
暗くて深い“立場の溝”を埋める チーム作りの極意
溝には“種類”がある!
意思決定者とのタテの溝
たとえば、UXデザインに不可欠なユーザー調査を行いたいというフェーズでの話。制作現場としては必要なプロセスなのだから、当然、実施の決済が下るだろうと思っていたのに、意思決定者からの答えは「NO」。「コストも時間も掛かる調査が必要な根拠を、データで示せ」などといわれ現場は困惑したという経験はないだろか。仮説を検証するためにすぐにでも動きたい制作の現場と、明確な判断基準をもとに慎重に動きたい意思決定者。明らかに存在するこの“大きな溝”、どうやったら埋めることができるのか? 土屋尚史さんは、「意思決定者の“主観”に訴える」方法を考えてみてはどうかと提唱する。
「人間は原則、主観の生き物です。体験したことがないものに関しては、主観がないため判断することができません。そこで判断材料として、客観的なデータで補完しようとするわけです。意思決定者は客観的なデータを求めはするけど、それをやる・やらないの最終的な意思決定は、結局のところ彼らの主観で行っています。この主観を構成するのは“体験”でしかありません。主観に訴えるとはつまり、意思決定者にも最初からプロジェクトにかかわってもらい、体験を積んでもらうということです」(土屋尚史さん)
最初の段階でチームのメンバーやパートナーなどに触れ、プロジェクトが好転する様を体験することがとても重要だと土屋さん。そうやって小さな成功体験を積み重ねていくことによって、体験が判断基準となり、その延長線でプロジェクトに寄り添った意思決定をするようになるというわけだ。そのためにも、まずは意思決定者も含めたチーム全員で、サービスのユーザーになること。そしてユーザーインタビューの場に意思決定者を連れ出し、ユーザーが使っているところを実際に見てもらうこと。この2点が、意思決定者とのタテの溝を埋める解決のために最も重要なファクトなのである。
現場上司とのタテの溝
デザイナーをマネジメントするポジションに、営業出身の上司がつくケースも少なくない。こういった時にもタテの溝が深く刻まれる。この場合の多くは、営業とデザイナーとの“共通言語”がつくれずにプロジェクトが進行することになるのだが、「この人はやっぱり営業だから、話が通じない…」など感情論で片付けようとすると溝は拡大してしまう。
「日本の場合、デザイナーや営業はそれぞれの世界で知見を深めていきます。そのため、相手の背景にあるものを理解できなくなることも少なくありません。海外だと、ある1分野を深堀りしつつもあらゆるジャンルに広く知見を持てる人材になるよう“T字型人材”の教育が行われています。私は、営業もして、デジタルコンテンツのディレクションもしていた経験があるので、数字で語る営業の話も、右脳で考えるデザイナーの言葉もどちらも理解できる。そういった意味では、2つの分野を橋渡しして整合性を図っていくことができる“ブリッジ型人材”です。どちらの型も、相手を思って考えられることです。相手にどんな心理背景があるのかなどを理解することが大切。チーム内での仕事にも“ユーザー視線”を取り入れて、相互理解に取り組んでみてはどうですか?」
制作VS営業のヨコの溝
制作と営業でいえば、それぞれの立場で「ユーザー体験のゴール」「ビジネスのゴール」を目指そうとするなど、並列関係の溝が生じやすい。
「それぞれのゴールの発端となるスタート地点へとさかのぼっていくと、最終的には同じことを達成しようとしているんですよね。ただプロジェクトの各論の話をする際に、それぞれが持っている言葉を使って話をするので、バラバラのことを言っているように見えてしまいます。そんな時には、『なぜ』を問い続けることです。『それをやりたいのは、なぜですか?』と、お互いに問い続けることで、実はゴールは一緒だったねと、気づけることが多いはずです」

ゴール・コンセプトの共有はできているか?
設定したゴールに定期的に立ち戻る
目指すべき「ゴール」を早々に設定したら安心し、ただただ各自の作業に没頭している。これはデザイナーと営業の溝が深まったり、新たな溝ができたりしてしまう危険信号。
「UXデザインにおいて、ゴールはとても重要なものです。しかし、営業はクライアントやユーザーなど外からの声を受けて、ゴールが揺らいでしまうことがあります。逆にデザイナーは、プロジェクトが進行するにつれて制作に没頭し、当初のゴールにまい進しようとします。ここに溝が生まれる要因があります」
営業が外からの声を参考に「ゴールを変更したいんだけど」といえば、デザイナーは「また一貫性のないことをいい出した」と感情的に反論することがあるかもしれない。しかし、最初に設定したゴールの精度が低い場合もあれば、外回りをして知見・知識を広めた営業が言っていることが正しい場合もあるという意識を持ってほしいと土屋さん。
「より良いものづくりを追求する中では、ゴールやコンセプトは途中で変化する可能性があるものです。その変化に、柔軟なチームにしようというマインドセットをしておくことが重要です。その上で、作業の各フェーズでゴールやコンセプトに必ず立ち戻ることが必要。変化していないとしても、最初にしっかり時間をかけて作ったコンセプトが、プロジェクトを進めているうちにどこかに行ってしまったという、“現場あるある”も回避できます」
定期的にゴールに立ち戻って確認する作業は、一見、手間のようにも思えるが実は溝対策に有効なソリューションの1つなのだ。

考えるレイヤーを1段上げる
ゴールに“立ち戻る”際には、どのようなことに気をつければいいのか?
「お互いの作業を俯瞰して見られるといいですね。考えるレイヤーを1段上げることができると、自分のことだけではなく、相手のことも見えるようになります。俯瞰した視点を持つことによって、プロジェクト全体が見渡せるようになり、それぞれの認識が間違っていないか、ズレていないか、ズレているとしたらその原因はなにかということが探りやすくなります。ズレが見つかれば、再度、共通認識を持てるように歩み寄ればいいだけです。もしゴールが違っていれば、そもそも歩み寄ることはできませんが、違う方法にしてみようかなど、そこから軌道修正を図ることができます。」(土屋さん)
ものごとを俯瞰して見るスキルは、できてしまった“溝”を埋めるためにも、ぜひとも身につけておきたい。

デザインに対して意思決定をするCXO
「CEO(Chief Executive Officer)」や「CTO(Chief Technology Officer)」。最近よく耳にするようになった役職だが、土屋さんが注目するのは「CXO(Chief eXperience Officer)」だ。
「CXOは、デザインやユーザー体験に対する責任者のことです。今まで日本の社会には、経営層の中にデザインやユーザー体験に対して意思決定ができる人が少な過ぎました。また、UXデザインを語る上では、経営層の変革が常に課題だといわれていました。そんな状況を考えると、経営のレイヤーにユーザーを中心に考えられる人材を置くということは、これからの日本にはとても重要なことだと思います」
変化していくユーザーの生活の中で、どういう体験を提供していくのか考える必要がある今、経営も理解しながら長期的にユーザー体験をデザインできる人材が、今後は必要不可欠といえそうだ。

- 土屋尚史
- 株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 / CEO 1983年生まれ。Webディレクターとして働き、サンフランシスコに渡る。btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。UIデザインを強みにしたプロダクト開発でスタートアップから大手企業まで数々の企業を支援。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。2015年から海外拠点としてベルリン、台北に進出する。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。