
ネット広告業界には最適解より快適解が必要だ
日本経済がなかなか回復しないなかで、ネット広告業界は堅調である。日経広告研究所によると、2020年度の広告費は外出制限による消費低迷やオリンピック延期などの影響で、マス4媒体がマイナス16.1%と大幅に落ち込む一方、ネット広告費は3.6%のプラスであった。2021年度は半年前の予測が上方修正され、ネット広告は20%以上の成長が見込まれるという。大きく落ち込んだマス4媒体広告もプラスに転じる予測となっている。
皮肉なことにマス広告、特にテレビCMを支えているのはネット企業だ。アプリやサービスの知名度を上げ、検索してもらうのが目的なので、CMではサービスの名前や機能の連呼が目立つ。懐メロや童謡の替え歌が多いのも記憶に残りやすいからだ。1980、90年代に広告が文化としてクリエイティブを競っていた時代から様変わりだ。当時は「気持ち良いな」「この企業好きだな」と思ってもらうことも大切なCMの役割だった。
ネット広告はクッキーによる個人の閲覧履歴、行動履歴のデータに基づいて精度の高いターゲティングを訴求し成長してきた。人工知能も活用しターゲット精度をより高める技術として進化してきた。Webやアプリにおける私たちの広告体験はより便利で快適になるはずだが、そう感じる人はどのくらいいるだろうか。統計としてのネット広告拡大とは裏腹に、押し売りのような広告であなた自身の体験はむしろ悪化してはいないだろうか。
クッキーとデータ活用は売上を伸ばすという最適解をもたらすことはできるが、過度のターゲティングは多くのユーザーをうんざりさせてきた。クッキーレスで生まれる制約は、広告のあり方を見直す機会になるかもしれない。データに基づく最適解だけでなく、ユーザーを良い気持ちにさせる快適解や誠実解だってあるはずだ。

- Text:萩原雅之
- トランスコスモス・アナリティクス取締役副社長、マクロミル総合研究所所長。1999年よりネットレイティングス(現ニールセン)代表取締役を約10年務める。著書に『次世代マーケティングリサーチ』(SBクリエイティブ刊)。http://www.trans-cosmos.co.jp/