UIデザインの聖典『About Face』が今もたらすもの

デザイナーがデザイナーたる所以とはなんでしょうか?
多種多様な答えがありますが、いずれにも通じるのが「本質を伝える」こと。
本書『About Face』を手に取ると、デザインと本質性の茫漠な景色が立ち現れます。
待望となる第4版の発売を記念して、たくさんの方々に本書について語ってもらいました。

目次

『ABOUT FACE インタラクションデザインの本質』第4版

  • 雑誌:6,589円
  • 電子版:6,589円
  • B5変:616ページ
  • ISBN:978-4-8399-81884
  • 発売日:2024年08月19日

『About Face: The Essentials of Interaction Design』
第4版の日本語版が登場

著作者名:Alan Cooper、 Robert Reimann、 David Cronin、 Christopher Noessel
翻訳者名:ソシオメディア株式会社
監訳者名:上野 学

インターフェースデザイン・インタラクションデザイン解説書の定番。インタラクティブデザインにおいて効果的で実践的な方法(デザイン原則・デザインパターン・デザインプロセス)を解説しています。第4版ではスマートフォンやタブレットが普及した世の中で、モバイルアプリ・タッチインタフェース・画面サイズなど考慮すべき点を新たにまとめています。

本書は全3部で構成されています。
第1部では、ゴールダイレクテッド・デザインプロセス、デザインチームの構築、プロジェクトチームとの統合について詳しく説明します。
第2部では、ほとんどのプラットフォームにおけるインタラクションデザインの問題に適用できる、高度なインタラクションデザインの原則を取り上げます。
第3部では、モバイルやデスクトップ、ウェブなど、プラットフォーム固有のインターフェースデザインの原則について解説します。

「ペルソナ」手法の生みの親
アラン・クーパーが描いた建設的なプロテスト

 『About Face』はまぎれもなくUIデザインの聖典である。デジタルプロダクトにかかわるすべてのデザイナーが立脚すべき聖地である。About Face(考え方の転換)というタイトルが表すとおり、この本はデザイナーをデザイナーたらしめる特別なパースペクティブを伝え、UIデザインの視点を一般的な認識から大きく変化させる。デザイナーが持つべき人道的な倫理観と、社会に蔓延する暴慢なシステムに対抗する術を、この本は教示している。
 近年、UIデザインに関する本は数多く出版されているが、それらは制作のテクニックやパターンをカタログ的に紹介するものばかりのように思われる。ユーザーの人間性を重視する思想からプロダクトのあり方を総合的に演繹するような論理性は、『About Face』以外の本には見つからない。デザインを指南する上でのこの本質性は、『About Face』の各所に発見できる。しかもこの本は、そうしたデザインへの誠実さを単なる理想としてドグマティックに語るのではなく、今すぐ行えるプラグマティックな実践方法として追求しているのである。
 イントロダクションに詳しいが、サブタイトルで「インタラクションデザイン」という言葉を使っていることには明確な意図がある。インタラクティブなシステムはさまざまな要素で構成されるが、デザインの観点からは「形態」「内容」「振る舞い」がその対象となる。この本はその中で主に「振る舞い」にフォーカスしている。振る舞いのデザイン、つまりインタラクションデザインは、ソフトウェアならではのデザイン領域である。それは単にコントロールの変化や画面遷移のことではない。そもそも、そのソフトウェアがユーザーにとってどのような役割を果たし、どのようにメンタルモデルと応答し合うのかという、根本的なレベルを指しているのである。表層的なUIの背景となる、ソフトウェアの本質的な存在構造をテーマにしているのだ。
 また、「ゴールダイレクテッド・デザイン」のメソッドは、アクティビティ、タスク、アクションといった部分に先立って、そもそもなぜユーザーはそれらを行う必要があるのか、プロダクトが実現すべきユーザーの普遍的なゴールは何なのか、という全体性にアプローチしている。そこで説明されるのは、特定の要求仕様に対する表現方法のバリエーションではなく、むしろ、本質的なデザインの観点から要求仕様を導出していくプロセスである。その仕様のあり方については、ペルソナに代表されるユーザーモデルを手がかりに、アプリケーション自体のポスチュア(姿勢)、コンポーネントが織りなすイディオム(成句)、そしてそれらが取るべき「配慮ある」態度の詳細まで、あらゆる粒度で言及される。UIの形態的な美学を求めることは重要だが、デザイナーは「適切にデザインされた振る舞いを通じてユーザーのゴールを達成するという、より大きな問題の中でそれらを位置づけ直す必要がある」のである。
 筆頭著者のアラン・クーパーは、1970年代からソフトウェアのデザインに取り組みはじめ、1980年代にVisual Basic の原型となるプログラミングツールを開発して業界に大きな影響を与えた。その後1990年代に「Cooper 社」を立ち上げて本格的にデザインコンサルティングを開始したが、彼を一躍有名にしたのは、名著『About Face』および『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』、そしてそれらの中で発表されたユーザーモデリングの手法、「ペルソナ」である。クーパーの名前は知らなくてもペルソナ手法を知らないデザイナーはいないだろう。ペルソナ手法については多くの専門家による解説があるが、この『About Face』を読めば、考案者による詳しい定義と実践方法を知ることができる。
 『About Face』の第1版が出版されたのは1995年、一般の人々がGUIに親しみはじめた頃だった。当時、UIデザインというジャンルはまだ認知されておらず、専門的な知見を持つデザイナーはほとんどいなかった。そのため、ユーザーに理不尽な作業を強いるような劣悪なインターフェースが溢れていた。開発者にとっての合理性が優先され、ユーザーにとっての有理性は見過ごされていた。自身もプログラマーであったクーパーには、多くの
プロダクトが実装モデルに従ってつくられてしまう構造的な問題がよくわかっていた。『About Face』はそうした状況への建設的なプロテストとして書かれた。
 その後『About Face』は改訂を重ね、今回の邦訳は第4版のものとなる。Webやモバイルなど、現代的なプラットフォームに関する指針が数多く追加されている。初版から30年近く経って、仕事や生活の中でソフトウェアに触れる機会は一層増し、多くのデザイナーがUIデザインに携わるようになった。しかしまわりを見渡すと、今なおソフトウェアの本質的な問題の多くは解消されていないばかりか、インタラクティブなシステムに接する時間が増えた分、状況はより深刻化していると感じる。だからデザイナーがこの聖典を手にする意義はこれまでになく大きい。
 逆に言えば、これを読まずにデザインをすることは、現代社会の愚鈍な使役システムに加担することを意味するのである。

