買収したサイトを最小限のコストでリノベーションする|「置き時計の専門店 時のしらべ」の施策例

サイトM&Aとは、「サイトやドメインだけではなく、そのサイトのビジネスモデルからサイト運営の重要なポイントとなるリピーター、サイトの知名度、取引先、などもまとめて譲渡すること」である。今回は、M&Aで取得したサイトをコストをかけずにCVRを上げただけではなく、ユーザーの満足度までも向上させて、高い収益構造へと変えた例を紹介しよう。

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サイトM&AによるECサイトの買収

今回取り上げる「時のしらべ」は、元の運営企業で担当者の離職などによりリソースが足りなくなってしまったため、さらなる拡売が期待できる企業への売却を希望していて、それを筆者が買収したものだ。

置き時計の専門店 時のしらべ
置き時計、掛け時計、目覚まし時計などを販売するECサイト。サイトM&Aにより取得し、大幅なリニューアルをせずに収益構造を改善した

サイトM&Aのメリットとしては、構築までの時間や費用の削減、既存ビジネスとのシナジーや売り上げのキャッシュフローなどの資産が挙げられる。また、先人のノウハウや失敗を運営に活かせることも大きい。

本事例では、なるべくコストをかけずに施策を実行し、いかにして短期間で効果を上げていったのかを紹介していこう。

マーケットの調査と市場動向から買収を検討

失敗しないサイトM&Aとその後の運営のためには、買収の初期コストの安さなどだけで決定しないこと、またアクセス解析データなどだけで将来性を判断するのではなく、あくまでも事業の成果とキャッシュフローが自社の将来につながることが前提である。

このサイトは、当初の月商は試算上のマーケット規模と比較し大きく乖離していた(01)ほか、ターゲット選定などもあいまいになっており、伸びしろがあると判断した。

01 この図は分析の一部だが、市場動向を調査し現状の売上高と比較して将来可能性のあるマーケットかどうかを判断し、買収に踏み切る。これ以外にも、商材や媒体によってトレンドなども十分に考慮し、将来のマーケットの予測を立てて判断することも大切だ

リスクヘッジの方針と売却主から学ぶ施策の立案

サイト買収から運営にあたり、「インパクトの大きい施策を実施しながら『人、モノ、金』といったリソースの投入は、なるべく行わない」「不確実性(リスク)の高い施策は行わない」 という方針を立てた。その上で、売却主の過去の運営実績のデータを参照して施策の確立を行っていった。

アクセス解析データからサイト内導線の改善を行う

元のサイトは、購入者の声を反映するといったことができておらず、当初から横ばいの低水準なコンバージョンレート(CVR)だった。そこで、導線設計を見直してCVRを改善しようと考えた。利益を確保して初期コストを回収しながら、ユーザーにもメリットのあるサイトへと転換することを目指し、初期施策を練った。

BtoBへのアプローチと販売強化

売却主から引き継いだ販売データから当時の販売先別の顧客構成をみると、実に93%が一般のユーザー(BtoC)であり、残りの7%が企業ユーザー(BtoB)だということがわかった。しかし、売り上げの構成比を見てみると、顧客構成とは比例しておらず、企業からの受注が30%近くを占めていた(02)。

02 顧客構成と販売金額の構成。顧客構成と販売金額が乖離しており、企業・会社の客単価が高いことが読み取れる

BtoCの対応時間とBtoBの対応時間、その利益バランスを考えると、贈答利用の企業からの受注は圧倒的に客単価が高く、複数個注文しているケースも多いため、まずはBtoBに力を入れることで利益が確保できると考えた。

そこで、実際にアクセス解析によって、BtoBユーザーのアクセスやCVRはどの程度なのか、どのくらいの需要があるのかを調査した(03)。

03 企業(co.jp)からの訪問をセグメントするため、カスタムレポートを作成して比較。上が全体、下が企業からのアクセス。このデータから、企業ユーザーはCVRが極端に低いこと、新規セッションの割合が多いので伸び代があることがわかる。なお、このカスタムレポートを作成するには、「指標グループ」に「ユーザー」「新規セッション率」「ページ/セッション」「コンバージョン率」を追加し、「ディメンションの詳細」に「ネットワークドメイン」を選択する。そして、フィルタで「ネットワークドメイン」「正規表現」を選択し、「co.jp」と入力する

「新規セッション率」の高さからBtoBでは新規のユーザーが多いということが、また、「ページ/セッション」の多さから商品で悩んでいろいろなページを見て、結局は購入まで至らない(CVRが低い)場合が多いことがわかる。つまり、これらのユーザーを適切なページに導くことができればCVRが向上するわけだ。

そこで、売れ筋商品を提示し、複数の商品を比較して閲覧ができ、購入までの不安点をクリアし(のし紙や請求書払いといった、よく問い合わせを受ける内容なども盛り込む)、迷わず目的まで到達させるためのランディングページ(LP)を設置した(04)。LP制作におけるコンセプトは一般のサイトとは逆で、「ページ/セッション」が低くなる(迷わない)ことを目指し、多くのページを見ることなく購入まで完了できるように考えた。

