《特別対談:tofubeats × GraphersRock》CDアートワークは音楽の世界観をどう伝えるのか? 「聴く」を「見る」に再構築するデザイン

音楽作品のアートワークは、聴覚での体験を視覚化して伝える翻訳的な行為ともいえます。DJ・音楽プロデューサーとして活躍するtofubeatsさんの作品ジャケットは、10年以上ずっとアートディレクターのGraphersRockさんが手掛けてきました。何から着想を得て、どのようにして聴覚を視覚へと再構築してきたのでしょうか。これまで手掛けた作品を振り返りながら、その変換方法についてうかがいました。

目次

音楽に伴走して進化する作品のビジュアル

––––tofubeatsさんの作品のジャケットデザインは、メジャーデビュー前からGraphersRockさんがずっと手がけられていますが、お2人はどのようなきっかけで出会ったのですか。

GraphersRock(以下、GR 僕はtofubeatsがインディーズ時代にリリースしていた「Maltine Records」というレーベルでデザインを手掛けていたので、2009年ごろには面識はないけれど、お互いの活動を認識している状態でした。

当時からデザイン学校で講師も務めていて、生徒にロゴをつくる課題を出した授業で僕も模範的に何かロゴをつくろうと思い、その日ちょうど聴いていたtofubeatsのロゴをつくったことがありました。それがいい感じに仕上がったので、本人に送ったのが知り合ったきっかけです。そのロゴは今でも使ってくれています。

tofubeats(以下、TB) ロゴをきっかけに友人になり、2012年にリリースした「水星」のレコード盤は自主制作だったので、自分で写真を使ってジャケットをつくったのですが、納品データの作成方法がわからず、(GraphersRockこと岩屋)民穂さんにボランティアで手伝っていただきました。

ちなみに、「水星」のデジタル盤のジャケットは、今もずっとお願いしているイラストレーターの山根慶丈さんに最初に描いてもらったものです。山根さんは、今みたいに流行る前から80年代シティポップ調の絵を描いていて、インターネットで見かけていいなと思い依頼したのが、最初のきっかけです。

GraphersRockさんが2009年に制作し、現在も使用されているtofubeatsさんのロゴ

––––それから10年以上に渡り、ずっとGraphersRockさんや山根さんにジャケット制作をお願いし続けているのは、どういった理由からでしょうか。

TB  もちろん、単純にデザインがいいというのは大前提ですが、ずっと同じ方にお願いすることで、僕の気分の移ろいで音楽が変化するのと伴走するように、デザインも変化していくのがいいなと思っています。

別の人がデザインするのでは、座標が揃わずマチマチになってしまう感じがして。イラストをずっと山根さんにお願いしているのも、同様の理由です。あとから振り返ったときに、アーカイブとして統一感があるというよさもありますね。

1990年生まれの音楽プロデューサー・DJのtofubeatsさん。2007年頃よりtofubeatsとしての活動をスタートする。ソロでの楽曲リリースやDJ・ライブ活動をはじめ、さまざまなアーティストのプロデュース・客演、映画・ドラマ・CM等への楽曲提供から書籍の出版まで、音楽を軸に多岐に渡り活動している。https://www.tofubeats.com/

––––GraphersRockさんのデザインは、どんな点がよいと感じていますか。

TB  こちらのやりたいことを受け取ったうえで、それに対して自分のエッセンスをどう入れて伴走すべきかを考えてくれて、そのバランス感覚がよい点です。何をやってもきちんと“民穂さんらしさ”があるのですが、自分の好みとしてそういう人に頼みたいというのもあります。

GR  tofubeatsの仕事に限らず、デザインをする際には、自分のやりたい部分と依頼主のやりたい部分で重なるところを探すようにしています。ただ依頼されたことをそのまま形にするだけではなく、先方の目的をデザイナーの立場からさらにアップデートできたらと思っていて。

アートディレクター / グラフィックデザイナーのGraphersRockさん。インディーズからメジャーレーベルまでさまざまな音楽に関わるデザイン制作やアパレルブランドへのグラフィック提供など、企業とのコラボレーションを通じ、幅広い分野でアートワークを展開している。https://www.graphersrock.com/

TB  あと資料展開の仕方など、仕事としての進めやすさや納期に向けた進行の気持ちよさがダントツです。一緒に仕事をしていて、気持ちいいって大事なことじゃないですか。

––––それはつまり、きっちりしているということですか?

TB  はい。音楽業界はそれが苦手な人が多いのですが、僕はきっちりしているのが好きで。僕らは、比較的きっちりしているほうだと思います。

解像度を上げすぎず少し捻ったアウトプットに

––––tofubeatsさんは、ジャケットデザインを依頼する際、どの程度作品コンセプトや盛り込んでほしい要素などを言語化して伝えていますか?

