事例:流行る動画・アイデアの構造「ンダモシタン小林」●特集「動画マーケティング」

160万回再生、10億円の広告効果

南九州は宮崎県の南西部に位置する小林市。四方を自然に囲まれた風光明媚な景色が広がる地域ではあるが、特別に有名な観光地があるわけでもなく、けっして知名度が高いとは言えない人口5万人ほどのこの市が、この夏全国で話題を呼んだ。そのきっかけとなったのが、市が公開した1本のネット動画だ。地域への「移住促進」を目的につくられたその動画のタイトルは「ンダモシタン小林」。小林市のある西諸地域でのみ話される「西諸弁(にしもろべん)」が、「まるでフランス語のように聞こえる」という特徴を活用して制作されたこの動画は、「二度見せずにはいられない」との反響を呼び、SNSを中心におおいに拡散した。再生数は160万回に達し(2015年10月現在)、その広告効果は10億円を超えたと言われる。いわゆる「HERO型動画」の目的である、知名度向上に特大の成果をもたらした事例だ。

 

いいチームにしかできない「絞り込み」

まさに“バズった”、ここまでのヒットを飛ばすことができたポイントを、制作者はどう考えているのだろう。企画を担当した(株)電通九州のCMプランナーである村田俊平氏がまず挙げたのは、意外なことに“制作の前段階”のエピソードだった。

「振り返ってみると、本当に幸運だったなあと思うんです。僕がこのプロジェクトに関わった時には、すでに、“ネット動画に取り組むための環境”が整えられていたんです」

実は小林市は、動画制作に取り組む前からWebやSNSを活用したさまざまなキャンペーンを展開しており、なかでもWebサイト『てなんど小林』を起点とした、西諸弁に焦点を当てたコンテンツはネット上でもすでに話題を呼んでいた。

「そこに携わっていたのが、今回の動画制作でクリエイティブディレクターを務めた電通の越智一仁と、小林市役所の柚木脇(ゆきわき)大輔さん、鶴田健介さんなんですが、彼らを中心に、市長にまでつながるチームができていたんです。情熱を持って仕事に取り組みながら、それぞれの方がそれぞれの分野で力を発揮できるつながりがありました」

村田氏によれば、この結成されたチームがあったからこそ、「ンダモシタン小林」はヒットしたのだという。なぜ「チームづくり」が重要なのだろうか。

「広告をつくる際に難しいのは、『言いたいこと』と『伝わること』のギャップを埋める作業なんです。クライアント側には“言いたいことのすべてが伝わるわけではない”という実感が薄く、一方でつくり手側は何が本当に大事なポイントなのか、クライアントの言いたいことの濃淡がすぐにはよくわからない。そのギャップは、議論を重ねて、正面から話しあって丁寧に埋めていく‥‥つまるところ、人と人との関係の中で埋めていくしかないんです」

だから村田氏は、まず第一に「制作前の人間関係、環境づくり」を大事だと考えているという。ではもし、このお互いのギャップを埋めきれないままネット動画をつくったら、どうなるだろうか。

「緑が豊かで水がきれい、人が優しくて食べ物もうまい‥‥。市町村の方々は、たいてい、こういった要素を入れ込んでほしいと思っています。もしその希望のままに動画をつくったとしたら‥‥」

時間の制約がないネット動画の場合、結果として出来上がるのは「あれもこれも」と新味のないコンテンツが詰め込まれた動画だろう。それでは「バズ」など夢のまた夢。では、どうすれば伝わるコンテンツになるのか。村田氏は「絞り込む」ことの重要性を挙げた。

 

 

「ンダモシタン小林」

宮崎県小林市の移住促進、知名度向上を目的に作成されたWeb動画。誰しもが「二度見」したくなる、驚くようなアイデアが全国的に話題を呼び、160万再生を記録した(2015年10月現在)

企画制作:電通+電通九州+ROBOT CD:越智一仁 企画:村田俊平 PR:川崎泰広

NA+仏語スーパーバイザー:ミゲル・クインタナ 西諸弁スーパーバイザー:安楽究、柚木脇大輔、鶴田健介、本野聡人 コーディネーター:柚木脇大輔、池田美由紀、森本潤葵 出演:セバスチャン・L、山之口智也、吉丸ツタノ

 

いいチームにしかできない「決断」

今回の制作に臨むにあたり、この「絞り込み」をした末に柱に据えたのは「西諸弁」だ。

「西諸弁のアイデアは、柚木脇さんや鶴田さんらがつくってくださった、『小林市のトリビアリスト』からいただきました。 『農業用トラクターのスピードが遅いので渋滞が発生する』『星がきれいなのにプラネタリウムがある』といった面白情報の中に、『西諸弁の訛りが強すぎてフランス語に聞こえる』というのを見つけて、よし、これだと」

この時点で、「フランス語に聞こえるという点を活かしながらフランス映画のような映像をつくる」という基本アイデアが固まったというが、実はここからが難しい。数多ある「言いたいこと」を、一つの要素に「絞り込んで」いいのか。クライアントはそれを理解・決断し、つくり手側はそれを定めることができるか、が問われるからだ。

「小林市はそこがすごかった。市の皆さんが広告の特性を、そして我々のことをよく理解した上ですぐに決断してくれたんです。最終的には肥後(正弘)市長に『面白いですねえ』と言っていただくことができました」

「いいチーム」は、決定権を持った人・決裁者がつくり手の近くにいる。その決裁者が理解者になってもらえるかが重要になる。いい動画をつくりたいなら、まずは組織のあり方を見直す。遠回りなようだが、じつは最も重要なポイントなのだ。

 

●小林市って?

