブランド差別化要因の変遷

CX向上が企業にもたらすもの
CX向上に成功すると、ファンが増えるので当然収益・利益が増えます。また、顧客の声を直接知ることによって、間接的に従業員のモチベーションが上がるという効果もあります。顧客から何を求められているかがわかれば、自ずとそれに応えようとしますし、自身の仕事が顧客に褒められたことを知れば、仕事の喜びが増えます。やりがいを感じる職場では離職率が下がりますし、採用希望者も集まりやすくなるでしょう。企業や経営者にとって、CX向上がもたらす効果はよいことづくめなのです。
CX向上の取り組みは、アメリカを中心に欧米やアジア太平洋地域などで進んでいます。Appleやスターバックス、ナイキなど、業績が伸びている企業はみなCX向上に取り組んでいます。格安パソコンではなくてAppleのパソコンを選ぶ、数あるカフェの中からあえてスターバックスのコーヒーを選ぶという人は、単に製品やサービスを購入しているのではなく、好ましい体験にお金を払っているのです。
日本でもいくつかの成功事例が出てきていますが、まだ数が少ないのは「よい製品・よいサービスを提供すればお客は増える」という意識が強いからかもしれません。日本企業は製品やサービスの機能や性能を上げることは得意でした。しかしいま大切なのは、「ユーザーが価値を実感しているか?」なのです。
CX向上は顧客のロイヤルティを高めるマーケティングの手法です。顧客の声を聞き、その声に真摯に向き合って業務を改善するというビジネスの基本をWebアンケートを使って高速化しているだけともいえますが、繰り返すうちに従業員の顧客に対する意識変革や仕事に対する熱意に変化が見られたり、イノベーション創出に向けた意見交換が活性化したりといった波及効果も認められます。従業員一人ひとりが顧客を意識して仕事をする習慣ができるだけで、仕事の進め方が「上司からの指示をこなす」から「顧客のために工夫する」になります。創造性を育む経営改革だといえます。
CX向上の取り組みとは
CX向上は顧客の声を聞いて行うものなので、顧客に定期的なサーベイ(調査)を実施していきます。スマホ時代だからこそ、CX向上に必要な顧客の声を集めることが、容易に行えるようになりました。その分析結果から、何の体験をどのようにして改善していくのかを設計し、実施・実装します。そして、顧客に改善されたと感じられたか否かを再度サーベイで確認するということを繰り返していきます。
具体的な実施方法は、次のページから「6つのステップ」でご紹介していきます。こうした工程は、筆者も会員になっている国際的な専門家協会「CXPA(Customer Experience Professionals Association)」で活発に議論・共有されています(02)。
ゆくゆくは経営層が参加し、部署を横断した全社プロジェクトとしてCX向上に取り組むことを目指していくのが理想ですが、いきなりそうした取り組みができる場合は少ないでしょう。まずは試験的なプロジェクトとして小さく始め、CX向上による成功事例をつくっていくことが大切です。
02 世界でCX向上を推進する協会


- 教えてくれたのは…中谷健一
- トリムタブジャパン(有)代表。顧客体験(CX)・従業員体験(EX)向上のコンサルタント。小売業やメーカー、サービス業のサポート実績を持つ。CX課題の解決にデザイン思考の考え方を導入するセッションを推奨している。Customer Experience Professionals Association(CXPA)会員。 https://trimtab.jp/ Twitter: @kenichi_n