人気料理研究家・小堀紀代美さんに聞く、“愛されるレシピ”が生まれるまでのストーリー

予約がなかなか取れない料理教室を運営する小堀紀代美さん。話題のレシピの裏側には、小堀さんの想いと工夫が詰まっています。料理家になったきっかけと、レシピを形にするまでのストーリーなどを伺いました。(『Web Designing 2025年4月号』 特集「デザインとストーリー」より抜粋)

教えてくれた人

小堀 紀代美さん

料理教室「LIKE LIKE KITCHEN」主宰/料理家。東京・富ヶ谷にあったカフェ「LIKE LIKE KITCHEN」でオーナー兼料理人を務めたあと、現在は同名の料理教室を主宰。旅先で出合った味からオリジナルレシピを生み出すことが得意。雑誌や書籍、テレビ、YouTubeなど各メディアでも活躍中。
YouTube:https://www.youtube.com/@kiyomikoborilikelikekitchen

目次

始まりは、約15品のレシピ
他分野から料理家の道へ

私は料理家になる前、分野の異なる仕事をしていました。「LIKE LIKE KITCHEN」というカフェを始めたのも、インテリアや空間づくりが好きだったから。料理よりも、人々の交流が生まれる場所をつくりたいと思い、お店をオープンしました。実家が洋菓子店を営んでいた影響もあり、私にとって「食べ物をつくること」は身近な存在でしたが、本格的に料理を始めたのはカフェ運営がきっかけです。

メニューは、友人に振舞っていた料理やリクエストの多かったお菓子をもとに、約15品からスタート。同じメニューを繰り返し注文してくれるお客様が多かったことを覚えています。

そんなある日、お店を閉めることに。せっかくの空間を無駄にしたくないと感じていたところ、お客様から「料理を教えてほしい」との声をいただき、同名の教室を開業しました。

その後、カフェで知り合った方から書籍の話をいただいたり、SNSの発信をきっかけにレシピの提供依頼が増えたりと、料理家としての仕事が広がりました。人との縁とタイミングが重なり、料理家の道を歩み始めたのです。

カフェ運営を通して生まれた
レシピづくりの視点

カフェを運営していた際、レシピづくりでもっとも意識していたのは「いつつくっても美味しくできるように」ということです。

家庭料理であれば、そのときの気分や自分の好みで味を整えながらつくることが多いですよね。私自身も、料理はそのように自由でいいと思っています。しかし、お店を運営する立場であれば、お客様に「今日は美味しい」「今日は美味しくない」と思わせてしまうことは絶対に避けるべきだと強く感じていました。

お客様は、毎回変わらぬ美味しさを求めて来店してくださいます。その期待に応えるためにも、分量や調理時間などをしっかりと数値化し、同じようにつくればいつでも美味しい料理を提供できるようにと心がけていました。

料理家としてレシピを考案する現在でも、初めてでもレシピ通りにつくればいつでも「美味しい」のストライクゾーンに入れるように、ということを意識しています。カフェ運営を通して得た視点は、現在のレシピづくりにも活きていると思います。

素材の掛け算と旅の経験から
日常を彩るレシピを考案

私のレシピの特徴は、「家とレストランの間」のような、手軽でありながら華やかさを感じる家庭料理です。例えば、ごはんにお味噌汁、焼き魚といったお馴染みのメニューがあるとします。そこに味や旨味を重ねることで、いつもと違う新鮮な味わいを楽しめるようなレシピを目指しています。

調味料は足し算で味を重ねていくイメージですが、調理法はシンプル。手間をかけずとも毎日の食事を特別に感じてもらえるよう意識しています。私のレシピを通して、「美味しくて幸せ」「息抜きになった」など、誰かの1日に「よかった」と思ってもらえるような、プラスの要素を届けられたら嬉しいですね。

