【タイアップ】“ 翻訳” のプロセスとコミュニケーションから考える 生成AI 時代の「価値提供」とは? CDシンポジウム2025を見据えて

昨今、多くの業界で急速な世代交代が進んでいる。
新陳代謝が活性化する中で、革新的なソリューションを追求する一方、デグレードを避けるために従来の業務プロセスを次世代に適切に継承する必要もある。重要となるのは、世代や属性の異なる者同士による適切なコミュニケーションだ。そこで、異なる国や文化背景を持った人や組織の架け橋となってきた翻訳の専門家を交えてディスカッションを行った。生成AIの登場で業務のあり方が変わっていく状況下で、時代が求める“ 翻訳”と“コミュニケーション”の最適なあり方について考えてみたい。

話してくれたのは…

目次

Discussion_01|生成A I 時代の「翻訳」が抱える課題

安西 翻訳といってもその実は分類できるレイヤーがあると思います。(1)内容を把握できればいいもの、(2)読みやすくすべきもの、(3)国の文化や規制などを考慮したものと3つに分けられるのではないでしょうか。そのなかでも機械翻訳や生成AIは(1)や(2)に対応できるものの(3)はカバーが難しい。その一方で翻訳会社はすべて対応できることが価値でした。しかし、生成AI が徐々に(3)の領域でも対応できるようになってきています。こうした状況において、翻訳会社は自らの価値をどう発揮していくのかについて頭を抱えているように見受けられます。

片寄 翻訳会社と生成AI の関係を翻訳全般の文脈におくと、「生成AIで完結する翻訳」と「人と生成AIが融合して行う翻訳」に大別されます。安西さんがご指摘の(1)と(2)が前者に、(3)が後者に該当します。企業に対して翻訳会社の価値を提示するためには、(3)に注力していく必要があると考えています。

安西氏のいう(1)は内容理解で十分な社内資料等、(2)はより複雑なFAQやマニュアル、(3)は文化や規制を考慮すべき取扱説明書や契約書、広告文章など。従来(3)は翻訳会社だけが対応可能であったが、今後は生成AI の進出も予想される


 人と生成AI の融合を実現していくためには、条件が必要となります。それは、はっきりとした目的や明確な成否の判断基準を持つ発注企業と翻訳会社が密に連携しあい、両者で戦略を練っていくことです。しかし、日本企業の多くは作業全体を翻訳会社に丸投げするケースが多く、翻訳のフローや品質測定のプロセスをまったく把握していない場合がほとんどです。それなのに「生成AIを使って安く仕上げてくれ」といっても使いこなせるはずがありません。この状況が続けば日本企業はグローバル競争から遅れを取ってしまうはずです。
 そこで今後は、翻訳業務のプロセスを標準化する必要があります。たとえば発注企業には、過去に翻訳した文章をデータベースに格納して再利用する「翻訳メモリ」というデータが多く残されています。これを適切に管理して、そのうえで生成AIを活用できるようにすれば翻訳を効率化できます。また、発注企業が翻訳業務について体系的に学べる場を設けることも大切です。こうした活動を通して、翻訳を評価する“ものさし”を国内に打ち出していきたいのです。

Discussion_02|「翻訳」におけるプロセスとコミュニケーションを考える

安西 翻訳における人と生成AI の融合について、もう少し具体的に教えてください。

片寄 創造する部分は人が行い、それをベースとした展開は生成AI が担うイメージです。すべて生成AI に任せるのではなく作業の設計は人が行います。たとえば、生死に関わるような重大な情報が含まれる場合は誤訳を避けるために、該当箇所は人が対応するようなアラートを出すプロンプトを書かなければなりません。一方で、人が翻訳した文章のチェックを生成AI に担ってもらうという使い方も融合のひとつといえますね。

安西 融合が進む中で、発注側は翻訳についてどこまで理解しておくべきでしょうか。

片寄 翻訳を評価するものさしについて触れましたが、その品質を定量的に測定できるガイドラインがあります。正確性や地域慣習など複数の評価項目を設けて、誤訳等があるとその重要度を考慮してスコアリングしていきます。こうした仕組みがあることを発注側には理解していただきたいと思います。
 また、なにを実現するために翻訳するのかといった定義も重要です。目的によっては翻訳が最適解でない場合もあるので、別の方法を提案することもあります。私たちは翻訳会社ではありますが、オーダーに対して「言語の翻訳」だけが解決策ではないとも考えているのです。

技術進化によって生成AI の対応領域が広がっていくなかで、翻訳における人と生成AI の融合は、人が起点となって生成AI に派生させるものになると片寄氏。その際、翻訳メモリなど過去の資産の活用も大切だが、ノイズ情報の除去が求められるともいう

黒田 企業の意思を顧客にどのように伝えるか、ということですね。つまり翻訳の枠組みではなく、コミュニケーションのあり方そのものから考えるべきですよね。

島田 翻訳学は異文化コミュニケーションにカテゴライズされた学問ですから、黒田さんがいうように一概に「Language(言語)」の範疇だけに収まらないと捉えた方がいいでしょう。

黒田 私たちの領域の話をすると、テクニカルコミュニケーション(以下、TC)はプロセスであり、テクニカルコミュニケーターはプロセスを担うエンジニアと定義されています。技術情報をユーザーに伝えるプロセスが翻訳におけるプロセスと同様であるからこそ、こうした議論が必要だろうと感じています。

Discussion_03|言語の翻訳から、未来のローカライゼーションを創る

安西 翻訳では、業界や文化などに付帯する情報を把握しなければならないですよね。それらコンテキストを理解する意味はどのようなことでしょうか。

片寄 コンテキストは専門的な情報の理解へとつながります。それゆえ、発注企業と翻訳会社との間でコンテキストの共有が不可欠なのです。両者が同じ視点に立つことによって、翻訳の品質向上と生成AI の活用につながると思います。

黒田 TCの世界では、国によって法規が変わってくるため、言語ごとではなく国ごとに言葉の意味が変わるケースが少なくありません。ですから、言語学的な意味よりも法規的な意味での正しさが重視されます。そう考えると、法規的表現や文化的表現のチェックは翻訳会社にとっての価値になるのではないでしょうか。

島田 翻訳会社の価値という観点では、「ローカリゼーション・マチュリティモデル」というフレームワークが今後注目されていくでしょう。地域対応の成熟度の評価や改善に用いられる指標で、評価が高い企業ほど質の高い情報発信ができる傾向にあります。

安西 このモデルの重要度が高まるということは、翻訳会社がいま行っていることは、まさしくローカライゼーションそのものといえるのかもしれませんね。冒頭で触れられていた、翻訳業務のプロセスを標準化する前段階として生成AIを用いた翻訳に取り組む準備ができているか、いわば「AIReadiness」が重要になるのではないでしょうか。

片寄 そうですね。その状態を実現するためにも、発注側は翻訳の丸投げを卒業しなくてはなりませんし、翻訳について体系的に学べる場を私たちが提供していくことを推進していくべきだと、今日改めて感じました。

コミュニケーションデザインシンポジウム2025(略称:CDシンポジウム2025)テーマ『磨こう!伝える力』

[期間] 2025年8月27日(水)~29日(金)

  • 8月27日(水):名古屋市「ウインクあいち」にて対面開催
  • 8月28日(木)、29日(金):Zoomウェビナー形式によるオンラインライブ配信
  • 申込方法:6月ごろに公開予定

Text:久我智也 Photo:五味茂雄
※本記事は一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会とのタイアップです。『Web Designing 2025年6月号』に掲載されている記事を、一部編集・再構成した上で転載しています。

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