小林市は南九州の中央部、宮崎県の南西部に位置しする平成19年に誕生した市。霧島連山を望み、緑豊かな森林と清らかな河川にかこまれた豊かな自然あふれる土地。温泉などの地域資源も多数有する。面積は563.09平方キロメートル、人口は4万6,502人。最近ではチョウザメの養殖が話題を呼んだ。方言である西諸弁は、馴染みのない人には難解。

 

 

 

動画のクオリティを高める努力を

チームが整ったところで、実際の映像コンテンツを考える。「ンダモシタン小林」の動画の中に詰め込まれた工夫は、自他ともに認める「CMバカ」である村田氏ならではのもの。

「『西諸弁』を採用した点を評価していただくことが多いのですが、中身の制作を担当した者としては、その意味、セリフ、字幕の3つの要素の塩梅にも注目してもらえるとうれしいです。隠した『オチ』がバレるかバレないか、ギリギリの感じ。オチがバレてしまってはどっちらけですが、あまりにも乖離をつくりすぎても、オチの納得性が低くなります。時々、ふざけた言葉や細かいボケを入れて、音声から注意をそらすような工夫もしています。アイデアが良くても、動画としての完成度が低いと観てもらえません」

まずはクオリティ。村田氏の持論だ。

「ネット動画ヒットの法則、みたいなものがあるじゃないですか。『ドギツい表現じゃないとバズりにくい』とか、『企業色が薄い方が見てもらえる』とか、スマホで見る人が多いから『音声モノは受け入れられない』とか。 もちろん、それはある面で正解だと思います。でも、正解はそれだけではないはず。セオリーにのっとっていなくても、見所のある映像ならば必ず評価されると思うんです」

しかし、映像のクオリティを高めるには、お金がかかるのでは?

「制作に携わるものとして、お金があるほうがいいかと尋ねられれば、単純にイエスと答えます。いい機材が使えますし、さまざまな面で余裕が出る。ただし、予算があることで『あれもこれも“入れないともったいない”』という思いが強くなって、エッジが効いたアイデアがぼやけてしまうこともあるんですよね。関わる人が多くなって表現が丸くなっていきますし」

いい動画をつくり出すのは「予算」だけではない。アイデアやチームワークが高いクオリティを生み出すこともある。この作品もけっして潤沢とは言えない予算の中で奮闘しながら、スタッフの総力を結集して成功を勝ち取った。その好例が、次で紹介する「リリース」にある。

 

リリースが生み出した「拡散」

「環境づくり」「動画のクオリティ管理」に続き3つ目の成功理由が、「巧みな拡散戦略」だ。

「ンダモシタン小林をリリースした際にプレスリリースを出したのですが、そこには『誰もが必ず二回見たくなるWebムービー』というフレーズをつけました。これはCDを務めた越智が考え出したものなのですが、拡散の経緯を振り返ると、このフレーズが効いたと思っています。さまざまなメディアが『二度見』という言葉とともに、動画を取り上げてくれたからです。辞書に載っている二度見の意味とは微妙に違うんですけどね(笑)」

SNSなどのバイラルメディアを通じて、話題が拡散していく構造をよく理解した上での「広告の広告」。それがリリースであると村田氏は考える。「必ず二回見たくなる」と言われると、「どの程度のものか見てやろう」と思うだけでなく、その結果を誰かに言いたくなる。

「『二度は見なかったよ』なんてつぶやきも見かけたんですか、その方も一度は見てくれたわけですもんね。ああ、ありがたいなと」

村田氏は、このリリースまでを含めて「動画制作だった」と話す。

「アイデアには人の内側から出てくるものだけではなくて、外からやってくるものでもあると思います。いいチームができれば、それだけいいアイデアが生まれる。逆説的ですが、けっしてみんながすべてのパートを考え、つくるわけではありません。小林市の皆さんと我々とが、『専門性を持つそれぞれの場所で力を発揮』できたこと。『ンダモシタン小林』が評価されたのは、そこに理由があると思います」

いい動画を観ることがあったら、ぜひその背景にも思いを馳せてみよう。そこには必ず、いいチームがある。

 

HERO型動画は「地方CM」に学べ!?

村田氏が制作を担当した動画でもう一つの「ヒット作」が、九州の進学塾「英進館」のテレビCM「歩く男」だ。テレビCM用につくられた、熊本県限定の60秒CMなのだが、Webに掲載されるやいなや、全国放送のニュースなどで取り上げられ、再生数を伸ばした。地方CMとしては異例の「全国ヒット」となった。

「いわゆる地方CMは、限られた局でしか流れませんので予算規模も小さいんです。東京の5分の1、10分の1なんてこともザラ。それなのに潤沢な予算で有名タレントが出演する全国CMに挟まれて流れます。その中でどう印象を残すか。それにはテーマを絞り込んで、インパクトを強くする必要があると思っています。英進館の「歩く男」は「旅人算」のワンテーマで勝負したのですが、それが良かったと思っています。テーマとして狭いようですが、実は、国民全員に共有されたモチーフです。だからこそ、多くの方に印象を残せた。個人的にはTVもWebも関係ないのかなあ、と考えています。映像のアイデアが突き抜けていれば」

英進館「歩く男」

「人生最初の試練に立ち向かう15歳」をテーマにした九州の進学塾「英進館」のテレビCM。熊本県限定放映として制作された

 

村田俊平氏
(株)電通九州 CMプランナー /コマーシャリスト。1983年、男性の父、女性の母のもと生まれる。2009年電通電撃入社、2013年より電通九州電撃出向。2015年ACC小田桐電撃昭賞受賞。
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