ブームは「なじみの行動」が火付け役に
まったく新しい行動は「リスクがあるから採用しない」が、どこかで見たことがある行動は「親近感が湧くので」乗り換えやすい。今回は、ターゲットを“近くの他の行動”に移行させる“使える手口”(=レーンチェンジ)がテーマだ。
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
なぜ日本でハロウィンはこんなに浸透したのか?
当研究所が2015年7月に行った調査では、ハロウィンに参加すると答えた人は全体で14.8%だったが、20代女性では36%と高いスコアだった(01)。報道などの盛り上げ効果で、実際の参加率はさらに多かったのではないだろうか。じつは、ハロウィンに限らずクリスマスやバレンタインといった行事はすべて20代女性の参加率がもっとも高い。では、彼女たちのハロウィンへのモチベーションはどこから来ているのだろうか。もともと小さい子どもの行事だったものが大人(20代女性)のイベントに変化するためには、どういうきっかけが必要だったのだろうか。
行動デザイン的に考えると、「新しい行動を誘発させたい」なら、その「代わりとなる行動を探して、その行動からの移行を促す」という設計が必要になる。新しい行動は、何らかの既存の行動を代替する形で普及・定着していくものだからだ。つまり、20代女性のハロウィン参加率を拡大するためには、もともと20代女性が同じ時期にやっていた「既存の行動」に注目し、それからの“乗り換え”を誘導する仕掛けを考えるということになる。
筆者が注目するのは「バレンタインからの乗り換え」説。バレンタインの社交イベントとしての重要性はここ数年で大きく低下している(02)。しかし、冬場の人恋しくなる時期に何か人とつながれるイベントは欲しい、という20代女性がバレンタインからハロウィンに乗り換えはじめたのではないか? という仮説だ。そのときにまったく新しい行事を仕掛けても、その普及・定着は難しい。むしろ、なじみの出てきたハロウィンを若者イベントに仕立てるほうが早かった、ということではないだろうか。
隣のレーンに“レーンチェンジ”させてみよう
このように「見たことのあるモチーフ」を活用して、行動率が低下している行動を別の行動に転換して活性化する手口を “レーンチェンジ”と呼ぶ(03)。バレンタインとハロウィンは時期も多少違うし行事の性格も違うが、「冬場の社交イベント行動」と大きく捉えれば、バレンタインからハロウィンへの“レーンチェンジ”が進行しているという見方ができる。「豆撒きから恵方巻きへのレーンチェンジ」もわかりやすい。節分に豆を撒く家庭より恵方巻きを食べる家庭が増えているが、その“乗り換え”が意外にスムーズだった理由は「どちらも食品である」「“撒き”と“巻き”が語呂合わせ」「太巻きは見慣れた食材」という点だ。行動の見た目は大きく違うが、やる側にとっては豆のレーンからそれほど遠くに移行している気がしないという「なじみ感」が重要だったのだ。
ある行動が停滞しているときに、それをそのままの形で再活性化することは非常に難しい。何か違う行動に転換させる必要があるが、「どこかで見たような」なじみ感の設計が重要だ。
ウイスキー業界の「ハイボール」提案の成功もレーンチェンジで読み解くことができる(04)。
ウイスキーは若い世代でダウントレンドだったが、ハイボールという飲み方提案がヒットして市場は大きく回復。爽快なおいしさと手ごろな価格がその要因だが、若者にとって新しい行動にもかかわらず、なじみのある行動(ジョッキで飲むなど)だったことも効いているのだろう。つまり、ウイスキーの近くの、よりなじみのある“生ビール・酎ハイ的なレーン”にウイスキーをレーンチェンジさせたことがハイボール行動の普及・定着の一因だと考えられる。
※Web Designing 2016年1月号掲載記事を転載