Recommendation 01
「ゴール」の自明性を疑うために

 デザイナー必携の名著『About Face』では「ゴールダイレクテッド・デザイン」という方法論が展開されます。それは大変有用であると同時に危険でもあります。ユーザーの「ゴール」とは一体何でしょうか? それは調査によって「発見」されるものなのでしょうか? そうではなく、創造的な「デザイン」の対象として「ゴール」を捉えてください。「ゴールのデザイン」には、より良い社会の実現へ向けた理念(イデオロギー)が込められます。そのイデオロギー性に自覚的でない「ゴールダイレクテッド・デザイン」は、資本主義システムの自明な「ゴール」、つまり企業の利潤へとユーザーを駆り立てるのです。なぜなら、その問題に無自覚なデザイナー自身もまたシステムの「ゴール」に駆り立てられてデザインしているからです。「ゴール」の自明性を疑える人こそ、本書から真価を引き出して実践することができるはずです。

Recommendation 02
守破離の「守」となるデザイン書

 本書は「ユーザーがバカにされたと感じないようにせよ」を核としており、バカという単語が実に30回も登場する、類を見ないデザイン書だ。だが、これが難しいからこそ、私たちが日常で触れるものにも「バカげたデザイン」が溢れている。この状況を変える第一歩は、デザイナーが本書を通読することだ。本書は守破離の守であり、入門書をたくさん読み漁るよりも、本書を通読する方がむしろ効率的である。特に、オブジェクト、ポスチュア、イディオム、モードレスといった重要な概念を知るには本書が最適だ。読了したら、次はプロジェクト初期からデザイナーがチームと協働できる状況づくりに取り組もう。例えば私は「デザイナー自身がリサーチに携われる環境づくり」「本書を体現した社内向けデザイン原則・ガイドラインを作って浸透する」というアプローチをとった。本書の「第6章 創造的なチームワーク」を参考に、ぜひ組織の“ 転換” に取り組んでみてほしい。

Recommendation 03
「これから」を考えるための前提知識

 10年前に本書が刊行されてからというもの、インターネットの普及、モバイルデバイスの台頭と大きくインタラクションデザインをとりまく環境は変化した。そしていま、Apple Vision Proをはじめとする空間コンピューティングの世界が始まろうとしており、社会ではダークパターンをはじめとするデザインと倫理の課題が顕在化してきている。そういった中、この『About Face 4』はいまだ色褪せない価値を持っているといえる。それはなぜか。理由は明快である。「これからのインタラクションを考えるために必要な基礎」が、すべてここに詰まっているからだ。本書で触れられているデザインリサーチから、あるべきインタラクションの構想までの、まさに「インタラクションデザインの原則」は、「これから」を考えるのに必要な前提知識であり、すべてのデザイナーがこの内容に精通している必要があるということを意味しているのだ。

Recommendation 04
インタラクションデザインのすべてが読める

 アラン・クーパーは1996年の『ユーザーインターフェースデザイン』を皮切りに、2000年の『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』、2008年『About Face 3』と、常に“Bad UI”と真摯に向き合い喝を入れ続けてきた。奇しくも2007年、『About Face 3』の原著刊行と前後してiPhoneが発売され、インタラクションを取り巻く環境に大きな変革が起きた。そして待望の『About Face 4』が2014年に発売されたのだ。しかし、翻訳されないまま10年もの月日を経てしまった。クーパー本はどれも時代を超える金言であふれかえっているが、不幸なことに絶版本の前作が5万円前後のプレミア価格になってしまったのだ。そのせいで若い世代のデザイナーたちは、金言に触れないまま今に至ってしまったのであった。しかしついに日本語版が、インタラクションデザインのすべてが読める日がやって来たのだ。書いていないことは何もない。全デザイナーは必読だ。

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