異なる視点を持つ3人のクリエイターが考えた「『よいWebサイト』ってなんだろう?」
今、どんなWebサイトが「よいサイト」なのでしょうか。今回は、異なる得意領域を持つ3人に、それぞれの視点からその基準を考えてもらうことにしました。登場いただいたのは、「WebGL総本山」エンジニアの杉本雅広さん、LINEヤフー UXデザイナーの渡邊陽介さん、シフトブレイン CDO デザイナー アートディレクターの藤吉匡さん。果たして答えは見つかる? そもそも会話は噛み合う?(前後編の前編)
多様化するWebの今を、多様な3人で考えてみる
編集部 今回はシフトブレインのデザイナー・アートディレクターの藤吉匡さん、読者の皆さんにもおなじみ「WebGL総本山」を運営するエンジニアの杉本雅広さん、LINEヤフーのUXデザイナー・渡邊陽介さんと、それぞれ異なる領域で活躍するお三方にお集まりいただき、今の時代の「よいWebサイト」とはどんなものかを考えてみようと思います。
藤吉匡(以下、藤吉) しかしなぜ、このメンバーで?
編集部 突っ込まれると思っておりました(笑)。端的に言いますと、今の多様化したWebについて考えるなら、多様なメンバーに集まっていただくのが筋だろうと考えたというわけです。
杉本雅広(以下、杉本) 大胆な企画ですよね(笑)。私も話をいただいた時には正直戸惑ったのですが、事前アンケートの結果を見て、俄然、興味が湧きました。
渡邊陽介(以下、渡邊) 私もです。お二人のセレクトしたサイトが、自分が普段見ているものとまったく違うことがわかって、ぜひ話をしてみたいと思いました。
藤吉 この3人、近くにいるようで、実は遠いところにいるんですよね。今日は、新しい視点に触れることができるだろうと楽しみにしています。
編集部 違いの中から何か共通項が見つかるといいなと思っています。ではまず、藤吉さんがセレクトしたサイト(右段参照)を見ながら、意見交換をしていこうと思います。
※今回の座談会は、3人に「近年のWebサイトで“よい”と感じたものは?」「よいサイトの基準はどんな点にあると思いますか?」といったアンケートを行った後に実施しています。

アナログ的な表現と時を超えて生き残る力
杉本 藤吉さんが挙げた最初の2つのサイト、「The Unconventional Gallery」と「すべてのお母さんに、ありがとう。」はいずれもWebGLを使っていますよね。公開されたのは少し前ですが、今の目線で見ても驚くほどに技術レベルが高いサイトです。
藤吉 両者ともデジタルっぽさが薄くて、アナログ的なものに触れているような印象を受けるサイトなんです。前者は美術館で作品を見て周る感覚を、後者は日本語が持つ質感を上手に表現していると思います。
渡邊 どうやってここまで質の高い体験に仕上げているのでしょう?
藤吉 杉本さんの言う、「高い技術」の使い方がうまいのではないでしょうか。両者ともユーザーの操作は基本的にスクロールだけ。動きに自由度はないけれど、そのぶん、タイミングや軽快さといったところを突き詰めている。それが使いやすさや気持ちよさを生んでいるのではないかと。
杉本 そうした感覚を実現するために、数え切れないほどの調整を繰り返しているんじゃないかと思いますね。
編集部 3つめの「In Pieces」はかなり古いサイトですね。
藤吉 これは10年近く前のサイトです。時を超えて生き残ったサイトには力があるなと思ってセレクトしました。
渡邊 私は今回挙げていただいた中でこれが一番好きなサイトです。「どう収益化しているんだろう」と気になったのですが(苦笑)、本当によいサイトをつくれば、それとは違う価値が生まれるのだろうな、と感じています。
藤吉さんが選んだ「よいサイト」
「デヴィッド・シュリグリーの作品を紹介する3Dギャラリーサイト。“美術館で作品を見て周る”体験をここまで再現できているサイトはなかなかないと思います」(藤吉さん談・以下同)
「2022年の母の日に公開された、手の込んだ一通の手紙のようなサイト。日本語の持つ“質感”をよく表現できていて何度も見たくなります」
「30 species(30種)の絶滅危惧種を30 pieces(30個のパーツ)で表現するという、コンセプトと絡めたイラストのルールがユニーク。公開されてまもなく10年になります」
高い技術を用いてよい体験を生み出すサイト
編集部 杉本さんは、WebGLのすごいサイトを紹介くださっています。
杉本 最初に挙げた「Igloo Inc.」は2024年の…いや、これまでのWebGLを使ったサイトの最高峰ではないかと思っています。
藤吉 このサイトは「Awwwards」でも取り上げられ、評価されています。
杉本 カーソルに合わせて動くグラフィックの質感の高さ。トランジションの自然さ。それらを実現しながら、どうしてここまで軽く動かせるのか、と。
藤吉 2つ目の「Fit Song」のリリックビデオも軽いですよね。スクロールにあわせて、早送りや巻き戻しのスクラッチ操作ができてしまう。
杉本 このコンテンツは一見、動画のように見えると思うのですが、実はWebGLの技術を使って、オーディオと3DCGを同期させています。Webの可能性を広げたとも言える、画期的な実装だと思います。
藤吉 どちらも軽快なパフォーマンスがいい体験をつくり出していますね。
編集部 渡邊さんはどう感じますか。
渡邊 こういうインタラクションをつくってほしいという要望がユーザーの発話から出てくることは、まずありません。だから普段の仕事でこうしたサイトをつくることはないと思うのですが…ただ、つくり手の徹底したこだわりが、いい体験を生み出すことがあるんだなと気付かされました。
編集部 なるほど。Web制作の幅の広さを感じさせる感想ですね。あ、杉本さんはもう一つ、「Porter Robinson」も挙げていますね。
杉本 これは、ここまで3人の共通項になりそうだった、「いい体験」への流れを壊す問題作です(笑)。いったい誰に何をさせようと思ってつくっているのか…。ただ、この背景には、我々エンジニアがビビり散らかすような、凄まじい技術がありまして…。
藤吉 ビビり散らかす(一同笑)。
杉本 こういう、他では見ないような、謎のサイトが存在するのもWebのよいところと考えて選びました。
杉本さんが選んだ「よいサイト」
「WebGLを使ったWebサイトの、最高峰と言えるであろうサイト。グラフィックの質感、トランジションの自然さ、細かな部分のつくり込み。そして何よりそれが軽快に動くことに驚かされます」(杉本さん談・以下同)
Fit Song – Auto&mst x no.9 feat. Salasouju [Lyric Video]
「さまざまなAPIなどの機能を駆使しながらも、負荷を抑えるそのつくり込み度合いは凄まじく、ある意味で動画を超えている。Webの可能性を切り拓くサイトだと思います」
「アメリカのアーティストのサイト。技術的には高いものがあるが、その中身も狙いもよくわからない不思議な世界。ただ、こうしたものすら許容するWebは深いなと思います」
Text : 小泉森弥 Photo : 山田秀隆
※本記事は「Web Designing 2024年12月号」に掲載された記事を一部修正・再編集して公開しています。