私のレシピづくりは、基本的に紙の上から始まります。季節の食材や素材、調味料などを紙に書き出し、そこから掛け算と足し算をするイメージでレシピを考えています。

材料の組み合わせについては、本を参考にすることも多いです。AからZまでの食材が紹介され、それぞれに相性のよい食材やスパイスなどが一覧で並んでいる本があるのですが、その本を眺めていると、思いがけない組み合わせに出会うことがあります。例えば、「大根にバジル」。日本では大根に合わせるなら大葉が定番ですが、バジルを使うことで一気に洋風に変わります。こうした素材の掛け合わせをヒントに、調理法や味付けを考えています。思った味にならないこともありますが、試作を重ねながら理想の形を探るのが、私のやり方です。

小堀紀代美さんのレシピは、紙の上に羅列した食材の組み合わせから生み出されることが多いという。また、旅先で出会った味を自分なりに解釈し、レシピを考えていくことも。掛け算と足し算で「自分だけの味」をつくっている

また、旅行が好きな私は、旅先で出会った味を自分なりに解釈してレシピにすることも多いですね。旅行の際には、必ず食べる料理を1つ決めて、同じものを食べ続けることが習慣になっています。例えばロシアではボルシチ、ギリシャではムサカなど、同じ料理でもお店ごとにベースの味付けやアプローチが違うので、「自分のつくりたい味」を見つける手がかりになります。

帰国後は、現地での味わいを思い出しながら、「日本の家庭でつくるには?」「調理法を変えたらどうなる?」など、自分なりのエッセンスを加えながら、レシピを完成させていきます。現地のつくり方とは異なる部分もあるかもしれませんが、料理を食べた人が旅をしている気分になってくれたら嬉しいです。

多忙でも取り入れやすい
料理教室のレシピアイデア

料理教室で紹介しているレシピは、毎回5品ほどのコース仕立てにしています。ジャンルは和風、中華風、洋風とランダム。1品メインとなる料理を決めて、その料理に合ったサイドディッシュを組み合わせる形で、メニューを考案しています。バラエティー豊かな食体験を楽しんでもらえるようにと、各料理に「甘い」「酸っぱい」「辛い」など異なる味わいを取り入れることも意識しています。1品メニューを変えるだけでも全体のバランスが崩れてしまうので、納得のいくメニューが完成するまでは、長い道のりです。

さらに、調理法も「炒める」、「煮る」、「蒸す」、「揚げる」、「オーブンで焼く」といった、さまざまな方法を取り入れています。料理教室では時間が限られているため、これらの調理法を上手に組み合わせて、同時進行で作業を進められるよう工夫しています。

なかでも「オーブン料理」は、とても便利です。普段使い慣れていない人も多いですが、オーブンに入れておけば、途中でかき混ぜる必要もありません。手が離れるので、他の料理をつくったり、洗い物を片付けたりすることもできます。時間を有効に活用できるので、働くお母さんなど、忙しい日常を過ごしている方の助けになればと思い、紹介しています。

「LIKE LIKE KITCHEN」で紹介しているメニューは5品。それぞれの料理で味わいや調理法を変え、食事の楽しさと調理の効率化を両立。その場でつくったものを食べていただくことでリアルの味を

そして、料理教室のレシピの中には、帰り道で材料を買ってすぐにつくれるような、簡単で手軽なものも必ず1品取り入れています。料理教室でつくったものを食べて「美味しかった」と思ってもらえるだけでも嬉しいのですが、「お家でもやってみよう」「今日の晩ごはんに取り入れてみよう」と思ってもらえると、何より嬉しいんですよね。だからこそ、参加者が家庭で試しやすいレシピを紹介することを心がけています。

また、料理教室の参加者から、「これは何日保ちますか」と聞かれることもよくあります。私はあまりつくり置きをするタイプではないので、そんなときに紹介しているのが、ソースやドレッシング類です。食材にかけるだけで味が引き立ちますし、炒め物の調味料として使うこともでき、料理の幅が広がります。もちろん、市販のものも美味しいですし、とても便利なのですが、自家製のソースやドレッシングを使うことで、少しでも料理上手になった気分を楽しんでもらいたいと思っています。

