オウンドメディアに求めたい「アクセシビリティ」
人はエネルギーコストの支出に敏感。リアルな行動に比べてエネルギー負荷の低いWeb行動でも、行動コストを下げるための「アクセシビリティ」の確保は重要で、オウンドメディアにもそれはあてはまる。
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
アクセシビリティの低下が「行動」を阻害する
UI、UXの改善に取り組む企業は多いが、問題となる点がある。Webサイトのつくり手側の評価と受け手(生活者)側の評価にギャップが生まれやすいことだ。企業が「工夫はしてみたが、いろいろと制約があるし、このあたりで」と判断することがある。しかし、この「微妙な段差」がじつはユーザーには意外に大きなハードルになるのだ。
これはWebに限らずリアルな行動でも、つくり手側が知らないところでユーザーの行動が阻害されている状況が考えられる。例えば、「最近、愛機がマンションの駐輪場で埃をかぶっている」というバイクユーザーに理由を聞くと、「駐輪場が再抽選になって、愛機の停める場所が前よりちょっとだけ奥になったから」だとわかった。たかだか数十cmの変化でも、微妙にバイクが出しにくくなり、「ちょっとした負担感」が積もり積もって、バイク行動を阻害していたというわけである。
当研究所では、こうした要因を「アクセシビリティ」(接近容易性)と呼んで重視している。研究所が行った自主調査でも、「快感要素」や「自分にとっての効用感」と同時に「アクセシビリティ」が人間の習慣行動を支える柱であることがわかった(01)。
アクセシビリティには先述のような距離の要素以外に、「いつでも使える」(時間)や「安価で買いやすい」(価格)という要素も含まれている。つまり、ユーザーが支出するトータルコストをどれだけ抑えられているか、なのだ。コストというと、すぐ「価格を下げれば」と考えがちだが、「心理的な近さ」を確保できれば、価格がそれほど気にならなくなる可能性もある(02)。
オウンドメディアもアクセシビリティが重要だ
この号で特集している「オウンドメディア」も例外ではなく、ユーザーがそこに到達するまでのアクセシビリティを考える必要がある。デジタルに限らず、近年人気の「工場見学」もリッチな体験を提供するオウンドメディアといえるが、問題はアクセシビリティだ。工場は遠隔地にあり、見学人数も制限されていることが多い。リッチなコンテンツを持っていても、体験者の量(アクセス数)の確保が難しいのだ。
ここで紹介したいのが、「ポップアップ・ストア」だ。これは、人通りの多い都心に企業の店舗を期間限定でイベント的に出店するマーケティング手法のことで、オウンドメディアへのアクセシビリティ対策に効果的だ。
スーパーやコンビニエンスストアで売られる商品は、アクセシビリティが高そうな反面、定番ブランドほど次々に登場する新商品に埋没して、目立たなくなることが多い。そういう商品を都心のポップアップ・ストアで提供すれば、ブランドの再発見~自社サイト誘引につながる可能性があるというわけだ。
例えば、森永乳業のアイスクリーム「ピノ」は、昨年東京・原宿にポップアップ・ストア「ピノフォンデュカフェ」を展開(03、04)。
これは、ピノが最近の若年層に届いていないという課題意識から生まれ、大きな売上成果につながった施策だ。積極的にターゲットがいる街中に出て、アクセシビリティを確保した好例といえる。同様のコンテンツが擬似体験できるサイトをつくっても、多数のユーザーが訪問するかは定かでない。同時に、アクセシビリティの低下が企業に大きなリスクになることを忘れてはならない。
※Web Designing 2016年10月号掲載記事を転載