自社の力で編み上げた新卒採用サイト

パートナーシップにより社内にデザイン組織をつくる

自社の採用サイトづくりを、Web制作会社に丸投げしていないだろうか? 確かに経験豊富なWeb制作会社なら採用サイトづくりの引き出しも多く、簡単なヒアリングだけでもツボを押さえたものが出来上がるだろう。しかし、そのプロセスでできた求人サイトで、企業の本当に望む人材が集まるだろうか。

企業が求める人材を集めるには、自分たちがどんな会社か、どんな人材を求めているのかをハッキリと伝える必要がある。採用サイトづくりでは、企業がその点を主体的に考えて制作会社に伝えることが望ましいが、企業の日常業務に携わっていない制作会社とのやり取りでは、話の齟齬や思いの温度差が生じてしまう懸念もある。一番良いのは、企業の理念や思いを社員自らが採用サイトに込めていくことではないだろうか。

もちろん、デザイン会社ではない一般の企業がWebサイトをつくり上げるのは、実際にはなかなか難しい。しかし、SBI証券の新卒採用サイトは、社内の社員が、しかも昨年入社したばかりの新入社員が制作の指揮に当たったという。そして、そんな採用サイトづくりのウルトラCをやってのけた背後には、UI/UXに特化したデザイン会社、グッドパッチとのパートナーシップがあった。

 

限られた時間の中で成果を出していく

話は、今年の新卒採用サイトが出来上がる数年前に遡る。前職も金融業界でマーケティングを担当していた阿部佳明さんは、3年前、SBI証券に入社する際に、「UXの共通化」という課題を託された。

「SBI証券には複数の金融商品・サービスが存在していますが、それまでは部門ごとに縦割りで開発が行われていたためデザインが共通化されていなかったのです。そこにUXデザインという『横串』を通してほしいと伝えられました」

阿部さんは、当時のデザイン担当と話し合いを重ねながらUXの共通化を図ろうとしたが、なかなか思うようにいかなかったという。悶々とする時間ばかりが過ぎていったが、そんな状況の中で出会ったのが、UXデザイン会社のグッドパッチだった。

阿部さんは、グッドパッチに協力を仰ぎながら、社内にUXデザイン組織をつくり上げたいと考えた。グッドパッチ側も「SBI証券にデザインカルチャーをインストールすることだ」と考え、協力を引き受けた。しかしパートナーシップを組むにあたって、グッドパッチから阿部さんに予想外の一言が投げかけられた。

「自律したデザイン組織をSBI証券の中につくる上で、私たちがいつまでも関わり続けるのが良いとは思いません。2年を目安と考えてください」

そこから、SBI証券とグッドパッチの怒涛の歩みが始まった。最初にとりかかったのが、SBI証券のスマートフォンサイトの構築だ。SBI証券の社内には、まだUXデザインの費用対効果に対して懐疑的な声もあり、早い段階で結果を出す必要もあった。そこで阿部さんは仮説から検証までのサイクルを約1週間という驚異的なスピードで回し、主要KPIの達成率を7.6%→9.6%に高めることに成功した。

3年前、SBI証券では複数の金融商品ごとに縦割りで開発を行っており、UXデザインがバラバラの状態だった
SBI証券に入った阿部さんは、こうした状態に横串でデザインを管理するチームづくりを目指した
UXデザインの統一では、費用対効果に対する疑念から周囲の協力を得られないこともあったという。そこで阿部さんは、まずスマートフォンサイトのリニューアルに着手。5日間で実施するデザインスプリントという手法を用いて、準備から仮説検証までを短期間でやり遂げた
リニューアルしたSBI証券のスマートフォン用サイト。主要KPIの達成率は7.6%→9.6%へと改善したという。この成果により、社内の多くの人がUXデザインの重要性に理解を示すようになり、UXデザイン室の設置へと繋がった

 

学生が求めるものを近い視点で考える

こうした経緯を経て起ち上がった同社UXデザイン室の次なる課題が、新卒採用サイトの改善だ。「従来の新卒採用サイトでは自社の魅力を伝えきれていないのではないか」という相談を受けた阿部さんは、新卒採用サイトの管理をしている人事部へヒアリングに出向く。その際阿部さんは、わずか半年前にデザイン室に配属されたばかりの新人、柿澤丈一郎さんを同行させることにした。

阿部さんは、新たにつくる新卒採用サイトを柿澤さんに任せようと考えていた。ついこの間まで学生だった彼なら、新卒採用に応募する人と近いユーザー目線でサイトを設計できるだろう、という思いがあったからだ。