TB  曲を聴いてもらい、コンセプトは「スポーツをテーマに」とか「静物モチーフで」など、本当に数百文字程度の簡単な文章で伝えるだけです。基本的には、「民穂さんにお任せする」というスタンスです。

GR  クライアントワークで「おまかせします」と言われてつくったのに、あとからいろいろ言われるというのは“あるある”ですが、tofubeatsは本当に任せてくれるので、ある意味一番怖いクライアントです。

毎回、わりと具体的ではないざっくりとしたテーマしか出されないのですが、それでもお互いに意思疎通ができた、大きくズレすぎないものになるよう心がけています。

TB  コンセプトを伝えても、そこに民穂さんの解釈が入るので、そのまま直接的なアウトプットになるわけではありません。僕のイメージのまま上がってきても、つまらないですから。

そもそも音楽自体1人でつくっていて自分の濃度が高いものなので、ジャケットのデザインまで事細かに指示を出して、僕の持つイメージが解像度高く伝わりすぎてしまうのを避けたいんです。曲から受けるイメージは聴く人それぞれで違ってくると思うので、コントロールしすぎによる印象の固定化を避けたいという考えがあります。

––––山根さんのイラストへの指示は、どちらがどのようにされているのでしょうか。

TB  僕からざっくりしたお題を投げることもありますし、民穂さんが指定することもありますし、山根さんに完全にお任せの場合もあります。毎回2〜3点ラフを描いてくれて、その中から選んだものを仕上げていただきます。山根さんからのアイデアをもとに組み立てていく場合もあるので、ラフが上がってくるのがとても楽しみなんですよ。

メジャーデビューシングル「Don’t Stop The Music」のジャケットデザイン

––––GraphersRockさんや山根さんに委ねることで、第三者的な視点を求めているということもあるのでしょうか。

TB  そうですね。僕とは違った耳で聴いてくれることで、客観視してくれる役割を期待しているところもあります。デザインが上がってきたら、なるほどと唸る場合もありますし、びっくりすることも多くておもしろいです。

でも、なぜそのイラストや色にしたのかは、無粋なので聞きません。そこから、「こんな感じの印象を持たれたんだ」ということが、次回作へのフィードバックにもなりますし。

––––リリース告知などで、曲を聴く前にジャケットデザインを見る方も多いと思います。作品の世界観を共感させるため、意識している点はありますか?

GR  共感を呼びたいとは、あまり考えていません。例えば、Joy Divisionなどを輩出したイギリスのインディーズレーベル「Factory Records」では、ずっとピーター・サヴィルがデザインを手掛けていましたが、パンクに影響を受けている音楽なのにロシア構成主義のような静的で整然としたデザインがインパクトになっていました。自分でも、曲調をストレートに表現するよりは、そうした裏切りというか、捻りを入れたいというのがあります。

TB  僕や山根さんも含め、変化球を投げたいというのはありますね。

デジタル配信が主流になる時代のジャケットの役割

––––この10年ほどでサブスクリプションが浸透し、音楽を聴く手段もCDからデジタル配信へと移行してきました。その変化は、ジャケットデザインに何らかの影響を及ぼしましたか?

GR  若い世代の間では、ジャケットデザイン=配信サイトのアイコンという認識になっている印象があります。「いかにクリックされやすいアイコンか」が求められるようになったのは、少し寂しさを感じます。

ただ、小さなアイコンであっても何か存在感を感じる目を惹くデザインにすることを心がけていたり、最近は印刷前提の物を配信用に置き換えるのではなく、はじめからRGBのビビットな色味でスクリーン上でどう見えるかを重視したりするようになってきました。

––––GraphersRockさんのジャケットデザインは、特色を使ったり紙質にこだわったりされるものも多いですが、デジタルだとそうした工夫ができないという違いもありますね。

GR  僕は「物理的に形に残るものをつくりたい」という思いが強くて、実在するモノをデザインするのが一番興奮します。紙質で手触りが変わったり、インクの工夫でマットと光沢との差を出すようにしたり、デジタルよりも圧倒的に多い情報量で視覚以外の感覚をデザインできる点も理由の1つです。

CDやレコードをわざわざ買ってくれた方には、モノで購入したからこその喜びを感じてもらいたいです。特にLPなどはサイズが大きいので、飾って楽しめることも考えて文字をあまり入れないようにしています。

TB  レコードはアートピースでもありますよね。

GR  物理的なジャケットと配信のアイコンは見られ方が違うので、同じデザインを使うこと自体がもはや無意味だと思っていて。それぞれに特化した見せ方でつくり分けできればよいのですが、ジャケットのデザインを変えると品番も変えなければいけないというレコード業界のルールがあって、難しいんですよね。

そのため、一番力を入れた初回限定盤などのデザインを配信のアイコンとして使えないという不便さもあります。

TB  物理的な耐用年数があるものの、CDやレコードなどのモノで残すと歴史にカウントされ、アーカイブされやすいというメリットもありますよね。

––––10年以上同じメンバーで制作してきて、これまでのジャケットデザインを振り返ると、どのような変化を感じますか。

TB  だんだんみんな大人になって、シンプルになってきている印象があります。同じメンバーで共に変化してきたという定点観測的な見方もできるので、振り返ってみてもおもしろいです。

––––イラストも、ずっと同じ方が描いてるともっと均質化しそうなのに、変化に富んでいますよね。

TB  山根さんのイラストも変わりましたね。以前は女性のモチーフが多かったのですが、2018年にリリースした「RUN」のころから、マスキュリン(男性的)なものが多くなってきました。山根さんは数年前から、基本的に商業イラストは受けない方針になったのですが、僕は昔から依頼してきたからと続けてくれています。

4thアルバム「Run」のジャケットデザイン

––––イラストも、ずっと同じ方が描いてるともっと均質化しそうなのに、変化に富んでいますよね。

GR  配信がメインとなってきていますが、レコードやCD等、パッケージで手に取れる媒体じゃないとできない表現を追求していけたらと思っています。

TB  僕としては、今後もジャケットのデザインをお願いできるよう、長く作品をリリースし続けられたらと思います。

▶︎関連記事
《人気12作品を本人が解説》tofubeats × GraphersRockが語る、アートワークデザインの制作舞台裏

取材・文:平田順子、写真:黒田彰
※本記事は「Web Designing 2025年4月号」に掲載された内容を一部再編集して制作しています。

  • URLをコピーしました!
目次