
挑戦する人たちがその門を叩くカイシャ!「ケイズデザインラボ」
“魔法の箱”ではないからこそ必要とされる技術の進化
「今の時代は便利ですよ、3Dプリンタでなんでもできちゃうから」
そんな台詞を何度か耳にしたんです。確かにそうかもしれない。すべてを電ノコでこさえる時代よりは、楽になったのかもしれない。でも批判を承知で言わせてほしいのです。3Dプリンタが導入されても、まるで仏壇のようにありがたく鎮座してるだけ‥‥って光景が多くないですか? そもそも3Dプリンタって、本当に便利なの???
そんな疑問を抱いて、今回の取材先「ケイズデザインラボ」の原雄司さんに突撃しました。原さんといえば、3Dプリンタなんて言葉が流行るずっと前からその道を確かに歩んできたお兄さん。この人なら、嘘偽りない真実を教えてくれるはず。
Company Profile
組織形態:株式会社
資本金:8,375万円
事業内容:各種三次元デジタルツールの開発・販売・サポート/デザイン支援およびコンサルティング業務/その他
スタッフ数:26名(2016年1月現在)
設立:2006年2月

大手通信機メーカーの試作現場に就職。その後、格闘家を続けながら金型用三次元CAD/CAMメーカーに転職し、開発責任者、子会社社長、IR担当などを経験。2006年にケイズデザインラボを設立し、ものづくりからデザイン、アート、医療、エンターテインメントまで、さまざまな分野で3Dデジタルによるものづくりの活用を提案する。
ーー3Dプリンタがあればなんでも製造できる、というのは本当ですか?
「“なんでも”ではないですね。 何度かブームがきているのですが、数年前にもどかんと3Dプリンタのブームがやってきて、“なんでもつくれる魔法の箱”みたいにもてはやされたんだけど、現状で実際できることは限られていますよ。離れた場所にモノが移動できる、魔法のような転送装置と思う人も多かったし。そもそも3Dデータを扱える人が必要とは、なかなか知られませんでしたね」
ーーHTMLを書ける人は多くても、3Dデータ‥‥えっとキャド、ですか? CADを扱える人って少ないですよね。
「そうですよね。プロ向けのソフトは高く操作も難しかったので、3Dクリエイターの人口は少なかった。今では手の届くソフトも増えてきています。たとえば3Dデータを操れるブラウザ上のサービスなんかができると、さらにぐっと身近になるのですが‥‥これを読んでいる方で、3D技術も熟知したWebクリエイターの方がいれば、ぜひ意見交換したいです」
SHOWROOM
3Dプリンタに3Dスキャナ、3Dモデリングツールなど、思わず心が躍ってしまうショールームです


ーーニッチな人材ですね(笑)。御社は、3Dプリンタの販売もされていますよね。
「はい。でも実際のところ『それだと発泡スチロールを手で削り出した方がいいですよ』とか、『何千万円もする機械を買うなら、ウチに置いてある実機を使いに来てくれた方が安上がりですよ』と提案しちゃうこともあります」
ーーおぉ、良心的な営業活動‥‥。でも、大きな買い物だし、そうやって親身になってもらえるとお客さんも嬉しいですよね。御社のお客さんには、現代美術家の森村泰昌さんや、彫刻家の名和晃平さんもいらっしゃいますよね。
「彼らがもうね、スゴいんですよ。森村さんはボディスキャナーというものが存在しない2007年頃に『俺を撮ってくれー!』という感じで裸になられて、工業用の測定器で2時間もスキャンしたことがありました。あれはビックリしましたね。あ、パンツは履いてましたよ(笑)。名和さんはですね、最初訪ねてきた時にジャージ姿だったので、『あぁ、また貧乏な美大生が訪ねてきたぞ』と思ったら‥‥」
ーー世界的に著名なアーティストだった、と。
「はい。僕はエンジニアなので、全然アートのことを知らなかったんですよ。でも一緒に仕事をしてみると、すごく刺激を受けますね。製造業の方々は機械工作に慣れているので、いまの技術を理解してオーダーしてきてくれる。だけど、アーティストの方はまったく違う視点から無理難題を提示してきます。名和さんにいたっては、自ら3Dデータまでつくってきますからね。そうすると、要望に応えるためには、こちらも技術を向上せざるを得ないんです。だから彼らは、ユーザー以上の存在ですよ」
ーーすごい。アーティストの無理難題が、技術の進化に繋がるんですね。それを、商業製品に生かされることも?
「ありますね。革などの自然素材のテクスチャをデジタルデータで表現する技術をつくったのですが、これは、名和さんの素材探求の刺激も受けましたね」
CREATIVE
幅広くて奥深い、ケイズデザインラボの多様なクリエイティブを紹介します