04 法人向けLP。ターゲットを明記するとともに、シーンを明確に打ち出して商品をランキング形式で掲載した。これにより、CVRが0.3ポイント改善した。随時商品の見直しや追加を行いチューニングを行っている

BtoCへの導線改善でCVRの向上

次に検討したのは、BtoCの顧客へのアプローチだ。流入数増加施策(SEOなど)によって新規顧客を開拓するよりも、リピートユーザーのCVR向上施策のほうが費用対効果が高いと考え、まずは離脱率に注目した。離脱率の高いページのテコ入れはもちろんだが、離脱率の低いページをさらに伸ばせれば、より少ない労力で高いCVRが期待できる。また、そのページがなぜ離脱率が低いのかを考察することも施策立案の上では重要なポイントとなる。

そこで、離脱率を軸にコンバージョンに至ったユーザーのみをアドバンスセグメントを使って抽出し、プレゼントページ前後のページ分析を行った(05)。この結果からは、プレゼントページを強化すべきことは明らかだった。

05 プレゼントカテゴリーのページは閲覧開始ページとしての割合も多く、かつ離脱も低いことがわかる。そして、ランキングやピックアップ商品の閲覧よりも、あらかじめ用意されているカテゴリーのページへの遷移が多いことがわかる

また、型番商品を取り扱うため、メーカーの在庫切れや廃盤がしばしば発生するが、同一商品の色違いや後継品の案内を行えばCVRはさほど下がらないことが実務を通してわかっていた。これは、それほどこだわりも強くなく、代替品でも概ね同じであれば問題ないと判断する贈答品用途が多い証左だろう。また、プレゼント選びに多くの時間をかけたくないという心理なのか、用意されたカテゴリーから商品を探す傾向が強いということもアクセス解析から読み取れた。それにもかかわらず、当時は多種類の時計を扱っているサイトという見せ方であり、多くの商品の中から選び切れないため購入まで踏み切れず、「ページ/セッション」が増えてCVRの低下を招いてしまっていた。

これらのことから、プレゼント用途の導線を強化し、案内する商材をカテゴライズした。具体的には、贈答品の定番である「新築・引っ越し祝い」「新婚・結婚記念」「誕生日祝い」などに加え、高齢化、団塊世代の退職の時代を加味し、「長寿祝い」「退職祝い」など計10個のカテゴリーを設けた。トップページにも設置したのは、このような用途にも使えることをリピーターにも認知してもらうという目的もある。

また、ファーストビュー領域のサイドバーに、「会員登録で300ポイントプレゼント」というバナーを設置した。贈答ユーザーはリピートする可能性が高いことを狙ったものだ(06)。

06 施策実行後のヒートマップのクリック率。新規に設置した10カテゴリーの導線と左の「会員登録でポイントプレゼント」のバナーで全体の35%ほどのクリック率があり、これによってCVRが0.3ポイント程度向上した

これらの施策により、セッションあたりのPVが少なくなった反面、CVRは向上した。特にECサイトでは、適切な方法で、適切なページにユーザーを誘導できればページビュー数は少なくなる。これは、ストレスなく買い物ができているということなのだ。

現状のリソースでリーチの幅を広げる

さらに、ショッピングモールへの出店も行った。各モール内のポイントロイヤリティの高い消費者をターゲットとしたもので、楽天市場、Yahoo! ショッピング、Amazon.co.jpに出店した。出店費用などがかかるので利益は少なくなるが、圧倒的な商品点数という強みを活かして、多店舗展開に踏み切ったのだ。

ただし、商品管理が大幅に複雑になることが明らかだったので、展開当初より一元管理システムを導入し、業務の効率化を行った。このようなシステムを導入した場合、多店舗での在庫を同期させるだけでなく、売り上げ管理なども効率的に行いたいところだが、その設定が複雑で工数がかかる場合が多い。そこで、これらの設定には専門の設定代行サービスを使った。初回のみに必要となる複雑な設定に時間をかけるよりも、専門業者を使って早く実装するほうが、結果的に低コストであると考えたのだ。

施策の優先順位とバランスを吟味する

Webサイトにおける施策は無数にある。その中で、どの施策を選択し、選択した施策の中での優先順位をどうするかは、それぞれのリソースや目指すべきポイントによって異なる。

大事なのは、インパクトの大きい施策から行うということだ。また、施策立案時には、アクセス解析のデータだけではなく、実購買などのリアルのデータも確認し、ユーザーの声や疑問なども加味して考えていく必要がある。

Webサイトの改変を行う際は、小手先のデザイン変更や、アクセス解析データのみから施策立案を行うのではなく、事業の成果に結び付く解析と複眼的な視点を持って取り組もう。

※Web Designing2016年1月号掲載記事を転載

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