抜擢された柿澤さんは、新卒採用サイトの構築に必要な作業をほとんど一手に引き受けた。進行スケジュールの作成に始まり、どういう人に来てほしいか、SBI証券にはどんな魅力があるか、そして従来の新卒採用サイトには何が足りなかったのかといった課題の洗い出し、さらにはサイト構造(ワイヤーフレーム)の組み立ても自ら行った。

サイトの構造が見えてくると、次はコンテンツとなる社員インタビューへと取り掛かるが、柿澤さんはインタビュー内容の設計から文章執筆まで行ったそうだ。

グッドパッチは、こうした柿澤さんのディレクションに対し「実はほとんど後ろで見守るだけでした(グッドパッチ・畠山糧与さん)」という。グッドパッチは、「自らがやってみせる」「一緒にやる」「役割を任せていく」という段階を踏んでSBI証券のデザイン組織づくりをサポートしてきており、柿澤さんが新卒採用サイトをつくるときには、すでに一連の流れを吸収していた。要所で専門家ならではの助言を行なったものの、ほぼ柿澤さんの力だけで新卒採用サイトが完成した。

SBI証券の2019年度新卒採用サイトでは、前年SBI証券に入社したばかりの柿澤さんをディレクターに抜擢し、コンテンツの設計からスケジュール管理まで任せた
先輩社員の声を集めた「INTERVIEW」コーナーでは、手書きのキャッチコピーを載せるなどして親近感を持たせた。このアイデアも柿澤さんの発案

 

UXデザイナーの業務を社内で完遂

出来上がった新卒採用サイトには、ついこの間まで学生だった柿澤さんならではの考えが随所に盛り込まれている。

例えば先輩社員のインタビューでは、「SBI証券でどのような経験をしてきたか」といった内容がフォーカスされている。これは、「その会社でどんなキャリアを身につけられるのかを知りたいはず」だという、柿澤さんの考えが反映されている。また「よくある質問」コーナーでは、柿澤さんをはじめ他の新入社員が入社時にどんなことを知りたかったのかを、丁寧にヒアリングして掲載している。

デザインやコーディングといった部分はグッドパッチが担っているが、インタビューコーナーに手書き文字のようなフォントを使うことで、固すぎる印象を避け親しみやすさを出そうというのも柿澤さんのアイデアだ。サイト全体のトーンまで含め、通常Web制作会社のディレクターが行う役割をすべて、SBI証券の中にいる社員がやり遂げたと言っていいだろう。

今年の新卒求人は始まったばかりで、応募状況などの数字が現れてくるのはこれからだ。しかし、新卒対象者の気になるツボをしっかりと押さえたこの採用サイトが、学生たちに響くことは間違いないだろう。

「新人採用サイトに限ったことではありませんが、SBI証券さんは自分たちでやり遂げようという意識が非常に強いと感じました」と、グッドパッチの長岡宏さんは振り返る。新卒採用サイトはそんなSBI証券の主体性の高さが結実した一つの形であり、SBI証券の魅力や求める人物像をダイレクトに伝えることに成功している。

この採用サイトを見た人物が、やがて第二、第三の柿澤さんに成長していく日も、きっとそれほど遠い先のことではないだろう。

採用サイトを検討するにあたって、柿澤さんは付箋を使って自社の立ち位置をマトリックスで整理した。また、競合だけでなく異業種の採用サイトの研究も丹念に行ったという
通常ならWeb制作会社側で行うスケジュール管理も柿澤さんが担当した。タスクの洗い出しなどは知識や経験が必要だが、それらを主体的に行うことで会社主導によるUXデザインが根付いていく
グッドパッチは、企業のデザイン支援を行う傍ら、デザイナーに特化したキャリア支援サービス「ReDesigner」も展開している。デザイナーのスキルを理解し、さらにはデザイナーの育成も視野に入れながら、デザイナーを求める企業につなぐサービスだ https://redesigner.jp/
株式会社SBI証券マーケティング部UXデザイン室に所属している柿澤丈一郎さん(右)。UXデザイン室に配属されて半年程度で新卒採用サイトを任され、各部署へのヒアリングなどに奔走した
阿部佳明_Yoshiaki Abe
株式会社SBI証券 マーケティング部 UXデザイン室長
長岡 宏_hiroshi Nagaoka
株式会社グッドパッチ デザインディビジョン マネージャー
畠山糧与_Ryousei Hatakeyama
株式会社グッドパッチ デザインディビジョン UXデザイナー
  • URLをコピーしました!
目次