
【デザイナー3年目の教科書】自我を捨てて、課題に寄り添おう。木村浩康さん(Rhizomatiks)に聞いた 「インプット/アウトプット」を高めるコツ
新たな役割や課題に直面し、デザイナーとして次のステップを意識し始める“3年目”。第一線で活躍するデザイナーたちは、3年目に必要なスキルや視点をどのように身につけ、乗り越えてきたのでしょうか。印刷物からデジタルメディアまで、幅広い領域でアートディレクションを手がけるライゾマティクスの木村浩康さんに、「インプット/アウトプット」を効果的に行うためのアドバイスをいただきました。
答えてくれた人

木村 浩康さん(Rhizomatiks/Flowplateaux)
アートディレクター/Webデザイナー。人とテクノロジーの関係について研究しながらデザインプロジェクトや作品制作を行うクリエイティブコレクティブ「ライゾマティクス」に所属。印刷物からデジタルメディアまで一貫したアートディレクションを手がける。文化庁メディア芸術祭最優秀賞など多数受賞。
日々、自分の“好き”をアイデアの種としてストックする
優れたサイトを見たり、デザイン書を読んだりと、誰でもやっていることは割愛するとして、僕は自分のデザインの引き出しを増やすために、日々の生活や遊びの中からアイデアの種を探す癖を持つことを意識しています。
たとえば、我が家には5歳の息子が1人、猫が1匹いるのですが、彼らと生活を共にする中でも、アイデアの種をたくさん拾うことができます。
僕が当たり前に扱っているものが、息子にとっては扱いが難しかったり、逆にタブレッドなど電子機器は迷いなく扱えたり。猫に関しても、玩具として想定していないもので遊んでいたり、「どうやって上ったんだ?」と思うようなところからこちらを眺めていたり。
彼らの思考に自分を置き換えて、「なぜ、これを扱うのが難しいのだろう?」「その高さから見る部屋の景色はどう見えるのだろう?」などと想像を巡らせて、小さなアイデアの種をストックしています。遊びや日々の生活に習慣づけることは、労働とは違うものなのでストレスにもなりませんし、自ずと自分の“好き”なことがアイデアとして蓄積していきますよ。
効果的なアウトプットの初手は、「自我を捨てる」こと
当たり前のことですが、自由に表現を行えるアート作品と違い、デザイナーはデザインでクライアントの問題を解決し、社会実装する仕事です。ですので、どんなに面白いアイデアが浮かんでも、最初からそれを直球でぶつけても問題解決には直結せず、効果を生みません。
まずは自我を捨て、中立的に課題に寄り添うことを積み上げていくと、不足している部分がパズルのピースのように浮かび上がってきます。そうなると、日々貯めていたアイデアの中から最適なものが、ピースに合わせて形を帯びてきます。ここまできて、ようやく問題解決と自身のアイデアの歯車が合致して、つくることにワクワクする時間が始まるわけです。
アートディレクターが持ち合わせておくべき視点とは?
納品物のデザイン再現度が低くてがっかりした経験が、デザイナーなら誰しもあると思います。しかし、そもそもデザイナーによってデザインされたものは、最終アウトプットではありません。
紙であれば印刷屋さん、Webやアプリであればプログラマーが作ったものが最終形として納品されるわけです。つまり再現度が低いというのは、「最終担当者への情報伝達がうまく行ってない」ことが多いのです。
デザインの現場では、見た目の美しさを追いかけることばかりに囚われて、次の担当者に渡す“設計図”として成立させることをおざなりにしていることが非常に多いです。設計図としての役割を十分に果たせていないデザインの場合、プログラマーはデザインを可能な限り再現することに専念せざるを得ません。100%の完成度から、目減りしていくしかないのです。
一方で、きれいな設計図として機能するデザインならば、プログラマーが自身のアイデアを盛り込む余白が生まれます。そしてお互いのコミュニケーションから生まれる化学反応により、100%だったものが150%、200%へ、ものづくりが積み上がっていくのです。
化学反応を起こすために、デザインを手がけるデザイナー、そしてそれを監修するアートディレクターは、印刷、プログラミング、テクノロジーなど多くの知識を習得することが不可欠です。
木村浩康さんが3年目の自分へメッセージを送るなら…
3年目の僕は、仕事をそつなくこなせるようになり、デザイナーという職業で生活できていることに悦に浸っていたと思います。実務経験が実質2年の若手に任せられる仕事は、デザイナーというよりオペレーターの仕事に近いものでしたが、自分の夢や成長への期待が目の前の仕事の内容を遥かに上回っていました。
しかしデザインを商売にしていると、その均衡が崩れる時期が必ずやってきます。自分の目指す仕事をするため、転職するのもよいかもしれません。ただし、自分が成長できないのは、今の仕事の質が原因なのでしょうか。こなれた仕事は楽であり、決して楽しいものではなくなりますが、楽であることを「楽しい」に変えるには、自分で課題を見つけ、挑戦する必要があります。
デザイナーは自分の「好き」を社会実装できる数少ない職業です。憧れのアーティスト、映画、ゲーム、アウトドア……好きなものなら何でも構いません。その中からアイデアの種を見つけ、目の前にあるデザインにどう落とし込むか、考える癖をつけてみたらどうでしょうか。そんな小さな挑戦が少しずつ成長につながり、縮こまっていた表現の枠を壊してくれるはずです。
Text:掛谷泉、横塚瑞貴、室井美優(Playce)
※本記事は『Web Designing 2025年2月号』の掲載記事を一部引用・再編集しています。