
ユーザーの行動から見直しを図った、大手保険会社の施策●特集「スマホ最適化」
続いて、ある大手保険会社(以下、X社)の事例を紹介しよう。X社の顧客獲得の王道パターンの1つがテレビCMをフックにWebサイトへ誘導し、資料請求→営業電話→クロージングという流れである。テレビCMを通して認知し、興味をもつユーザーをどれだけ増やすことができるのかが最終成約数に大きく影響を与えるため、マーケティング活動の予算配分もテレビCMへの投下と、そのクリエイティブ品質の磨きこみに大きなウェイトが占められていた。
Webサイトについても、見込み顧客の連絡先を獲得するための重要チャネル用のPDCAサイクルを回しながらの改善は常時行われていた。ただ、これまではPCサイトをメインに改善してきており、スマホサイトについてはPCと完全に同じコンテンツを、スマホの横幅に最適化されたデザインで提供しているのみという状態だった。
●課題の確認
予算を割いているテレビCMが、購買以降の後押しに関しては効果が下がってきている傾向
↓
マーケティング予算のバランスを考えなおし、Webにも割り当てることで顧客の獲得効率を向上させる
●状況の確認
・テレビCMをフックにWebサイトへ誘導して顧客を獲得
・いままではPCサイトをメインに改善
・スマホサイトはPCと完全に同じコンテンツを最適化して表示
ユーザーの行動と心理の変遷
先述したAISASというマーケティングモデルの「A(注目)」「I(興味)」についてはテレビCMが、「S(検索)」「A(アクション)」については自社サイトが貢献するという役割分担だが、予算配分としては圧倒的にテレビCMに比重が置かれていた。ところが、毎年のテレビCMの効果検証結果の推移をみると、テレビCMが純粋想起に与える影響は依然として強いものの、購買以降の後押しに関しては効果が下がってきている傾向がみられ、マーケティング予算の最適な再配分をどのようにして行うかが大きな課題となっていた。つまり、前工程のテレビCMに割いていた予算の一部を後工程のWebや店舗、コールセンター、資料に割り当てることで顧客の獲得効率を向上させる取り組みへの挑戦である。
筆者が属するビービットでは、X社の見込顧客のオフライン/オンラインでのカスタマージャーニーと、その中での「ユーザーとの接点」と「課題」がどこにあるのかを把握するための顧客調査を支援した。調査手法としては「RET(Real time Experience Tracking)」と呼ばれる手法を採用し、ターゲットとなるユーザーに一定期間内、保険に関する広告接触や保険に関する情報収集、保険に関する家族や知人との会話の内容を逐次TwitterやLINEで報告してもらった。これにより、ユーザーの「テレビCM→Web→資料→コールセンター」という各チャネルにおけるリアルな行動と心理の変遷が明らかになったのである。
スマホサイト離脱の意外な理由
まず、保険に潜在的に興味を持っているユーザーの具体的な検討行動のスイッチを押しているのは依然としてテレビCMだった。ただ、ここからのユーザーの行動がスマホ最適化という観点では非常に興味深いものとなった。テレビCMを見て即座にスマホを取り出して調べてみようとする行動は想定の範囲内だったが、このタイミングでスマホサイトを見るユーザーのほとんどがすぐに調べるのを断念してしまっていたのだ。

大手保険会社のスマホサイトの多くはPCサイトの焼き直しで、「商品を選択させる」ことからコミュニケーションが始まる作りになっていたが、この段階のユーザーは目的とする保険種別や商品について具体的なイメージを持っておらず、他社と比較したいとも思っていない。そのため、ユーザーはどこを見てよいかわからず、サイトを訪問した後すぐに閲覧をやめてしまうという行動になってしまっていたのである。
では、調べるのをやめてしまったユーザーがどうしているかというと、数日以内に保険に詳しい友人、または来店型保険代理店に話を聞いていた。話を聞いて、自分に必要な保険がなんとなくわかったところで、今度はスマホサイトではなくPCサイトで候補となる保険会社の比較検討をするのだ。

再定義によるコンテンツの見直し
この結果を踏まえて、このX社はスマホサイトの役割を再定義した。テレビCMからの受け皿として「保険選びの判断軸を提供し、自社を検討候補に残してもらう」ことを目的にコンテンツを見直す方針を立てた。また、ユーザーはスマホとPCを併用することが多いため、PCサイトの役割も見直した。本格的に保険加入を検討しはじめて比較段階になったユーザー対して、X社の優位点を説明するコンテンツを提供することにした。つまり、PC向けサイトとスマホ向けサイトを別のものとして、内容を考えなおしたわけだ。

さらに面白いのは資料請求後のユーザーの動きである。PCサイトで比較検討しても結局会社を絞り込むことはできないため、2~3社の資料を請求し、資料が届いたあとに資料を見ながら再度スマホを取り出してわからないことをピンポイントで調べている点である。X社からすると、資料を送付したら、あとは電話をして成約に導くだけと捉えていたが、実はここでもスマホでの情報提供の仕方次第で成約率を向上させる可能性が潜んでいたのだ。
カスタマージャーニーを把握することで、複数チャネルとデバイスの中でスマホが果たすべき役割が明確になり、その役割を果たすことに向けてコンテンツを「最適化」していくアプローチ。X社の取り組みは「スマホ最適化」のお手本のような事例といえよう。

- Advisor・Text:宮坂祐
- (株)ビービット
エグゼクティブマネージャ/エバンジェリスト
コンサルタントとして、Web戦略立案・Webサイト成果向上プロジェクトを数多く実施。2013年からはビービットのコンサルティング事業営業責任者/エバンジェリストとして、オムニチャネル、カスタマージャーニー、UX/CX等をテーマに大型のマーケティングイベントに多数登壇。 http://www.bebit.co.jp/