田渕将吾と巡るあの街の本屋 #01 東京・恵比寿の『NADiff a/p/a/r/t』で、デザインに新しい視点を求めて。

 この連載では、アートディレクター・インタラクションデザイナーの田渕将吾さんが、デザインの世界における新たなインスピレーションを求め、さまざまな書店を訪れながら、そこで見つけた本から広がる多彩な話題についてお話します。田渕さんがデザイナーとしてこれまでの経験を通じて得た洞察や、書店内で得た新しい視点を皆さんと共有。ぜひ、日々の創作活動に役立てていただければと思います。

 第1回は、東京・恵比寿の「NADiff a/p/a/r/t」からスタートです。

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「NADiff a/p/a/r/t」に、新たなインスピレーションを求めて

 今回は、新しいインスピレーションを探しに、恵比寿にある「NADiff a/p/a/r/t」を訪れました。この書店はアート系の書籍が豊富で、現代美術や写真、デザインに関する本が揃っています。また、ギャラリーも併設されており、さまざまなアートイベントも開催されることが特徴です。そんな「NADiff a/p/a/r/t」さんの前衛的なセレクトの本棚を見ながら、お気に入りの一冊を探したいと思います。

スマートさのない読書習慣

 僕はデザインの仕事に必要な書籍を読むことが日常の一部になっています。と言いたいところですが、実は本を読むのは得意ではありません。特に、勉強のためや、苦手な分野の本を読むときは、集中力と気力が必要です。

 そこで、寝る前の数十分を本を読む時間だと意識することで、読書を継続していくための工夫をしています。日課というよりは、タスクですね(笑)。

 それに、分厚い本を読むのって、一苦労ですよね。特に冒頭のパートが辛いと感じませんか? 冒頭から面白くてのめり込んでしまって、そのまま最後まで読み切ることができる本ももちろんあると思いますが、僕にとっては本当に稀有です。

最後まで読まない読書方法

 分厚い本も、中盤に差し掛かると面白くなるんですよね。そこからはペースが早くなります。ただ、少し珍しいと言われるのですが、中盤を過ぎたあたりで本の要点を理解した頃に、後半の内容のイメージが湧いてしまうときがあって、そういう場合は、最後まで読まずにそこで終えるようにしているんです。

 もちろん、本の締めくくり方を勝手に解釈するというわけではなくて。この本の要点を知った時に、「自分なりの解」が生まれたら、そのインスピレーションを大事にしておきたいという思いがあるんです。もしかすると最後まで読んだらもっと素晴らしい解があるのかもしれませんが、ひらめきを大切にしたいんですよね。

 一方で、ビジュアルブックは全く異なる読み方をしています。全ページを手早く捲って、ページに点在するエッセンスをインプットするような感覚で読む方法を取っています。読むというより、見る、感じる、というほうが正しいかもしれません。仕事の中で必要なエッセンスをピンポイントに取り出せるよう、記憶にブックマークしていく感覚です。

 こんな方法で読書する人なんているんですかね? もしいたらすぐに意気投合してしまいそうです(笑)。

芸術や文化を探究する書籍『表象』

 「NADiff a/p/a/r/t」には、もちろんデザインの書籍を探す目的の時もそうですが、自分の持っていない新しい価値観に触れたくなった時にたまに訪れています。

 過去にも、この書店で『表象7』と『表象17』(どちらも表象文化論学会刊)を購入したことがあります。この二冊の書籍には発売時期に10年の差があるのですが、「映像と時間」「アニメーションのマルチ・ユニヴァース」という共通のテーマ性をもっている点が気になったんです。類似するテーマで執筆されたこの本の中で、10年の間にどのようなことが継承され、どんな進化をしているのだろうと興味が湧いたんですよね。

 10年前に出版された『表象7』ユーリー・ノルシュテインのインタビュー特集記事では、映像における「キャラクターの動き」に着目した話が綴られていました。静かな雪景色の中でキャラクターがただ歩くだけでも、その背後にある感情や状況が自然と感じ取ることができる。それには、キャラクターの動きの細部に、単なる物語以上の深い意味を伝えるための視覚的なメタファーが多用されているからと書いてありました。

