「ストーリー」でターゲットを動機づけする
マーケティングにとどまらず、企業の経営戦略のキーワードとして今、「ストーリー(物語)戦略」が注目されている。今回は行動視点でストーリーの活用を考察する。
illustration:石川マサル(mi e ru)
話してくれた人
國田 圭作さん
前博報堂行動デザイン研究所所長、現博報堂行動デザイン研究所外部アドバイザー。1982年東京大学卒業、同年博報堂入社。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。近年は「健康行動」を喚起するための「健康行動デザイン」に関する研究と取り組みも行っている。
どうして11月1日は、「紅茶の日」になったのか?
新しい習慣を定着させたいなら、ある一日を記念日にしておくと「脳内フレーム」に記憶されやすく効果がある。以前にもこのことは解説してきた(01)。例えば、11月1日は「紅茶の日」として紅茶関連のプロモーションが各所で展開される。紅茶はスイーツとの相性がいいので、10月31日のハロウィンと重ねて、「ハロウィンパーティを盛り上げるアレンジティー」を提案する企業もある。日本ではコーヒーの伸びに比べると紅茶の需要はまだまだ潜在的だ。こうした提案を地道に継続していくことは重要だ。
日本紅茶協会のWebサイトには、「紅茶の日」の由来が記載されている。江戸時代後期に難破・漂流してロシアに辿りついた船頭、大黒屋光太夫が1791年の11月に女帝エカテリーナ二世に謁見、その後茶会に招かれ、日本人で初めて紅茶を飲んだことを記念した、という。大黒屋光太夫の物語は小説や映画にもなっているので、ご存じの方もいると思うが、その壮大な歴史ロマンと重ね合わせて聞くことで、「紅茶の日」のストーリーが胸に迫ってこないだろうか。こうした記憶に残る深い感動が「ストーリー戦略」には不可欠だ。
ルイ・ヴィトンの「沈まないトランク」のストーリーも歴史ロマンである※1。タイタニック号が遭難した際、ルイ・ヴィトンのトランクだけは沈まずに浮いていたという逸話のことだ(真偽は不詳)。当時、タイタニック号のような豪華客船を利用できた人は富裕層で、通例、大量の衣装を詰めた何個もの大型トランクとともに旅をしていた。道中で破損しない耐久性がトランクの価値であり、この物語は「富裕層に高く信頼された旅の道具」というブランディングに貢献する。
「行動の連鎖」をつくり出すストーリー戦略を立てよう
沈まないトランク」のストーリーしかり、「思わず人に話したくなる物語」(シンボリック・ストーリー)をブランドの事業戦略の中核に置くことによって、「顧客への提供価値」「競争優位性」「儲けの仕組み」という事業戦略の3要件が、バラバラにならずに有機的に統合されると考えるのがいいだろう(02)。
ブランディングにおいても「その価値が、人の口から口へと人づてに伝わっていく」ダイナミズムを確保することが重要になる。デジタルマーケティングで重視される「シェア」の発想をもっと積極的にブランド・コミュニケーションに導入していくことが必要だろう。
例えば、長尺のWeb動画は感動型のコンテンツに向いており、シェアもされやすい。「シンボリック・ストーリー」を動画コンテンツ化することで、その“感動力”がクチコミの連鎖反応を引き起こし、結果的にブランドの物語戦略に寄与することが期待できる。
ただし、「シェアされやすいから、感動するエピソードを探ってコンテンツにする」という短絡的なアプローチは、得てして手段の目的化になりがちだ。行動デザインの発想に立つと「行動の連鎖をつくり出す」という「目的意識」が必要なのだ。つまり、Web動画などを通じて語られるストーリーは、それを聞いた人に何らかの行動を動機づけるものでなくては意味がない、ということだ。
例えば、高額ブランドであれば、あるブランドの物語を聞いたときの感動がそのブランドを所有することの高揚感を生み出し、所有行為を正当化させることで、試用・購買行動の高い障壁を緩和する。これが行動デザイン視点での「ストーリー戦略」である(03)。
※Web Designing 2017年2月号掲載記事を転載