現代美術家、名和晃平氏の作品「Manifold」。「情報・物質・エネルギー」をテーマにした高さ13メートル、幅15メートルの巨大なモニュメントは、野外彫刻として韓国・チョナンに設置されている。触感デバイス3Dモデラー「freeform」を名和氏自ら操作してデジタル彫刻を行ったほか、3Dプリンタを使ってプロトタイプを出力。ケイズデザインラボは、モデリングサポートやモデリングデータの3Dプリント造形監理など、幅広く作品制作支援を行っている(右はモデリングデータ)

デザインスタジオ・YOYとケイズデザインラボによる新しいサインデザインとして提案された壁面刺繍「WALL STITCH PROJECT」。壁面に刺繍を施したようなロゴタイプは、ケイズデザインラボの表面加色技術「D3テクスチャー(R)」を応用して表現されている。最新のモデリング技術と3Dプリンティングにより1本1本糸が縫い込まれたようなテクスチャーを実現した。TOKYO DESIGNERS WEEK 2014にて発表された

富士重工業(SUBARU)「WRX STI」プロモーション映像で使用されたラジコンカーのデータ作成から造形のハンドリングまでをケイズデザインラボが担当。映像は、WRX STIのラジコンカーが3万本のスティックボム(薄い棒状のドミノ)とレースバトルを繰り広げるというもので、再生回数は455万回を越えている(2016年1月現在)。ラジコンカーは、富士重工業のCADデータをもとに、車体やホイール、ミラーまで3Dプリンタで映像のためだけに造形された、フル3Dモデリング仕様

2015年12月に公開された「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」に登場する第2デス・スターを、資料をもとに三次元データ化し、3Dプリンタで製造したLED照明スタンド。光を透過するシェードの膜厚を制御して、点灯時の光の階調を作り出すなどディテールを表現している。ケイズデザインラボは、デザインと、モデリング、エンジニアリングを担当。第2デス・スターの内部まで精密に作成した3DデータをEOSINT(材質:ナイロン)で造形している。コンセプトメイクから携わっている
ーー本物の革みたいですね! アーティストと製造業の関係としてすごく面白いし、アーティストのあるべき姿のようにも感じます。では、次の質問を。これまでに最も過酷だったお仕事や現場は?
「うーん‥‥たくさんありますが、やっぱり重要文化財のスキャニングですかね。3Dスキャンと一口に言っても、学術的な面で測定するときには、なによりも精度が求められます。重要文化財は贋作が存在する世界なので、10ミクロンほどの単位でしっかりスキャンしないと『これが本物です』と言えるだけのデータにならないですから。たとえば、お寺でスキャン作業をする場合、現場には電源プラグがなかったり、足場が組めなかったり、照明が暗かったり、そして冬はめちゃくちゃ寒い。さらにいえば、壊したりしたら大問題ですし」
ーーひえぇ! 色々と怖いです‥‥。では最後に、今後挑戦したいことを教えてください!
「日本の製造業界は、『職人技』という名の下でその職が守られてきたことが多い。でも実際、システム化が進んできています。その上で、人がやるべき仕事と、システムがやるべき仕事の棲み分けをもっと真剣に考えるべきですね。技術をオープンにして、ビックデータを活用して‥‥と、これ以上は構想中なのであまり喋れませんが(笑)。でも、IoTというあたらしい仕組みも生まれて、これから製造業を加速させるのは、なによりITクリエイターの方々です。ぜひ我々のフィールドでその力を発揮してほしい。期待しています」
——あらゆるバックグラウンドを持つ人が集まってきているケイズデザインラボ。さらなるコラボレーションが生まれそうな予感です!原さん、勉強になりました!
◎取材後記 挑戦する人たちがその門を叩くカイシャ!


- Text:塩谷舞(しおたん)
- 1988年大阪生まれ、京都市立芸大卒。PRプランナー/Web編集者。(株)CINRAにてWebディレクターとして大手クライアントのコーポレートサイトやメディアサイトなどを担当。その後、広報を経てフリーランスへ。お菓子のスタートアップBAKEのオウンドメディア「THE BAKE MAGAZINE」の編集長を務めたり、アートに特化したハッカソン「Art Hack Day」の広報を担当したり、幅広く活躍中。 ciotan blog:http://ciotan.com/ Twitter:@ciotan