 一方で、2023年出版の『表象17』ホー・ツーニェンの基調講演の記事では、彼の作品解説を中心にした内容でした。彼の作品『The Cloud of Unknowing』では、「雲の変化する姿」を通じて、主人公の記憶の不確実性が表現されているというのです。

 どちらも、観る人にとって、単に映像を楽しむだけでなく、映像の「視覚情報」から、動くものの背後にある複雑なテーマに思いを馳せることができる工夫をしているんですよね。

『わからない彫刻 みる編』から得られるジャンルを超えた学び

 本によって、さまざまなジャンルでの視点や、異なる分野の価値観を知ることは、自身のデザインにとってすごく良いインスピレーションになります。僕はデジタル領域のデザインをしていますが、例えば、この『わからない彫刻 みる編』(冨井大裕、藤井 匡、 山本一弥 [編集]、武蔵野美術大学出版局刊)という本の、「見る」という行為を学ぶことは、どんなジャンルのデザインであっても非常に有益な視座だと思うんです。

武蔵野美術大学出版局が出版する書籍『わからない彫刻 みる編』。その他にもさまざまな芸術関係の書籍が並ぶ

彫刻の魅力はどんな解釈をしても良いところ

 現代アートにおける「彫刻」は、本当に多様ですよね。彫刻に限ったことではありませんが、多様なジャンルを持つ分野を正しく理解するのはとても難しいです。

 彫刻と言えば銅や石を彫ってできた立体的な造形物を思い浮かべますが、もちろんそれだけではありませんよね。簡単に言えば、大理石や木、粘土や土、金属、それに鉄やダンボール、プラスチックなどを使った立体美術作品のことです。文字通り彫り刻むだけでなく、組み立てたり、組み合わせたりしても彫刻作品です。

 それに、もしかしたら展示などで見る機会があるかもしれませんが、自然物や既製品をそのまま使用して配置する彫刻作品も存在します。河原にあればただの石でも、作家があるテーマ性をもって配置して、鑑賞者がそれを観た時に、川原で観た時とは違う感情が湧いたとしたら、その瞬間、それはただの石ではなく、鑑賞者にとって特別なモノになるんですよね。

 イラストレーター横山裕一氏の彫刻作品集『アースデイ』。ユニークな立体作品がたくさん掲載されている。

デザインの可能性はさらに広がる

 彫刻は、素材や形状だけでなく、その配置や視点の変化によっても全く異なる印象を与えることができます。そして、映像の視覚的なメタファーや複数の視点が物語に深い意味を込められる点も共通しています。これはデザインにも通じるところがありますよね。

 視覚的な要素は、どのように配置するか、それをどの角度から見るかによって、メッセージの伝わり方が変化します。その表現方法をコントロールできるようになるためにも、多角的な視点を取り入れることで、デザインの可能性はさらに広がると思います。

 「見る」ことから得られる新しい視点

 芸術も、彫刻も、そしてデザインも、時代と共に進化し続け、常に新しい形を模索しています。過去の作品や他のジャンルの視点を学びつつ、それを現代の文脈に適応させ、新たなインスピレーションを得ることが重要です。それに、こういった発信をきっかけに、デジタルや彫刻や建築やグラフィックなどの異分野のデザインの今と昔を共有する交流会などあると楽しそうですね。どなたかが発起してくださることを願ってここに書き残しておきます(笑)。

 今日の一冊は、『わからない彫刻 みる編』にしたいと思います。

 こうして書店を後にし、新たな書籍とともに帰路につきました。この日から得たインスピレーションを、これからのデザインにどう活かせるか楽しみです。読者の皆さんにとっても、このブログが新たな視点を提供してくれることになれば幸いです。Vol.2もお楽しみに。

Photo:なかむらしんたろう

今回訪れた「NADiff a/p/a/r/t」について

住所:東京都渋谷区恵比寿1丁目18-4 NADiff A/P/A/R/T 1F
URL: http://www.nadiff.com/

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