
シャッター商店にECがもたらした奇跡。「e-子供服ノン」の扉は世界に向けて開いている●特集「EC再強化」
ガラガラと降りていくシャッター後ろはもう崖っぷち
「昔は賑やかだったんです。30軒ほど店があってね。今ではもう10軒ないですよ。みんなシャッター降ろしてしまいましてね」
子供服ノンは、尼崎の昔ながらの商店街の一角に1973年から店舗を構えている。賑わいに陰りが見えはじめたのが2000年頃。郊外に大型ショッピングモールができ、人の流れが大きく変わったことがその理由だ。
当時すでに、母親の後を継いで「子供服ノン」の店主を務めていた南場隆夫さんは、周囲の店のシャッターが降りるのと比例するように、自分の店の売上も落ちていったと、当時を振り返った。
「もう崖っぷちでした。まじめにやってきたつもりだったんですがね。いよいよここまでか、なんて考えた頃に、当時走りだったネットショップを始めたハム屋の友人から、試してみたらどうかと勧められまして。『インターネットで、食べたこともないハムを買う人がいるんだから、子供服を買う人も必ずいるよ』って。よくわからない理屈でしたが(笑)、最後の一手のつもりで始めてみよう、と」
当時、インターネットはもちろん、PCすら触ったことがなかったという南場さんだが、知人の助けを借りながら、なんとか、楽天市場に「e-子供服ノン」を出店した。
「とはいえ、何一つわかっていませんでした。売れるかどうかはもちろん、お金はちゃんと払ってもらえるのか、クレームをどうするのか、もう心配事だらけで。それがね、意外なことに売れたんです。まだライバルが少なかったこともあってか、いきなり数十万円の売上が上がりましてね。決して大きな額とは言えませんが、これで当面は凌げる、と勇気が湧きましたよ」
商店街の底力。積み上げてきたノウハウにかける
その後、順調に売上を伸ばしていったノンだが、次第に競争にさらされるようになっていく。ライバルが次々と登場し、競争が激しくなっていったからだ。厳しい市場でどう生き残るか。南場さんが打った手は「福袋」だった。e-子供服ノンの福袋はいまも、そのインパクトのある中身でよく知られている。
「ご想像の通り、福袋は薄利です。送料のことなんかを考えると、手元にはちょっとしか残りません。それでも福袋をきっかけに、普段の企画商品を見てもらって、メルマガをとってもらって、お客様とのつながりをつくることができればいいと思っています。儲からないですけど、戦略としては成功しているのではないでしょうかね。ほら、あの‥‥」
そう言って南場さんは、店の入り口の方を指さした。
「いまはこの店は、ECで使っているので置いていないのですが、以前は、あの入り口の脇にサービス品を詰め込んだワゴンを置いたものです。福袋はそれと同じ。とりあえず店に入ってもらおう、と。入ってもらえば挨拶もできるし、商品も見てもらえます」
サイトも、人で溢れた当時の店の様子をイメージしながら作っていると話す。
「カッコよくて綺麗だから売れるというわけではないな、と。ティファニーみたいな店ならともかく、うちみたいな店は気軽に入れて、にぎやかな感じで、『みんなが買ってるからここで買おう』と思っていただければそれでいいのかなと。リアルであっても、ECショップであっても、考え方は同じです」
「リアルもECも考え方は同じ」。実は、南場さんのこの考え方は、ECサイト運営の、もう少し深い部分にも現れている。
「最初にも言いましたけど、パソコンとか、インターネットとか、いまだによくわからないところも多いんです(笑)。だから結局、ECになっても、母親に教わったことを変わらずやってきたみたいなところがあって」
昭和時代の子供服ノンの時代、もっとも多かったお客さんは、地元のおじいちゃんやおばあちゃんだった。
「孫へのプレゼントですよね。ですから、頼まれる前に『包装しましょか』『箱に入れましょか』、そう尋ねるのが当たり前だったんですす。当然、紙袋も入れますしね。あ、紙袋はね、その後誰かに持っていく場合に必要になるでしょ。喜んでもらえたんですよ。ECになってもね、接客にしても、ラッピングにしても、いろいろ気遣いをしながらやっています」
ラッピングはもちろん、配送箱や同梱物にも細かいが、受け取った人がちょっと嬉しくなるような工夫が多数、施されている。
e-子供服ノンは、楽天のユーザー評価で「4.75/5」。その高い支持を実現しているのは、今やシャッターの奥に閉じられてしまった、「商店街のノウハウ」にあった。