お皿やスタイリングで
「非日常」のひとときを

料理教室では、お皿やテーブルのスタイリングにもこだわりを持っています。特にお皿選びは、料理の色や季節感を考慮しながらセレクトしています。シンプルな料理には柄の入った器を使う、簡単なマカロニサラダを和食器に盛ってみるなど、アクセントを意識して選ぶことが多いです。カフェを経営していた際も、フランスのヴィンテージ食器や、北欧アンティークのお皿を数多く取り入れ、テーブルの上が少しでも楽しくなるようにと意識してスタイリングしていましたね。

毎回お皿やテーブルのスタイリングを変える理由は、料理教室ではあるけれど、お店に来たときのような「非日常」を楽しんでほしいという思いがあるからです。

料理教室に参加してくれるのは、主に女性たち。主婦の方、働いている方と立場はさまざまです。いまでは好んで家庭料理に取り組んでくれる男性も増えましたが、家事はまだまだ女性が中心を担っている現状がありますよね。だからこそ、外に出たときくらいは楽しい気分になってほしい。その意識が、お皿やスタイリングにつながっていると思います。

料理教室「LIKE LIKE KITCHEN」のレッスンでは、料理だけでなくお皿やテーブルのスタイリングにもこだわり、「非日常感」を演出。料理教室に訪れた人たちに、日々の疲れを癒す、楽しいひとときを提供している

実際に、スタイリングを楽しみに来てくれる方も多くいらっしゃいます。料理を「美味しかった」と言ってもらえるのはもちろん嬉しいですが、「教室で過ごした時間が楽しかった」と言ってもらえる瞬間も、とても嬉しいです。料理を楽しみながら、リラックスできる空間で心地よいひとときを過ごしてもらえたら、それが何よりの喜びです。

YouTube配信も開始
料理の楽しさを伝え続ける

料理教室を始めて約13年が経ち、「伝える」ことが自分に合っていると実感しています。

新たな挑戦として、2025年1月に、コロナ禍の時期に少しだけ運用していたYouTubeチャンネルを再始動しました。教室で伝えてきたレシピやコツを、自分のペースで発信していきたいと考えています。


また、書籍づくりにも力を入れていくつもりです。デザイナーやスタイリスト、ライターなど多くの方が関わる書籍づくりは、勉強になることも多いです。今後も食に関する知識を取り入れながら、日々の暮らしに「プラス」の要素を与える料理を発信していきたいです。

書籍情報

予約のとれない料理教室 ライクライクキッチンのスパイスルール

●定価(紙/電子):1,991円(税込)
●著者:小堀紀代美
●判型:B5/112ページ
●ISBN:978-4-8399-87442
●発売日:2025年8月27日

予約のとれない料理教室「LIKE LIKE KITCHEN」の
いつもの味がもっとおいしくなるスパイス料理をお届けいたします。

毎日の料理に楽しみが広がる風味豊かなスパイスと使い方。
定番のおかずから副菜、万能だれ、スープやパスタ、おやつまで…
いつもとひと味違う新鮮な味わいに料理上手になった気分になれる
スパイスルールとレシピをご紹介しています。

普段使いの生姜やにんにく、黒胡椒だってスパイスです!
自由に、気軽に、いつものお料理に“ひとつまみ”加えてみてください。

<目次>
はじめに
いつもの味がもっとおいしくなるスパイスルール
〈スパイスルール1〉基本のスパイスを知る
〈スパイスルール2〉スパイスの形を知る
〈スパイスルール3〉スパイスの使い方を知る
Part1 大きいおかず
Part2 小さいおかず
Part3 スパイスだれ&スパイスミックスソルト
Part4 スープとごはんとパスタ
Part5 スパイスのおやつ
スパイス索引

インタビュー・文:室井 美優(Playce)
※本記事は「Web Designing 2025年4月号」に掲載された内容を一部再編集して公開しています。

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