
写真だけでは伝えきれない“らしさ”を設計するための思考と施策
出会いはLIGブログから
家族経営で営む福島の米農家「カトウファーム」とWeb制作会社であるLIGの出会いは、2013年1月にさかのぼる。もともとLIGブログの読者だったという同社代表の加藤晃司氏から、突然お米が送られてきたのがきっかけだった。そこから2015年秋にプロジェクトがスタートするまでの経緯を、LIGの制作チームの中から、ディレクターの八木あゆみ氏とデザイナーの野辺地美可子氏に聞いた。
「加藤さんから、自分のお米を一度食べてみてくださいと送っていただき、ブログの記事としてご紹介しました。当時はまだ弊社の規模も小さく、LIGブログの閲覧数は100万PVに満たないころでした。アプローチをしてくださった方とはFacebookで友達になることも多く、加藤さんともメッセージのやりとりなどのおつきあいをしていました」(八木氏)
それから約2年半の月日を経て、カトウファームは、サイトのリニューアルをLIGに依頼することになる。
「サイトを2015年6月にリニューアルされたばかりにもかかわらず、8月末にご連絡をいただきました。まわりの方から、『加藤さんらしくない』『家族感が出ていない』と言われたそうです。でも、サイトを見てみたら、ご家族の写真を使っているし、親戚の子どもの動画も載っている。写真では伝わらない“加藤さんらしさ”が何なのか、しっかり設計しなければと思いました」(野辺地氏)
クライアント企業の性格を分析する
そうして、LIGの制作チームは、福島の加藤家を訪れることになった。
「サイト用の写真や動画撮影のために、稲刈り前の10月頭にお邪魔しました。直接お話できたのが、人柄を知る上でとても役に立ちました。まず感じたのは、とにかく笑顔でフレンドリーな方々だということです」(野辺地氏)
「その一方で、まじめで郷土愛が強い。もちろん震災の影響も福島の農家さんにとってネックになっているのですが、被害者テンションではいたくないと考えられていて。震災によって農業ができなくなってしまった、福島の海側の農家さんたちを雇用するために法人化して、後継者がいない周辺農家の田んぼを引き継ぎ、その方たちに育ててもらうという取り組みもされていました」(八木氏)
直接会った印象から、課題であった加藤さんらしさを掴み、デザインへと落とし込む作業が始まった。
LIGブログに掲載された記事「LIGに届いた真っ白なお米と一通の手紙」
カトウファームからLIG宛に、福島の新品種米「天のつぶ」が、手紙を添えて送られてきた。記事では、「(東北の農家に対して)何をするのが正解かわからないけれど、現時点ではっきりとわかることがあるとするならば、加藤さんの送ってくれたお米がとても美味しかった」と紹介されている
「デザインをつくる前に、いつもそのクライアントの企業パーソナリティというものを考えます。人の性格のようにたとえていくと、クライアントと弊社制作メンバーともに、共通認識を持ちやすくなります。今回は、『ポジティブ』『まじめ』『人懐っこい』『家族(地域)想い』などがキーワードになると考えました」(野辺地氏)
LIGからカトウファームへのデザインの提案書
LIGからカトウファームへのデザイン提案資料では、Webサイトのプレビューを見せる前に、同社の“らしさ”や性格などの根拠を挙げ、そこから組み立てたデザインコンセプトといった、課題解決までの道のりを伝えている
カトウファームは家族経営ということもあり、代表の加藤氏の人柄や話から、企業としての性格が掴みやすいかもしれない。たとえばこれが大手企業の場合は、どのようにその性格を紐解いていくのだろうか。
「会社の規模が大きくなればなるほど、いろいろな立場の方のお話をうかがわないと、実態を捉えられません。時間と予算が許せば、コンセプト設計のために社員さんや社長さんへのインタビューをじっくり行います。実際に先日も、13人もの方にインタビューをさせていただく案件がありました。リニューアルを依頼されたときに、『自分たちはこのサイトを良いと思ったけれど、社長がダメと言ったので作り直しになった』ということもあります。社内のすり合わせの問題というところもありますが、わたしたち制作側も、いろいろな方面を向いて情報を拾っていかないと、そういうことが起きてしまうのかなと思います。クライアントからは、『社外の人から見てもらわないと、自分たちのことはわからないもの』と言っていただくことも多々あります」(八木氏)
先の話のように、現場の担当者が決裁権を持っていないことで、あとから決済者の一言でひっくり返るというのは、多くの方が体験したことがあるのではないだろうか。
「最初に承認フローをうかがうようにしていて、軸となるコンセプトやベースデザインについては、その方にも確認を取ってもらうようにしています」(八木氏)
「コンセプトの部分で認識が合っていれば、あとは大きくブレることは少なくなります。デザインの説明も、コンセプトを共有できているとスムーズになりますね」(野辺地氏)
リニューアルしたカトウファームのWebサイト『カトウファーム』
トップページのメニューはブログを「カトウファームだより」とするなど、名称も柔らかい印象に。遊び心として、福島の天気と現在の田んぼの作業を表示することで、リアルタイムの福島の様子が感じられる。スライドする写真はお米の形にトリミングされ、温かみのあるイラストからほのぼのした雰囲気が伝わってくる。フォントはまじめさと柔らかさ、人懐っこさというイメージにあうように、「游ゴシック」を採用した
トップページの下部には、妻の絵美氏が更新する Instagramが表示される。ここで家族の写真を露出することで、家族で営んでいることを感じさせる狙いと、ほかのコンテンツに比べ更新しやすいため、「更新している感」を出す役割がある
“らしさ”を表現するデザインを組み立てる
そうして導き出された加藤さんらしさを元にリニューアルしたサイトは、明るく柔らかい雰囲気を感じさせる。
「このサイトでは、全員の集合写真は1点しか使っていないし、写真の量を圧倒的に増やしたわけではないんです。加藤さんらしい人懐っこさは写真だけでは伝えきれないので、“らしさ”を表現するために、イラストを基調にするなど、さまざまな配慮をしています」(野辺地氏)
「たとえば、直線は極力使わず、ほとんど曲線で構成して柔らかさを出しています。コンテンツ名も、リニューアル前は商品紹介のメニュー名は『プロダクト』だったものを『カトウファームのお米たち』、『ブログ』は『おたより』とし、親しみやすくしました」(八木氏)
コンテンツの内容は、写真やイラストと簡潔なテキストで、一般消費者にわかりやすい形で紹介されている。
「『天のつぶ』というブランド米をつくる福島のお米農家だということと、普段どんな風にお米をつくっているのかについても、きちんと伝えなければいけないと考えました。『美味しいから食べてね』という想いが伝わるように、この土地でつくる利点、自然の恵みでどうお米の味が変わるのかということなどを紹介しています」(野辺地氏)
こうして完成したサイトは、2月25日に公開された。サイトから誘導している、ネットショップ作成サービス「BASE」で運営しているオンラインストアは、売り上げが伸びたそうだ。
「加藤さんから、周りの評判がすごく良いというハイテンションなメッセージをいただいて、『このサイトを10年使います』と言ってもらえたことが、嬉しかったです」(八木氏)