株式会社MBA代表取締役。家業の子供服販売店を継承し法人化。インターネットの可能性に気付き、2000年に楽天市場に出店。月間MVP等数々の受賞歴がある。2013年よりは海外販売をスタートし、約5,000件の海外注文を世界20カ国以上に発送している
新しいユーザーにも気負わずに商店街流で
そしていま、驚くべきことが起きている。
e-子供服ノンに、新しい顧客が押し寄せているのだ。それは「越境ユーザー」。取材で同店を訪れた際も、ちょうど海外発送を請け負う配送業者が、店先で慌ただしく伝票のチェックをしているところだった。
「この2年ほどのことですね。以前は手続きが面倒なこともあって、海外発送は断っていたんですが、楽天さんに、システムにしても、ノウハウにしても力を貸していただけるようになりましたので、やってみようかと。軽い気持で始めたのですが、2013年に行われた楽天さんの全世界送料無料のキャンペーン(1万円以上購入した場合に送料5,000円まで無料)の時に、たいへんなことになりまして」
3日限りのキャンペーンに注文が殺到。その売上はなんと、400万円に達した。
「うちくらいの規模ですと、そこまで一度に注文が入ることはないので、とにかく驚きました。それからは定期的に海外のお客さんから注文をいただくようになりまして、月の売上の3割程度が越境注文ということも珍しくありません」
特に多いのは中国の顧客。何が買われているのだろう。
「なんでも売れるというわけではなくて、靴や服などのブランド商品、それに、日本製の食器なども多いですね」
対応はどうしているのだろう。
「基本的には英語で‥‥。とはいえGoogle翻訳と辞書でなんとか(笑)。当初は戸惑いばかりでしたが、スタッフさんもスキルアップしまして。今では堂々とやりとりしていますよ」

有名ブランドの子供服やシューズを中心に扱うECサイト。出産祝いやプレゼント用にも人気が高く、主な顧客層は30代と60代の女性となっている。また、福袋や越境ECでも話題を呼ぶ。現在は楽天市場の他、本店サイト、Yahoo!ショッピングモールにも出店中。
商品としての「子供服」とは?
幼い子供を持つ母親が購買層の主流を占めるため、外出せずに購入できるネットは強い味方。最近は市場におけるECの存在感が増している。ただし、安売り競争に巻き込まれて苦戦するところが多い。そのためギフトを売りにするショップも。なお、年齢とともにブランドやショップを卒業してしまうユーザーが多い、サイズと色が多く在庫効率が悪い、といった特性もある。
e-子供服ノンは、なぜ海外(特に中国)のユーザーから選ばれるのか
ではいったい、何がうけているのだろうか。何が、この店を選ばせるのか。
「ブランドの安心感はあるでしょうね。『これは日本製か?』という問い合わせをよくいただきますので。中国には独特の見栄の文化があるようで、普通の人でも所得以上のものを身につけたいと考えますし、子供や孫にはお金をかけたがる。そういう人が選ぶのが日本製、らしいです。あとはサービスかなあ‥‥」
特に越境ユーザー向けに工夫していることはあるのだろうか。
「やっぱり不安だと思うんです。海外のショップで買い物をするのは。偽物が来たらどうしよう、そもそも商品が来なかったらどうしよう。ただそれは、我々が15年前にECショップを始めた頃の感覚と似ていると思うんです。ならば普通にやろう、と。日本のお客様に対してやっているように」
南場さんの言う、「普通」とはどういったことだろうか。
「基本的なことです。挨拶をして、問い合わせにはすぐ返事をする、丁寧に応対をしたら、できるだけ速く、きちんと梱包して送る。万が一トラブルがあったら誠意を持って対応する」
だいじな部分の手間を惜しまない。それはこの店が長く守ってきた“商店街のやり方”だ。古いノウハウかもしれないが、実は、顔が見えないECで活きるやり方なのかもしれない。
今日もノンのシャッターは降りている。しかしその向こうで、店はおおいに賑わいを見せている。

「e-子供服ノン」が売れてる理由
●接客は対面販売が基本の「商店街」流で
●ギフト用の包装や配送箱には細かな気遣いと工夫
●越境ユーザーにも国内向けと変わらぬサービスを提供