初めての行為がなぜ習慣化していくのか?
一度だけなら、たとえ慣れない行為でも人を促す打ち手はありそうだ。「急かす」「挑発する」などのツボを踏まえた手法がそれにあたる。だが、さらに習慣化させて離脱も防ぐには、違う発想が必要になってくる。
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
コンビニのコーヒーはなぜ大ヒットしたのか?
日本人はじつにコーヒー好きだ。多くの人が一日に缶、インスタント、カフェ、チルド飲料‥‥とさまざまな形態を気分で使い分けながらコーヒーを楽しんでいる。では、もしみなさんがまったく新しいコーヒー飲料のマーケティングに携わるとしたら、どこに勝機を見い出すことができるだろうか。
まずコーヒー好きの母数は多いので、新しいコーヒーに興味を持つ人も少なくないと想定。そこで、「本格的な味や香りで他と差をつければ勝てる」‥‥などと考えがちかもしれないが、実際の市場は甘くない。コーヒー好きが一日に何回かコーヒーを飲む時間と場所(コーヒーチャンス)はほぼ決まっていて、選ばれるコーヒーのタイプもだいたい固定している。そして、その中で既存ブランドががっちり、そのコーヒーチャンスを押さえている。すでに十分「間に合っている」状態なのだ。
こうした市場構造を大きく塗り替えたのが、大手コンビニエンスストア(CVS)チェーンが一斉に導入したカウンターコーヒーだ(01)。
筆者のオフィスビルのCVSでは、朝の出勤時やお昼時に、5台もある抽出マシンの前に、空のカップを持って順番を待つ人が絶えない。では、この人たちは以前は何を飲んでいたのか? 1人あたりの1日のコーヒーチャンスは有限であり、CVSコーヒーが大ヒットした分、別のコーヒーが減ったと考えるのが自然だ。当研究所の調査でも、缶やチルドコーヒー、カフェの飲用を減らしたという回答は多かった(02)。
一般的に「新しい行動を採用させるのは難しい」はずなのに、なぜこれだけ急激な行動変化(乗り換え)が創出されたのだろうか?
離脱を防ぐためのカイ(快)・キン(近)・コー(効)
そこには「アクセシビリティ」という重要な要因が潜んでいる。02の調査では、コーヒーの行動習慣を支える要因の中で「手ごろな費用」「価格が安い」ことと「家や職場の近くで買える」ことが、頭の中で同じグループとして認識されていることもわかった。
つまり、価格要因だけでなく距離要因も含めた“買いやすさ”が重要。これが「アクセシビリティ」だ(03)。
実際、あるチェーンではレギュラーサイズが100円(税込)=ワンコインだから、心理的にもなおさら買いやすい。コーヒー行動に「アクセシビリティ」が重要だったという事実は、逆にいえば、現在飲んでいるコーヒーよりはるかに「アクセシビリティ」が高いコーヒーが登場すれば、そちらに乗り換える可能性が高いということでもあるのだ。
手軽なコーヒーマシンをオフィス内に設置してしまうというのも「アクセシビリティ」を重視した事例だ。「おいしさ競争」も大事だが、その微差に注力するよりも、競争軸を「近さ・買いやすさ」のほうに転換することが「行動デザイン」発想の今日的なマーケティングといえる。
そのほか、「楽しい・気持ちいい(快感)」こと、「自分にとって効果が感じられること(自己効用)」の2つも行動習慣化を支える「支柱」要因であることが同じ調査からわかっている。これらはシャンプーや習いごとといったコーヒーとは異なるカテゴリーにも共通してみられた要因だった(04)。それら3つを当研究所では「カイ(快)・キン(近)・コー(効)」と呼んでいる。
一度習慣化した行動も、快感要素が減少したり自分にあわなくなってきた時には、離脱が始まる可能性がある。その変化に注意しておくことが大事だ。
※Web Designing 2016年2月号掲載記事を転載